【38歳独身女】親友の子どもが、どうしても欲しくなってしまった…
『嫉妬こそ生きる力だ』
ある作家は、そんな名言を残した。
でも、東京という、常に青天井を見させられるこの地には、そんな風に綺麗に気持ちを整理できない女たちがいる。
そして、”嫉妬”という感情は女たちをどこまでも突き動かす。
ときに、制御不能な域にまで…。
静かに蠢きはじめる、女の狂気。
覗き見する覚悟は、…できましたか?
▶前回:「マッチングアプリは25個以上やってる」婚活にのめりこんだ女が思いついた、危険な最終手段
目覚めた女
両親が不仲だったせいだろうか、私は幼い頃から“結婚”というものに憧れを抱いたことがない。
恋人がいたこともあったが、長くは続かなかった。常に一定の距離を保ちたい私と、距離を縮めたい彼。その価値観の不一致に、妥協してくれる男性はいなかった。
ひとりは快適だ。
誰に遠慮することなく、誰からも邪魔されることなく、自由に好きなことができる。
38歳・未婚というステータスにときおり生きづらさを感じることがあるけれど、大手出版社の編集者として培ったキャリアと経済力は、そんな些末なものを追い払ってくれる。
誇れるキャリアと、自由なプライベート。
私は自分の人生に満足していた。
…それなのに、ある日を境に、私の平穏な生活に徐々に不協和音が鳴り響きはじめた。
原因は、あの子。
梨花ちゃん、5歳。
独身を心から謳歌していた女の人生に、ある人物が現れて…
◆
それは、本当に突然の出来事だった。
「…え、もしかして沙織?」
マンションのエントランスで、なにやら大荷物を抱える女性が目についた。
線の細さ、横を向くと強調される高い鼻筋、長い髪。…それが沙織だと、すぐにわかった。
「…え、嘘でしょ?もしかして、ここに住んでるの?」
沙織と私は、早稲田大学の文学部でゼミが一緒だった。お互いにブロードウェイミュージカルが好きだと判明してから、距離を縮めるのにそう時間はかからなかった。大学3、4年生は、ほとんどの時間を一緒に過ごしたと思う。
けれど、私は出版社に、沙織は広告代理店に就職し、お互いが激務に追われるようになってからは徐々に関係は希薄になっていった。
9年前に彼女の結婚式には参加したけれど、かれこれ5年は会っていなかったはず。
「私、ここのマンションの5階に住んでるの。もしかしてここに引っ越してきたの?」
私が住むここ広尾のマンションは、5階まではワンルームや1LDKばかりだけど、6階以上は3LDKなどのファミリー向けの部屋がメインだ。
「そうなの、今日から601に引っ越してきたのよ」
「え、偶然。私、501だよ」
「嘘でしょ~?!そんなことある?」
久々の再会と偶然の一致に私たちが興奮していると、その様子に興味をもったのか、ぴょこっと小さな女の子が顔を出した。
沙織の細い体にすっぽりと隠れていた、小さな女の子だった。
「ほら、梨花。ご挨拶しなさい」
「…こんにちは」
消え入りそうな声でもじもじと挨拶する梨花ちゃんに対して、このときは可愛らしい子だなぁと人並みの感情しか抱かなかった。
すると、後ろのほうからガタイの良い男性が近づいてきた。
「お、沙織。もうお知り合いでもできたのか?」
沙織の旦那さんだ。結婚式で見たときより、ぐっとダンディーになっている気がする。
「あ、誠司。大学時代の友人が偶然同じマンションに住んでたの。結婚式にも来てくれたのよ」
そう言って私を夫の誠司さんに紹介する沙織は、すっかり“奥さん”としての振る舞いが板についている。
優しそうな旦那さんに、可愛い子ども。沙織は、幸せな結婚を手に入れていた。
でも、それ自体に嫉妬心はわかなかった。だって、それは私があえて選ばなかったものだったから。
だけど、それから数週間がたったある日。ある出来事がおこった。
<沙織:ちょっと、お願いがあるんだけど…>
沙織から、一通のLINEが届いたのだ。
沙織の小さなお願いごと。それが引き金となり、女はモンスターと化していく…
沙織は変わらず、広告代理店での仕事を続けていた。
その日は土曜日だったのだが、担当しているクライアントのイベントでトラブルがあったとかで、急遽現場に行かなくてはならなくなったという。
旦那さんも外出中で、近くに頼れる親戚もいない。そこで私に、数時間だけでも梨花ちゃんの面倒を見てほしいというのだ。
― 子どもの扱い方わかんないんだよなぁ…。
私には甥っ子も姪っ子もいない。小さい子どもは嫌いじゃないけれど、どう接していいのかわからない。
「本当に、見ているだけで大丈夫?」
「うん、助かる!!なるべく早く戻るから。…梨花、ちょっとの間イイ子にしてるのよ?ママすぐに帰ってくるからね。あとで一緒にプリン食べようね」
「…うん」
沙織は申し訳なさそうに、不安そうな梨花ちゃんをなだめ、小走りで仕事へと向かった。
― …困ったなぁ、何をしてあげればいいんだろう。
