コロナ太りで60キロ台に突入。エステで15キロ痩せたものの…

感染症の流行により、私たちの生活は一変してしまった。

自粛生活、ソーシャルディスタンス、リモートワーク。

東京で生きる人々の価値観と意識は、どう変化していったのだろうか?

これは”今”を生きる男女の、あるストーリー。

▶前回:自粛生活で彼と引き裂かれてしまい…。1週間ホテルで密会した女が直面する現実とは

Act5. リモートワークの甘いワナ 2020年7月


『64.8kg』

湯浅香子は久々に乗った体重計の上で、その数値を見て固まった。

「う…自分史上最重量…」

1人暮らしのバスルームの脱衣場で、膝から崩れ絶望する。太ってきたことはわかっていた。

だからこそ体重計を避けていたが、まさかここまでとは。

身長159cmの香子。去年のこの時期は、確か50kgを切っていたはず。

大きなフリルが付いたワンショルダーの水着を着て、東京プリンスのナイトプールで、はしゃいだ思い出がよみがえる。

― まぁ、いっか。今は自分らしい体型がいいって叫ばれている時代なのよ。

ルッキズムへの反抗を、必死で自分に言い聞かせる。

だが、どうも惨めな気持ちなのは、怠惰な生活の成れの果てということを自分でもわかっているからだ。

二重あごに三段腹、たるんだヒップラインに大根のような脚。バスルームの鏡には、思い描く自分とは別人のゆるんだ肉体が映っていた。

気がつけば、何かを口にしているから当然だ。

リモートワークが中心となり、業務中にお菓子をつまんでも何も言われない日常。運動もしない上に、人と会う機会はほぼない。その末路が目の前に…。

― ダイエットしなきゃ。でも…。

そんなとき、急遽Slackでミーティングの招集がかけられた。隣の課に中途の社員が入社し、挨拶があるという。

香子は慌ててメイクをしてから、パソコンの前で姿勢を正す。

部内の何十人もの顔が画面に並ぶなか、中心に大きく映し出されたその男に、香子は目を見張った。

「よろしくお願いします。齋藤隼人と申します!」

リモート画面で見たその男に、香子は…

― 齋藤さん、めちゃくちゃ好み…!

香子の3歳年上の28歳。中央大学出身でバスケが趣味だという。冗談交じりに同僚から投げかけられた質問の答えによると、独身で彼女もいないのだという。

シャープな目元にスッと通った鼻筋。ナチュラル感のあるツーブロックが似合っているその顔は、BTSのメンバーにいそうな感じだ。

「対面できる日が来ましたら、改めてご挨拶させてください。よろしくお願いします!」

無垢な笑顔にも、香子は改めて心を打ちぬかれた。しかし、暗くなった画面に反射した自分の二重あごに、夢心地から我に返る。

― きっとこれは、神様が与えてくれた試練…。

会議を終えたあと、香子はすぐにエステサロンを検索した。

出かけることが少なくなった分、今、金銭的には余裕があった。10万円の給付金はそろそろ振り込まれるし、ボッテガ・ヴェネタの新作カセットバッグを買おうと、貯金もしていた。

この醜い自分の姿のまま、彼に会うのが恥ずかしい。

感染症の状況は、落ち着きを見せ始めている。通常通り、オフィスに出社となって対面したら、私を見て恋愛対象に入れてくれるだろうか…。

第一印象は何よりも大事だ。

香子に迷いはなかった。


「やばいですねぇ~背中なんて、ダルッダルじゃないですか!」

ありのままの自分の姿を見せると、エステティシャンからやや挑発的にその酷さを指摘された。わかっていたことだが、はっきり言われると辛いものがある。

「ですよねぇ…。目標は-15kg!…いけるでしょうか?」

「もちろんです!30回コースで週に最低2回はサロンにお越しいただき、ホームケアや運動、食事に気をつけていただく“だけ”で可能です!」

香子は軽快な彼女の話術に乗せられ、カード一括払いですぐに契約した。

― 絶対に結果を出さないと…!

