結婚式で一同震撼…。妻が初めて知る、“善良で無垢”な夫の本性とは
秋十夜「ありのままを愛して」
初めて祥太に会ったときのことは、なにも覚えていない。
インフルエンサーを集めた展示会に私が招待されたとき、祥太は主催スタッフとして受付にいたらしいが、まったく記憶にない。
それもそのはず、祥太は私の好みとはかけ離れているタイプだから。
どこか中性的で、ひょろりとした見た目や穏やかな話し方は、私の好みではない。
しかし、その展示会を主催していた祥太が働いているPR会社と一緒に仕事をすることになり、彼と毎日のように顔を合わせることになった。
「友梨亜さんがPRしてくれるなら心強いです。僕、こんな仕事しているけどインフルエンサーみたいなキラキラした人が何を考えているのかわからなくて。友梨亜さん教えてください」
小さいとはいえ、PR会社に勤めているのに、ニコニコしながらそんなことを言ってのける祥太。
彼がいい人であることはすぐにわかったが、初めは「頼りないなあ」と思いながら一緒に仕事をしていた。しかし、祥太が意外と仕事の要点を押さえていることや、交渉上手なことがわかってきた。
でも、その時はまだ予想さえしていなかった。
まさか祥太と私が、「そんな関係」になるなんて。
のんびりした祥太が思いがけない行動に出て、事態が急変…!?
名家の慶應コミット
私のちょっと珍しい“姓”を下から慶應の人に告げると、「ああ、私の学年にもいたよ」と言われることがある。
一族郎党、兄弟や従妹たちは皆、幼稚舎から慶應だった。
そんななかで、素行が悪く、学校の成績も壊滅的だった私は、なんとか中等部までは出たものの、高校に進学できずドロップアウトした。
これから幼稚舎を受ける親戚から、「落ちたら、一族の評判を落とした友梨亜のせいだ」と半狂乱で言われる始末だった。
そんな「慶應教」の親戚に悪態をつきながら、私は高校からインターナショナルスクールに入学した。そこで私は、水を得た魚のように楽しい青春を送ることになる。
私は、勉強がキライなわけじゃない。ただスノッブな人たちに囲まれている環境が大嫌いだっただけ。
慶應レールから外れた時点で、親からは「退学にさえならなければ充分」と放置された。だから、好き勝手に本を読みまくり、英語しか話せない友だちと毎晩遊び歩いた。
そんな調子だったにもかかわらず、高校での成績は上々だった。
学校の半分近くが海外の大学に進学する環境だったので、私もそうすることにした。とびきり楽しそうなカリフォルニアの州立大学に進学し、経済学を専攻して、就職を機に日本に帰ってきた。
そのままアメリカで就職することも考えたが、経歴と語学力、SNSの知識を生かしながら日本で仕事をしたほうが面白いと思ったのだ。
外資系広告代理店の業務委託で働きながら、副業としてSNSを使ったPRをする私を、友達は「友梨亜みたいにノマドで、毎日チャラ~っと楽しそうなイベント三昧、最高だよね!」と笑う。
「キラキラしている」「チャラチャラしている」と人から言われるたびに、私は、生まれ育った堅苦しい世界から自由になったと実感することができて嬉しかった。
私が生まれた世界は、とても堅牢で、学歴や権威、財産を拠り所にして生きる人ばかりだったから。
でも今は、私の“姓”が持つ威力や、私が慶應一族であることを知っている人は誰もいない。
私が、私の力で勝ち取った自由な世界だった。
◆
「あの、友梨亜さん、僕とデートしてくれませんか」
「は?私と祥太さんが?デートですか?撮影とかじゃなくて?」
イベントの最終日、後片付けをしていると、顔を赤くして近寄ってきた祥太が唐突に頭を下げてきた。
「祥太さんは、私を好きなんだろうな」と以前からなんとなく思っていたけれど…こんな直球で誘ってくるなんて。
私は面食らいながらも、疲れていたこともあって、自分でも予想もしない言葉が口をついて出た。
「じゃあ、白トリュフが食べられるお店に今日これから連れて行ってください。今年の秋、フレッシュトリュフを食べそびれていて。私が気に入るお店だったら一緒に行きます」
友梨亜の思いつきともいえる発言が、やがて二人の運命を変えていく!?
