「コロナでも看病するのが、妻の役目」モラハラ夫の言葉に離婚を決意
夫は、こんな人だった―?
周りに相談しても、誰も信じてくれない。子どもと一緒に夫の機嫌を伺う日々…。
最近、こんなモラハラ夫に悩む妻が増えている。
有能で高収入な男性ほど、他人を支配しようとする傾向が強い。
優衣(32)も、経営者の夫が突然マンションを買った日から、徐々に自由を失っていく。
広告代理店ウーマンから、高級マンションという“籠”で飼い殺される専業主婦へ。
彼女が夫から逃げ出せる日はくるのだろうか―?
◆これまでのあらすじ
東山から会社での夫の様子を聞いた優衣。そして彼は雄二のやってることは「モラハラ」だと断言した。優衣は自分の置かれた状況もようやく理解できた。離婚したい、でも…。
▶前回:若くしてビジネスを成功させた30代の若手社長。社員が語る、彼の本当の姿は恐ろしいものだった…
「あくまで僕が思ったことですが。離婚は一筋縄ではいかないんじゃないでしょうか」
東山の言葉に、優衣は思わず聞き返した。
「それはどういう理由で?」
彼は少しの間じっと考えたあと、慎重に言葉を選びつつ優衣の問いに答えた。
「当人同士の話し合いではうまくいかないような気がします。奥様は今まで社長ときちんと話し合いができたことはありますか?」
そう聞かれて、優衣はハッとした。
確かに東山の言うとおりなのだ。かつて子どもが生まれ名前をつける時、今住んでいるマンションを買う時、雄二の独断と事後報告がすべてだった。
「おっしゃるとおり、私の意見など聞き入れてもらったことはないですね」
ため息とともに、肩を落とす。
「弁護士に相談してみたほうが…」
東山がそこまで言いかけた時、テーブルの上に伏せられている彼のスマートフォンがブルブルと振動し始めた。
「失礼…」
優衣に断ると、席から立ち上がり外に出て行った。
― 弁護士か…。
すっかり冷めたコーヒーを一口飲み、気持ちを落ち着かせる。
優衣も、話し合いで簡単に決着しないことは分かっていた。だが、弁護士に依頼することまでは想定していなかったのだ。
「すみません、会社でちょっとトラブルが…」
東山が戻ってきて、申し訳なさそうに言う。
「お忙しいのにごめんなさい。私に気にせず戻って」
東山はテーブルの上の伝票を取ろうとするが、優衣は「ここは私が」とその手を制した。
「ありがとうございます。また近々」
そう言って、東山は慌てた様子で店から出て行った。
離婚を現実化する方法を考える女のもとに、一本の電話が…
恵の家に預けていた雄斗を迎えに行ってから、歩いて家路を急ぐ。
道すがら雄斗が、恵の家での楽しかったことを一生懸命話している。だが、優衣は相づちを打つものの、頭の中は先ほどの東山との会話のことでいっぱいだった。
― 離婚も前途多難そう…。
出てくるのはため息ばかりだ。
― とりあえず、離婚については、コロナがおさまってから動こう。
仮に話がうまく進んでも、この状況下では再就職もままならない。
世の中の動きが停滞している今は、離婚の方法について下調べを十二分に行おうと優衣は考えていた。
― はぁ…。なんで私、あんな男と結婚したんだろう?
気がつけば、雄二と結婚したことへの後悔ばかりだった。息子と手をつないだまま、無言でバッグの中から鍵を探す。
何気なくスマホを見ると、画面には着信の表示があった。
東山とさっきまで一緒にいただけに、着信が彼ではないかとどうにも気になってしまう。
「雄斗、おうち入って手をよーく洗って」
息子を先に家にあげると、優衣は靴も脱がないままスマホの画面をタップした。
着信の相手は優衣が思っていたとおり、東山からだった。
「先ほどはありがとうございました。なにかありましたか?」
優衣はSMSを使って、メッセージを送る。
すると、即座に東山からの着信が来た。
「先ほどは話の途中で中座してしまい、言いそびれたのですが…」
そう言って、東山は切り出した。
「実は、社長はコロナ感染拡大をとても不安視しているんです。今は経営に影響はなくとも、半年後、1年後にどうなるかわからないと」
最近の雄二の不穏な様子から、優衣もそれには気づいていた。
「会社の経営は先手必勝というのが社長の口癖で、傾く前に措置をと思ったのでしょう。今月でコロナを理由に4名ほどが解雇されることがわかりました」
4名、と聞いて優衣はピンときた。先日寝室で見た、あのノートに名前のあった4人だと。
「そして、その他社員の給与も20パーセントカット。その上平時でも実現が難しい営業ノルマを課されています」
雄二のことだから、きっと自分の報酬は役員であることを理由に、削減はしていないはずだ。
会社が傾いたとき、自己資本を入れてテコ入れする時が来るかもしれない。だから自分の報酬は会社のための貯金だ、と常日頃から雄二は言っていた。
「その上、コロナなんて風邪とたいして変わらない。風邪を気にして仕事ができるか?とおっしゃっていまして…」
言いづらそうに東山は続ける。
「コロナを理由に営業成績が下がるなど、もってのほかと実現不可能な業務をこなさなければならないのが、最近の実情です…」