さっそく始まった施術コース。温熱マットにくるまれながら、隼人の顔を思い出す。30分間何度も限界を感じたが、不思議と我慢できた。

サロンでは、リンパマッサージ、ハイパーナイフ、脳内ダイエット催眠映像にツボ刺激。そして、温熱マットでのサウナ…そこからセレクトされたメニューで120分間。

香子に必要なすべてのメニューを、週2回キッチリこなした。

家ではYouTubeでハンドクラップダンスと、朝・夕30分の半身浴は欠かさない。食事は3食しっかり食べるが、夕食は夕方までにすませ、カロリーは軽め。

サロンで紹介された催眠映像のおかげか、ストレスもたまらずに過ごすことができた。

ぐうたらな香子だったが、ボッテガ・ヴェネタのバッグ分のお金を無駄にしたくないという焦りと、隼人の存在が原動力になった。

気がつけば、彼への思いがどんどん大きくなっていく。まだ、会ったこともないのに…。



そして、5ヶ月ほど過ぎた12月。

香子はコース終了後、体重計の数値に目を疑った。

「嘘…信じられない…!」

血のにじむようなダイエット。その成果は…

『49.9kg』

サロンの全身鏡には、すっきりとした香子の姿が映っている。

「ついに目標達成ですね!まだまだ頑張りましょう」

担当が弾んだ声を上げる。毎日見ていると痩せた感覚はないが、入会時に撮った写真と比べると見違えるほどだ。

香子は一刻も早いコロナの終息を願う。

― 隼人さんと運命的なオフィスでの出会い。歓迎会か忘年会でお近づきになって…。

不純な動機に反省しつつも、妄想は止まらなかった。

2021年3月


しかし、完成されたプロポーションを誰にも見せることができぬまま、時間はさらに過ぎていった。

たまの出社日でも、彼に会えていない。

「まったくモチベが上がらないなぁ…」

そもそも、自粛生活前の体型に戻っただけだ。せっかく痩せても、褒めてくれる人がいないのは痛かった。気がつけば、3kgリバウンドしている。

― まだ大丈夫、まだ…。

そうこうしているうちに、4kg、5kg、6kg…と増えていった。

― 増えてもスタートの体重よりは、10kg少ない55kgだがら…。

言い訳をしつつ、美味しいものを食べる手は止まらなかった。お取り寄せで、お肉やスイーツを堪能したらもう最後…。

2021年10月


香子は、体重を必死で53kgまで戻した。

以前のような、すらりとした体型ではないものの、BMI上では標準体重だ。

一番痩せているときに着ていた、体のラインがスッキリ見えるフェミニンなセットアップを着て、満を持してオフィスに出社する。

「おはようございます。お久しぶりですー!」

明るい声でフロアに入ると、部長席の周りに男性社員が数人集まっているのが見えた。香子はそこに隼人がいると考え、満面の笑顔で輪に入っていく。

「おはようございます」

「湯浅さん、お久しぶりだねえ。そうだ、彼を紹介するよ。中途入社した―」

予想通り、その集まりの中には隼人の顔があった。

しかし…。

― あれ、雰囲気が想像していたのと…?

マスク越しからでもわかる整った顔は、確かに魅力的だ。だが、その目線の高さは自分とまったく同じであった。

どこか全体的なバランスが、イメージとは違う。髪型もそう。画面で見るよりも多少薄めで…。

― これは、ちょっと…。私の好みじゃ…ない、かな?

言葉を詰まらせたまま固まる香子に、彼はにっこり微笑む。

「はじめまして。私、入社時リモートで挨拶した齋藤隼人です。湯浅香子チャン、だよね?」

食い気味の隼人の視線に、不思議な熱い想いを感じた。

「齋藤君、もう彼女の名前覚えたの?隣の課なのに」

冗談交じりに同僚が隼人に尋ねると、軽いノリで答えるのだった。

「挨拶のとき、画面の中で一番可愛かったんで~」

少々浅薄な雰囲気も想像とは、違う。今までの努力を思い出し、香子は頭がクラクラしてきた。

ひきつり笑いをしながら、自分の席まで後ずさりして戻る。

今朝、思わずコンビニで買ってしまった豆大福を、バッグの中から手に取る。

気持ちを落ち着かせようと、豆大福を口にする。

口に入れた途端広がる、あんこの幸せな甘み。

香子は、無上の幸せをおぼえたのだった。


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