狙い通り
「あの時の友梨亜は、プロポーズしてくる男子たちに無理難題を課す“かぐや姫”みたいだった」と祥太はのちに笑いながら言っていた。
意外にも、祥太は白トリュフを出してくれる隠れ家レストランにすぐに連れて行ってくれたのだ。
シーズン中は特に予約困難なお店を、どうやってすぐに押さえたのかわからないけれど、私はとても満足した。それからも祥太に「あれが食べたい」とお願いしては、美味しいお店に連れて行ってもらった。
そんな関係が3ヶ月も続いたころ、私は祥太と付き合うことになった。
付き合ってみると、祥太は驚くほど楽ちんな彼氏だった。
まず、私の大嫌いな束縛をまったくしてこない。誰とどこに行こうが、一晩中飲み明かそうが、とがめないばかりか、どんなふうに楽しかったのかニコニコ尋ねてくる。
最初のうちは、その野放しをいいことに、私は浮気をしたりもしていたが、そのうちそういう願望もなくなった。
祥太といると、あったかいお湯の中にいるみたいな安心感があって、駆け引きは無用。ほかの人で承認欲求を求める必要がなかった。
◆
「お姉ちゃんみたいに勝気な人には、祥太さんみたいな人が合うんだね」
8歳下の妹・恵令奈の二十歳の誕生会で、久し振りに一家が集まって『中国飯店』で上海蟹を食べることになった。少し早く集合して、近況報告会のお茶をしていると、不意に恵令奈が感心したようにつぶやく。
店まで送ってきてくれた祥太と少し話しただけなのに、恵令奈は彼のことを気に入ったようだ。
「でもさ、祥太さんはいい人だけど…お姉ちゃん本当にいいの?この前話した銀行頭取の御曹司とのお見合い、ママたち諦めてないよ。彼となら田園調布の豪邸で、一生悠々自適なのに」
「はっ、田園調布!そんな不便なところ、住みたくないよ。お見合いなんてしないし。相続も放棄するし、それで文句ないでしょ?」
「放棄って言ったってさあ…。パパたちがあちこち持ってる土地や駐車場、私ひとりじゃ管理なんてできないよ。事業だって色々あるし。祥太さんは外から慶應?」
恵令奈は、大学といえば慶應しかないと思っているのだ。“慶應に下から入るか上から入るか”、それだけのバリエーションしかない。
「祥太がどこの大学出身かなんて、聞いたこともないわ」
「はあっ!?ちょっとお姉ちゃん、大丈夫?慶應界隈じゃないのに、身辺調査してないの?真面目にお付き合いしてるんでしょ?」
「してるよ。あのね、大学は重要じゃないの。祥太の価値は、そんなところじゃないのよ」
「…だけど、やっぱり身元はちゃんと調べておかないと、あとから家の格が違うって揉めたりして、傷つくのはお姉ちゃんだよ」
恵令奈は、心底心配そうに私をのぞきこむ。
私と違って、彼女は小さい頃からうまくクローズドな世界になじんでいた。頭だってとてもいい。敷かれたレールを歩くことに、何の疑問もないのだろう。
「こんな令和の世に家の格とかないから。祥太といると、私は私らしくいられるの。彼は私のバックグラウンドなんて一切知らないし興味もない。ありのままの、奔放で自由な私が好きなんだって」
「そう…まあ、たしかに祥太さんは、真面目で人がよさそうだし、そういう出会いは貴重なのかもしれないねえ。お姉ちゃんみたいに自由に遊び歩いている女の人でもいいっていう男の人、なかなかいないだろうし」
恵令奈は、諦めたようにうなずいた。
私は、祥太との出会いは奇跡だったと改めて実感した。
◆
「えー、新郎の中村祥太さんは埼玉の県立高校を卒業後、デザイン系の専門学校を卒業し、現在は株式会社SNS企画に勤めていらっしゃいます」
披露宴で、元アナウンサーの司会者がプロフィールを読み上げる。ザワつくかと覚悟したが、反対に水を打ったような静寂が広がった。
圧倒的多数になってしまった新婦側ゲストの主賓である元大臣も、どう反応したものかと、あいまいな笑顔でこちらを見ている。
三田会の幹部である叔父は、明らかに困惑しているようだった。
一族の結婚式では、新郎の慶應閥への貢献を誉めそやすのがお決まりなのに、おそらく彼の価値観では、どんな誉め言葉も思い浮かばないのだろう。
祥太はそんなカオスのような雰囲気を、まったく気に留めることもなく、スクリーンに映しだされた幼少期の私の写真を涙を拭きながら見ている。
そんな彼の素直さを、純粋さを、私はとても誇らしく思う。
「あれ?このシャンパン…?」
ふと、スタッフがうやうやしく注いでくれたシャンパンを見て、私は驚いてスタッフに尋ねた。
シャンパンは、当初頼んでいたノンヴィンテージではなく、ヴィンテージの1本10万以上するものになっている。
「ご新郎さまのリクエストで、なんとか都内を探しまわって数を集めました」
「祥太の…?」
傍らで白いハンカチを目に当てている祥太を見る。高砂はバカみたいに広く、彼とは距離があった。
― 祥太、お酒に詳しいんだ…?さすがにこんなに空けたら、ちょっとした車の値段くらいにはなるよね。
この披露宴の代金は、「披露宴だけは譲れない」といううちの両親が全額を負担している。
祥太に今すぐ真相を確かめたかった。
「よくこんなシャンパン知ってたね?ちょっと奮発しすぎじゃない?」と祥太に聞いたら、「雑誌で見て、値段を知らないで頼んじゃったよ。あとから腰が抜けたんだ」と無邪気に笑うはず。
何も知らない、善良で、無垢な男なのだから。
豪華絢爛な披露宴は、新婦側ゲストの戸惑いと、私の違和感を隠しつつ、滞りなく進行していく。
▶前回:「ホテルは一人でチェックインして」彼との初旅行。男の信じられない言動に、29歳女が知った衝撃の真実
▶NEXT:11月29日 月曜更新予定
秋十一夜「広い庭の家」石神井公園の一軒家で、ある夫婦が暮らし始めた。しかし次第に…?