『ラップスタア誕生 2021』で目下大注目!突如東京を揺らしにきたTokyo Galを直撃

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 音楽サブスクリプションサービスで〈Tokyo Gal〉と検索してみてほしい。アルバムこそ、先日リリースされたばかりの『リットです。』1作が並ぶのみだが、その下に20曲ほどのシングル曲が羅列されている。一番古いものでも2019年で、今年だけでも10曲以上の楽曲をリリースしていることがわかる。

 現在27歳のTokyo Galは、なぜこんなにも生き急ぐようにして新曲を発表し続けているのか。早くから音楽に目覚めつつも、スポットライトを浴びるようになったのは、特にここ数カ月のことだ。今年10月からスタートしたABEMAのオーディション番組『ラップスタア誕生 2021』で彼女のことを知ったばかりというリスナーも少なくないだろう。突如、東京を揺らしにきたミステリアスなアーティスト、Tokyo Galに話を聞いた。

――まず、音楽的なバックグラウンドから聞いていいですか?

Tokyo Gal 私のお母さんはアメリカに住んでいたこともあって、ブラック・ミュージックがめちゃくちゃ好きだったんです。それで、私はお母さんのお腹の中にいる頃から、六本木の「ピックフォード」ってラウンジに行っていて。そこは日本にツアーに来ている外国人のミュージシャンの人たちがお忍びでやってきてギグをやっていく、みたいな場所だったんですけど、幼稚園くらいの時から連れて行かれてました。

――音楽への目覚めはお母さんのおかげ?

Tokyo Gal そうかもしれません。お母さんは超変わった人なんですけど、ある時、お母さんから「あの人に歌を習ったらいいんじゃない?」と言われて、そこからボイストレーニングを受けることになったんです。私がトレーニングを受けるようになった先生はアトランタ出身のおじさんで、「ゴスペルやジャズ、ポップス、R&Bなどを一通り歌えるようにしとけ」ってことで、課題曲をこなしていきました。時々一緒に教会に連れて行かれて、そこでデュエットで歌うこともありました。

――かなり早い時期から音楽活動をスタートしていたんですね。

Tokyo Gal 幼稚園のときから2時間くらいトイレにこもって鼻歌を歌ってたんです。その頃から歌手になりたくて、小4くらいからノートに歌詞を書くようになり、小6のときには初めて作曲しました。

――初めて作った曲は、どんな曲だったか覚えていますか?

Tokyo Gal お母さんが文才のある人で、私のことを母親目線で書いていた初期の曲「わたし」という曲があるんです。「何が正しいかは、わからない。でもわたしがいる」というお母さんが書いた部分と当時12~13歳に書いた日記や歌詞を私の気持ちにつなげたのが、のちに発表された「Tendency」という楽曲になりました。

――普通に学校に行きながら、音楽に触れる生活を続けていった?

Tokyo Gal 小2の後半くらいから不登校になっちゃって、小中学生のときはほとんど学校に行かず、支援学校みたいなところに通ってました。あと、小6くらいからバーで歌を歌うようになったんですけど、支援学校の先生がすごく優しいこともあって、新人の先生を4人くらい連れてバーに遊びに来てくれたり。

――小6で自作の曲をバーで歌っていた……ってかなり早熟ですよね。

Tokyo Gal そうですよね。その後、中学校2年生くらいまではバーで歌っていたんですけど、進学のときに「さすがに中卒はまずいわよ」って言われて。高校を受験して一応卒業もしたんですけど、その3年間はほぼ歌は歌ってなかったんです。ギター部の部長はやっていたんですけどね。

――どんな高校生だったんですか?

Tokyo Gal ギャルでした。スカートも股下7cmとか(笑)。

――高校生の頃は、どんな音楽を聴いていました?

