私はなぜ自民党甘利氏と立民江田氏の落選運動を始めたのか?<弁護士・元東京地検特捜部検事 郷原信郎氏>

◆落選運動を始めた理由

―― 郷原さんは今回の衆院選で自民党の甘利明氏と立憲民主党の江田憲司氏に対する落選運動を行いました。なぜ彼らの落選運動をしようと思ったのですか。

郷原 甘利氏については、2016年に『週刊文春』の報道によってあっせん利得疑惑が発覚したとき以降、私はこの問題を一貫して批判してきました。その延長線上に今回の落選運動があります。

 当時の経緯を振り返ると、甘利氏は経済再生担当大臣を務めていたとき、URへの口利きの見返りとして大臣室で現金を授受したと報じられ、辞任に追い込まれました。甘利氏は辞任会見で現金授受を認め、特捜OBの弁護士に調査させているので、時期が来たら説明すると言っていましたが、睡眠障害を理由に国会を半年近く欠席し続け、検察の不起訴が決まると、弁護士の調査結果を公表することもなく、何食わぬ顔で活動を再開し、岸田内閣の誕生にあたって自民党幹事長に就任しました。

 甘利氏は幹事長就任会見でこの問題について問われると、説明責任は果たし終えたと言い放ちました。その根拠としてあげたのは、検察が不起訴処分にしたことでした。甘利氏は弁護士の調査結果は検察の判断と同様だったとも言っていました。

 しかし、検察の不起訴処分とは、公訴権を独占する検察官が、収集した証拠に基づき有罪判決が確実に得られるかどうかを検討した結果、その権限の行使には至らなかったということにすぎません。政治家あるいは当該政治家の事務所の行為について、犯罪や違法行為がなかったという「潔白」を意味するわけではありません

 甘利氏が強調する特捜OB弁護士の調査も、弁護士の名前も明らかにされておらず、報告書も公開されていないので、全く説明したことにはなりません。そもそも弁護士が調査したかどうかも疑問です。

 他方、江田氏に対する落選運動は、8月に行われた横浜市長選挙がきっかけです。江田氏は多くの反対を押し切って山中竹春氏を擁立しましたが、これは民主的手続きや議論を無視した強権的手法でした。

 また、山中氏に関して市長としての適格性を疑わせるような問題が次々と発覚しましたが、江田氏は有権者たちに対してきちんとした説明責任を果たそうとしませんでした。結果的に山中氏は選挙に勝利しましたが、市長就任後、疑惑について説明不能の状態に陥っており、また、横浜市議会では多くの問題について議論が成り立たない異常な状況にあります。

 横浜市政を惨憺たる事態に陥らせた責任は、独断で山中氏を擁立し、説明責任を無視した江田氏にあります。しかし、江田氏はそれを反省するどころか、横浜市長選での野党共闘を今後の選挙のスタンダードにすべき成功事例であるかのように言っていました。それゆえ、健全な民主主義を実現するためにも、江田氏を落選させる必要があると考えたのです。

◆幹事長人事は自民党だけの問題ではない

―― 落選運動は日本では珍しいものだと思います。落選運動の意義はどこにあるのでしょうか。

郷原 :日本の公職選挙は基本的に政党中心で、有権者の大部分はその候補者がどの政党から公認や推薦をもらっているかに注目しながら投票しています。国政選挙では各政党の当選者数という「数の比較」が重視されるので、有権者の姿勢としては、政党とその政策に注目して選択することにならざるを得ないと思います。

 しかし、政党を選択するよりも、候補者たる政治家そのものに焦点をあてなければならない場合もあります。それは、その政治家が政党の中で大きな権限を持ち、国政全体に影響を与えうるようなポストについているときです。

 政治の世界は大なり小なり不透明なところがあり、政党内部ではしばしば猿山のボス争いのようなことが起こっています。その結果として、信頼に値しない人物が重要ポストにつくことも珍しくありません。これはその政党の関係者だけでなく、一般の有権者にとっても重大な問題です。

 今回の「甘利氏の説明責任」の問題に関して、「政党内の人事について外部から批判される筋合いはない」といった声もありますが、論外です。甘利氏がついた自民党幹事長というポストは、国民の税金を原資とする政党助成金を含む自民党の政治資金を配分する権限を握っています。政党助成金の額は自民党の場合は170億円にも及びます。そのため、自民党幹事長にどういう人物がつくかは、自民党関係者だけの問題とは言えないのです。