うちの玄関で所在なげに立ちすくむ小さな女の子をソファへと促し、とりあえずFire TV StickでYouTubeを立ち上げ、子どもが好きそうな番組を片っ端から流してみた。
「何か見たいものある?」
「…これでいい」
なんでもいい、とにかくママが早く戻るまで耐える。そんな感じだった。
「わかった。見たいものあったら、これで好きに見ていいからね」
私は下手に話しかけたりせず、ダイニングテーブルから彼女をそっと見守りながら、読みかけていた東野圭吾の新作を読み始めた。
その、我関せずの感じが妙に居心地が良かったのだろうか。梨花ちゃんは少しずつリラックスしてきたようだった。そして1時間もたたないうちに、私にこんなことを言ってくれた。
「おばちゃんも一緒に見よう?」
ソファの上にちょこんと座り、足をぶらぶらさせながら私に向かって手をこまねいている。
いつも一人で暮らすこの部屋に、小さな女の子がいる。さっきまでよそよそしくしていたその子は今、私を求めている。
その愛くるしい姿に、感じたことのない温かさを感じる。そして、不思議な感情が徐々に私の中に芽生えはじめたのだ。
◆
母性
それからはだんだんと、沙織に急ぎの仕事が入るたびに、梨花ちゃんを預かることが日常になっていった。
「いつも甘えちゃって本当ごめんね。梨花も“おばちゃんのお家遊びにいきたい!”ってうるさくて…。あ、これよかったら食べて」
そう言って、沙織は『ACHO』のマドレーヌを手渡した。
「ママ、またあとでね~!ね、おばちゃん、今日は何して遊ぶ?」
沙織曰く、梨花ちゃんは人見知りが激しく、親戚や祖父母にすらまったく懐かないという。
けれど、私にはすっかり懐いて、今もこうして私の手を引っ張っている。
…その事実は、私の計画遂行を勇気づけた。
「梨花ちゃん、今日はお話しましょうか」
「何のお話?」
だから、今日からそれを少しずつ、加速させていく予定だ。
「梨花ちゃん、本当のママは誰だか知っている?」
「…え?」
キョトンとした顔も愛らしくてたまらない。
「実はね、本当のママは私なの」
「そんなことないよ」
「本当よ。だって、今のママは梨花ちゃんに怒ったり、欲しいもの全部買ってくれないでしょ?」
「…うん。さっきもごはん残したら怒られた」
そう、私はこの子が欲しくなってしまったのだ。
「本当のママは、梨花ちゃんに怒ったりしないし、欲しいものはなんでも買ってあげるものなのよ」
「…そうなの?」
「だって、自分の子どもはかわいいもの。怒ったりできるわけないでしょ。あのママは、梨花ちゃんが憎くて怒っているのよ」
今にも泣き出しそうな梨花ちゃんを、私はぎゅっと抱きしめた。その小さな温もりに、私が彼女を守ってあげたいという願望が湧き上がる。
たまに梨花ちゃんの面倒を見るようになってから、甲斐甲斐しく彼女の世話をする沙織の姿に、どうしようもなく苛立ちを覚えてしまったのだ。
どうして、沙織だけが梨花ちゃんの母親なんだろう。
私だってこの子の世話をしたい。私にだってできるはずだって。
「ごめんね、急にこんなお話して。でも、本当のことだからね。さ、テレビでも見ようか」
大人しくなってしまった梨花ちゃんをソファに座らせ、うちでは見せてもらえないというクレヨンしんちゃんを一緒に見始めた。
そして私はこっそりと、スマホに溜まっていたあの男からの連絡を確認する。
<誠司:今日もわるいな。沙織のやつ、仕事ばっかりでさ…。今度、俺が色々埋め合わせするから。明日の夜空いてたりする?>
順調だ。
この男をたぶらかすことは案外簡単だった。けれど、この男自体に興味はない。彼はあくまで、私がママになるためのステップに過ぎない。
「梨花ちゃん、本当のママと一緒に暮らしたいよね?」
そして、混乱する梨花ちゃんに、プレゼントを渡した。ずっと欲しいと言っていたプリキュアのハート型のドレッサー。
「わ~、これ欲しかったやつ!!」
「本当のママと一緒に暮らせば、何でも買ってあげるよ」
「…でも、今のママがいい…」
梨花ちゃんを“納得”させるには、まだまだ時間がかかりそうだ。誠司との関係も、もっと深めていく必要がある。
簡単じゃないことはわかっていた。だから、私は根気よくこの計画を遂行する。
「梨花ちゃん、うちではおばちゃんのこと、ママって呼ぼうか?」
「…なんで?」
「呼んでごらん?このプリキュアのドレッサー欲しいよね?」
「…うん」
「じゃあ、言ってごらん?」
「ママ…」
そう、その調子。梨花、私はあなたのママよ。
「よくできたね。もう一回呼んでごらん?」
「ママ」
そうよ、私はあなたのママになるの。
何か腑に落ちないような表情を浮かべる梨花ちゃんをぎゅっとし、何度も何度も、彼女にそう呼ばせ続けた。
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ようやく奥さんと別れてくれる。そう信じ、6年付き合った男の家に乗り込むんだのだが…