握りのインパクトが超ド級!“熟成鮨”ブームを巻き起こした名店

“熟成鮨”の魅力にいち早く気づき、東京の鮨店のトップへと駆け上がった店がある。

都心からは少し離れた二子玉川に構えながらも、連日予約が殺到するという。

熟成ブームの先駆者にして今なおその技術に磨きをかける名店である。



※コロナ禍の状況につき、来店の際には店舗へお問い合わせください。

「鮨ネタは、熟成させると旨くなる」という発明

ブリの個性が強い分、シャリにも旨みが必要となる。そこで木村さんが選んだ酢は、京都の「富士酢」3種と岩手の無肥料米「遠野1号」で作ったお酢。咀嚼すれば奥深いシャリの一粒一粒がブリと融合し、魚の旨みが最大化する


始まりは1匹のシマアジだった。

二子玉川に店をかまえたものの、客が誰も来なくて眠っていた魚を丸ごと捨てなければいけなかった。

ふたつに割って捨てようとした時、目に入ったのが、脊髄の真ん中のまだ食べられる箇所の色。

ふと食べてみると、旨みが凝縮し、経験したことのない濃い味のシマアジになっていた。

血抜き後に塩締めをして、次に塩抜きをしてから乾燥させ、氷の中で寝かせた『すし 㐂邑』の筋子。3週間の熟成を経て、柔らかくねっとりした舌触りと弩級の旨みが生み出される


それが、『すし 㐂邑』の分岐点。そこからは、いかに旨味の極致に到達できるかの研究だ。

切り方、置き方、温度帯を変え、時にプールに浮かせ、よくなったら枝分かれで実験しての繰り返し。

何千通りの組み合わせのなかで、掴めてきたのが6年後の2014年頃。

並行してシャリが決まるまでも3年かかった。

都心から離れた立地には、真の鮨好きだけが集う


「木村くんにはついていけない」と仲買人に言われたこともあるが、残った味方ほど目利きだった。

魚の個体は変わってくるので、常に熟成方法を模索し、営業前にはその日のたねを一通り握って、自ら食べる。

毎日2食鮨を食べ、休みは他ジャンルの店へ行き勉強。なぜ、そこまでするのか?

「同じ仕事をするのは老舗にお任せして、僕は少しでも新しい技術を次の世代に繋げたいと思うので、必ず新しいことにチャレンジします。明日の方が美味しくなるように」

『すし 㐂邑』は進化を止めない。だからトップをひた走るのだ。

唯一無二の熟成鮨はこうして生まれる!


仕入れから10日たった北海道産のブリ。

外側の水分を出したあと、酸化を食い止めるためにこの時点で既に削り込まれている。


こちらは、さらに冷蔵庫で10日熟成させて、同時に余計な水分も抜き旨味を凝縮させたもの。

冷たい海で泳いでいたブリは脂のノリがとてもよく、熟成させることによりアミノ酸がぐっと高まる。

何日熟成させるかは、丸の状態での目や表面の色で大まかに判断し、次に胃袋を開けて、どんな餌を食べていたかもチェック。このブリには、スミイカがたくさん入っていたとか。

ひとつの魚に熟成日数を決めるチェックポイントが9ヶ所ほどある。

鮨好きがこぞって予約を入れるという、『すし 㐂邑』のコースの一部をチラ見せ!

酒が進む「白子そば」…個性が光るのコースの逸品たち


握りが始まる前から、二子玉川までまた来たいと実感する。コース前半のつまみから只者ではないのだ。

白子蕎麦のアクセントは、カンボジア産無農薬赤胡椒。海の香りとの組み合わせが洒脱


例えば、5品目のまろやかなコクを纏った白子蕎麦をすする瞬間は、もはや快感。

どれだけの手間がこの舌触りを生んでいるのか想像すると、握りへの期待がさらに膨らむ。

木村さんが惚れ込む「浅草海苔」を使った海苔飯。海苔飯を出すのは、海苔の香り高さをダイレクトに伝える意味もある


いよいよ熟成鮨が始まる前に手渡されるのは、海苔に巻いたシャリだ。

これは鮨に移る合図であり、『すし 㐂邑』のシャリを知ってもらうための挨拶。

そうして握りが約12貫続くが、時に優しく時に強く、巧妙な緩急をもって組まれた順序がまた罪深い。

「椅子に背もたれがあって本当によかった」とよく言われるほど、鮨のインパクトに仰反る瞬間が多い店でもある。

小肌は1週間寝かせた後、4~5日締める。江戸前をヒントに、独自の切り方に辿り着いた


さらに、名脇役となるのが銘酒の数々。

「お酒は鮨の調味料。もう一段階、ぐっと底から味わいを上げてくれる」と木村さん。

カツオやブリには山梨の「キュヴェ三澤」を。魚の旨味を上げるソースに変貌する。コース 33,000円


鹿肉にも負けない旨味を秘めるカツオに合わせメルロー主体の国産ワインを飲めば、その意味に納得。

鮨と酒の旨さに唸り、さらに木村さんの品のよいお色気トークに笑えば、いつもより少し長い帰路さえご機嫌なままだ。

惜しまぬ手間と研究が究極の一貫をつくる


二子玉川駅から徒歩7分ほどの場所にある同店。

「わざわざ二子玉川まで来てもらうわけだから、“㐂邑”にしかない鮨を出す必要があります。それも同じ鮨を続けるのではなく、毎年うちだけの新しいものを提供したい」と、店主の木村さん。

東京で鮨店の息子として生まれ、鮨のたねを食べて育った。幼稚園の頃には鮨職人になると決めていたという。



熟成鮨の先駆者でありながら、現状に満足することなくさらなる鮨の可能性を探求し続ける『すし 㐂邑』。

つまみ、握り、酒、どれをとっても一流を極めた弩級の名店だ。


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