 しかし、自民党幹事長は民主的なプロセスを経て選出されるのではなく、自民党総裁の指名だけで決定されます。そのため、幹事長人事について、有権者が直接影響を与えることはできません。甘利氏のように問題の多い人物が幹事長に抜擢されたとしても、そのような任命自体を食い止める方法はないのです。

 江田氏についても同様です。江田氏は立憲民主党代表代行として党運営や選挙対応を差配していますが、そこに有権者が介入することはできません。

 有権者が彼らに対してNO! を突きつける機会があるとすれば、その政治家が立候補する選挙だけです。ここに落選運動の意義があります。落選運動によって重要ポストにつく政治家が落選したり、得票率が下がれば、当該政治家が重要ポストに就任することが否定されたことを意味します。甘利氏は小選挙区で落選し、江田氏は当選したものの、共産党の候補者が立候補しなかったのに、前回の選挙と比べて得票率を落としました。これらの選挙結果を考えると、それぞれの選挙区の民意は明らかだと思います。

◆広告代理店から拒絶された新聞折込

―― 具体的にどのような運動を行ったのですか。

郷原 :私は普段からブログやYouTubeでの発信を行っているので、これらを最大限に活用しました。しかし、ネットの場合は全国からアクセスがあるものの、特定の選挙区の有権者に対する訴求力という面では限界があります。そこで、両氏への落選運動に関する主張を書いた「夕刊紙」風チラシを作成してネットにアップし、各選挙区の有権者に見てもらうよう、呼びかけました。

 問題は、どうやってこのチラシを各選挙区の有権者に拡散していくかでした。幸い、私の落選運動の趣旨に賛同し、個人の意思で選挙区内にチラシをポスティングしたいと申し出てくれた人たちが多数いました。そうした人には私の事務所でチラシを印刷し、お渡ししました。

 チラシ拡散のために新聞折込を行うことも考えましたが、多くの広告代理店から拒絶されました。一社だけ引き受けてくれそうなところがありましたが、今度は新聞販売店から拒否されました。日本では落選運動はまだまだ認知されていないので、怪文書や誹謗中傷文書と勘違いし、関わりたくないと思ったのでしょう。

 そこで、便利屋に依頼してポスティングすることにしました。チラシの印刷は印刷業者に発注しようと思ったのですが、選挙の関係で印刷業務が立て込んでいるらしく、納期が投票日後になると言われたので、やむなく私の事務所のコピー機を利用しました。まるまる3日間、深夜までプリントアウトを続け、必要部数を印刷しました。

 また、チラシ拡散のためにインターネット広告も利用しました。甘利氏と江田氏の選挙区である神奈川13区と8区の地域限定で、フェイスブックに広告を出しました。

 さらに、選挙区の有権者に直接訴えかけるため、選挙最終日の10月30日に、私自ら街頭演説を行いました。公職選挙法では、選挙期間中は、政党の政治活動と、無所属候補者らを支持する確認団体の政治活動以外は、団体としての政治活動が禁止されています。そのため、選挙カーの壇上から演説したり、多数の支援者たちが横断幕やノボリを掲げ、ビラを配ったりするような団体による活動はできません。

 そこで、「江田氏(甘利氏)落選運動」と書いたタスキをかけ、自立式のノボリ立てを準備し、そこに「江田氏(甘利氏)を当選させてはならない」と書き、脚立の上に乗って街頭演説を行いました。あくまで個人として行うという制約を踏まえ、このような形をとりました。

 私は選挙の街頭演説は初めての経験でした。最初は少し戸惑いましたが、演説を重ねるにつれ、次第に足を止めてくれる人も増え、こちらのモチベーションも高まっていきました。それぞれの選挙結果に少なからず寄与できたのではないかと思います。

◆いつでも甘利氏との討論に応じる

―― 甘利氏は開票中の取材で、「全国から落選運動を強烈にやられた」「党の法曹団からもこれは極めて問題があるという話が出ています」と述べていました。これは郷原さんの落選運動のことを指していると思われます。