電話ごしからも困っている様子がよくわかった。
東山が最後まで言い終わらないうちに、神速で優衣が返した。
「バカなの?知らなかった…自分の夫がここまで理性も知性もない男だったなんて…」
一方、東山はというと、優衣の口から反射的に出た「バカなの?」という言葉に驚きを隠せない。だが、次にスマホから聞こえてきたのは、楽しそうな笑い声だった。
「ははは!そうなりますよね!確かにそのとおりだ」
優衣もつられて笑ってしまう。東山に相談してよかった。優衣はつくづくそう思った。
「ありがとうございます。ちょっと気が楽になりました」
東山に礼を言う。すると、東山は「ついでにもう一つ」とある情報をくれたのだった。
次々と明らかになっていく、夫の人間性。妻の反撃が徐々に始まる
「実は社長はこのコロナ禍でも、水面下でかなり派手に遊んでらっしゃいまして」
東山によると、行きつけだった高級クラブも表向きクローズしているが、裏ではなじみの客からの電話一本で店を開けているとのことだった。
「ただ、お気に入りのコがいたクラブから3日前、感染者が出たようです」
「なぜそんなことまで知ってらっしゃるんですか?」
優衣は思わず聞き返す。
「実は今、社長のかかりつけ医に電話して、どうにか検査ができるようにしろと連絡が入りました」
そこまで聞いた時、「もしや…」と一抹の不安がよぎる。
「一応用心してください」
そう言って東山は電話を切ったが、優衣は気が気ではなかった。
◆
20時をまわった頃。
「ただいま」
玄関で心なしか沈んだ声が聞こえたと思ったら、雄二がつかつかとリビングにやってきた。
優衣は、無意識に一歩下がる。
そんなことまったく気づくことなく、優衣の目の前を横切り、雄二はどさっとソファに倒れこんだ。
「手、洗ってないんじゃない?」
恐る恐る聞いてみるが、まったく気にする様子もない。
「優衣、ちょっと俺のおでこさわって」
― えっ?まさか、発熱?
一瞬、さっきの東山の前情報が頭をかすめた。
「あら、体温計出すわね」
そう言って優衣は体温計を取り出すと、赤外線を雄二のおでこにあてた。
「熱…37.5。平熱、たしかすごく低いよね?」
訝しげに雄二に聞く。
「37.5なわけないだろ。こんなに息が苦しくて、体が熱いんだから。ね、おでこ、手で触って、ね、早く」
いきなり子どもじみたことを言い出す夫に、思わず不快感を覚えてしまう。
優衣は、反射的に背筋がゾッとする感覚になったと同時に、ふと一抹の不安が湧いてきた。
「まさか…コロナじゃないよね?緊急事態宣言中もだいぶ外、出歩いてたし…」
すると雄二はキッと優衣を睨みつけ、言ったのだった。
「おまえさ、仮に俺がコロナであっても、看病するのが妻の役目じゃん?心配じゃないの?」
「えっ?」
とっさに口をついて出た優衣の疑いの言葉が、雄二にとっては想定外だったのだろう。
ソファからいきなり飛び起きると、優衣ににじり寄ってきた。
「な、なにする気?」
優衣は後ずさりするが、雄二は手を伸ばすと優衣の肩をつかんだ。
「家の中なんだから、マスクとれよ」
そう言いながら、優衣の顔からマスクを引き剥がした。
― この人と一緒に住むって、命がけってことなんだ…
硬直したまま動けない優衣。
だが、その様子を小馬鹿にしたように、雄二は「はは、ははは」と笑っている。
手も洗わず、マスクもつけず、そしてゴホゴホと咳き込んだ。
― これが本当にコロナだったら…。
優衣にとっては不安でしかない。
「PCR検査、したの?」
心の奥の怒りをひた隠し、雄二に聞く。
「病院でやったよ。でも、結果が来るのは明後日くらいだな。それまでは家にいるしかないな」
冗談じゃない、と思うが、それを口に出せばさっきのように故意ににじり寄ってくるような暴挙に出るに違いない。
「じゃあ、ゆっくりするしかないわね」
優衣は必死で平静を装う。
「でも、万が一、万が一よ。コロナだったら雄斗がかかったら大変なことになるわ。もともと喘息もっているから。重症化しちゃうかも…」
そう言いながら雄二の方を見ると、ようやくことの重大さを認識したらしい。
「私が感染したら面倒見る人いなくなっちゃうし…どうしよう」
優衣は困った様子で続ける。
すると。
「わかったよ。とりあえず、俺、寝室に籠るからさ」
そう言って渋々寝室に引き上げていったのだった。
それから優衣は、窓を開けて空気を入れ換え、念入りに家中を消毒してまわった。
消毒しながら、テーブルの脚についているカメラをもぎ取り、ゴミ箱に投げ入れた。すべてを消毒し終えた時、さっきまでの感染への恐怖は消え、それに代わってむくむくと湧いてきたのは、離婚への決意だった。
― コロナが収束するまでの我慢…。絶対、別れてやる。
これまで抱いてきた愛情や思い出、買ったばかりのマンション…たとえすべてを手放しても。
▶前回:若くしてビジネスを成功させた30代の若手社長。社員が語る、彼の本当の姿は恐ろしいものだった…
▶NEXT:12月2日 木曜更新予定
雄二のPCR検査の結果は?そして決意を決めた優衣はどう動くのか?
ソフィア
11/25 15:23
糞小説乙