郷原 :私は公職選挙法に則って落選運動を行いました。問題があると言うなら、具体的に指摘してほしいですね。

 法的に見ると、落選運動のポイントは二つあります。一つは、事実をありのままに伝え、正しく問題を指摘することです。当選を得させない目的で候補者に関する虚偽の事実を公表したり、事実を歪めて公表すれば、罰則に触れることになります。もう一つは、落選運動者の氏名とメールアドレスを明記することです。責任の所在を明らかにし、相手がいつでも反論できるようにすることで、適正さを担保しているわけです。

 これらの点について、私の落選運動に批判されるようなところはありません。配布したチラシは選挙区の有権者たちの目を引くように、見出しや色使いをある程度ドギツイものにしましたが、内容は私がこれまで相応の根拠に基づいてブログやYouTubeで発信してきたことであり、誹謗中傷などではありません。チラシには私の氏名を明示していますし、メールアドレスとホームページアドレスも記載しています。甘利氏がこのチラシの内容に異論があるなら、選挙期間中に私に文句を言ってくればよかったはずです。なぜ選挙が終わってから批判するのか、理解に苦しみます。

 選挙最終日には私は甘利氏の選挙区である海老名駅で落選運動を行いました。街頭演説を終えたあと、甘利氏が最後の訴えをするために海老名駅にやってくるという情報が入ってきました。実際、私が演説しているときから、甘利氏陣営と思われる人たちがこちらの様子をうかがっていました。そこで、海老名駅に残り、甘利氏の演説を聞いていくことにしました。

 甘利氏が演説している最中、私は甘利氏の目の前に立っていました。向こうも私の存在に気づいたはずです。文句があるなら、その場でも言えたはずです。

 いまからでもいいので、甘利氏が私の落選運動に問題があると思うのなら、問題を直接指摘してもらいたいと思います。そうすれば、私がどういう考えから甘利氏を批判しているのか、きちんと説明します。討論にはいつでも応じます。

◆落選運動のための法改正を

―― 郷原さんの落選運動を見て、これから落選運動をする人たちがたくさん出てくるのではないでしょうか。

郷原 :ツイッターでも、私のアカウント宛てに「自分も落選運動をやりたいので、やり方を教えてくれませんか」というツイートが来ます。今回の運動を通じてノウハウが蓄積できたので、世の中に伝えていきたいと思っています。

 ただ率直に言って、何から何まで一人で行うことは非常に大変です。私の場合は、甘利氏のあっせん利得疑惑が報じられたときから一貫してこの問題を批判してきたので、それに基づいてチラシを作ることができました。しかし、そのようなバックボーンがない人がいきなりチラシを作ろうと思っても、怪文書と区別がつきにくいものになってしまう恐れがあります。

 また、落選運動を行う際には公職選挙法をしっかり理解する必要があります。私はたまたま弁護士として法律に関わる仕事をしていますが、普段から法律に関わっていない人の場合は、なかなか難しいところがあると思います。

 効果的な落選運動を行うには、やはり個人ではなく団体の力が必要です。公職選挙法は選挙期間中は団体として政治活動を行うことを禁じているので、この点がネックになるのですが、選挙期間前であれば団体として活動しても問題ありません。

 そこで一つの方法として考えられるのが、選挙期間前に、団体で誰に対して落選運動を行うかを協議し、そのためのコンテンツを作ることです。選挙が始まる前でも、間違いなく立候補するであろう政治家はわかりますから、その人を対象とする落選運動のコンテンツを準備すればいいのです。そして、選挙期間に入ったあとは個人ベースで落選運動を行えば、公職選挙法に抵触することはありません。

 私としては、選挙期間中であっても落選運動を、団体の活動としても行えるように法改正することも検討する必要があると考えています。政党や無所属候補者らを支持する確認団体は選挙期間中でも政治活動ができるのだから、たとえば届け出をした確認団体による落選運動については、一定の範囲で認めることがあってもいいと思います。これは今後の課題とすべきでしょう。

(11月1日 聞き手・構成 中村友哉)

<初出:月刊日本12月号>

ごうはらのぶお●’55年生まれ。東京大学理学部卒業後、民間会社を経て、1983年検事任官。東京地検、長崎地検次席検事、法務総合研究所総括研究官等を経て、2006年退官。「法令遵守」からの脱却、「社会的要請への適応」としてのコンプライアンスの視点から、様々な分野の問題に斬り込む

―[月刊日本]―

【月刊日本】

げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

2021/11/26 8:51

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