Tokyo Gal ワカ・フロッカ・フレイムやリル・ブーシー(現在はブーシー・バッドアスに改名)とか聴いていました。ソルジャー・ボーイが出てきた時期でもあって、リル・ジョンやリル・ウェインも流行ってましたね。

――サウス系のラッパーに傾倒していたんですね。Tokyo Galさんのディスコグラフィを見ていると、2020年からリリース作品が急に増えましたよね。すごいハイペースでリリースしていて、チェックするたびにびっくりしています。

Tokyo Gal YouTubeの「ニートtokyo」さんに出させてもらったときに、「2021年末までに100曲リリースする」って発言したので、それからずっとがんばってるんですけど……現時点でまだ32曲しか出てないんです。でも、ストックしている曲は700曲くらいあります。

――驚異的! Tokyo Galを始動させたのはいつから?

Tokyo Gal 2年前です。

――きっかけは?

Tokyo Gal 「MeetMe」ってプラットフォームを使ってライブ配信をしていたんです。そのときのアーティスト名は「Jai(ジェイ)」っていう名前だったんですけど、みんな「ジャイ」って呼ぶんですね。それで、「こんなに人に覚えられない名前じゃダメだ」と思って、途中で名前を変えることにしたんです。東京出身の「Tokyo」、「ガール」をアトランタ訛りの「Gal」にして、〈Tokyo Gal〉にしました。

――そこから、一気に曲をリリースし始めた?

Tokyo Gal 「音楽やってる」というと、「俺もやってるから、交換しよ」みたいなノリで「君のページを見せて」って言われるんです。でも、Jai名義では2曲くらいしかなくて、それがめちゃくちゃ恥ずかしかった。「音楽やってる」って言ってるくせに、最後に発表した曲が2年前で止まってるとか、ダサいじゃないですか。

――その言葉、耳が痛くなるアーティストもたくさんいそうですが……自分のディスコグラフィが寂しい感じだった?

Tokyo Gal はい。「何がアーティストだよ、本気じゃねえじゃねえか」みたいに思われるんじゃないかって。それで、もっとやりたいと思うようになったんです。

――今のハイペースっぷりを見ていて、「この子、一体今までどこにいたの!?」って感じたんです。「なんで見つけるのに時間がかかっちゃったんだろう」って。

Tokyo Gal 当時は周りに音楽をやっている人が本当にいなくて。いろんな人にメッセージを送って「もっとアーティストとしてやっていきたいのでレック(レコーディング)させてくれませんか?」ってお願いしていたんですけど全然ダメで、中には「1曲30万円」とか言われることもあった。

――高い! それはヒドいですね。Tokyo Gal始動後の今は、「だんだんアーティストらしくなってきたな」みたいな気持ちの変化はありますか?

Tokyo Gal まだまだです。ストックの10分の1も出せてないですし。

――現在はABEMAのオーディション番組「ラップスタア誕生」にもチャレンジ中ですが、応募しようと思ったきっかけは?

Tokyo Gal さっきの要領で2カ月に1回くらいのペースで、60人ほどにメッセージを送っていたんです。で、確かRYUZOさん(「ラップスタア誕生」主宰者)に「私の何がダメなんですか? チャンスがあるなら何でもください!」って送ったら、「みんな、こういう番組に出てるんだよ」って「ラップスタア誕生」のリンクを送ってきてくれたんです。「フリースタイルは苦手なんだけどな……」と思っていたんですが、「これは音源で勝負する番組だから」と言われて、「じゃあ私、イケんじゃない……!?」と思って。それが去年の今頃だったんです。だから、次の応募期間までにめちゃくちゃ曲を作って修行しとこうと思って。

――まさに、今も選考が進んでいる中で話題も高まっていますよね。そんなタイミングで、先日1stアルバム『リットです。』を発表されました。

Tokyo Gal もともとラッパーのLIPSTORMさんによく相談に乗ってもらっていたんです。そうしたら(ラッパーの)ISH-ONEさんのフランスのチームの方を紹介してくれて「Tokyo Gal、大丈夫だから任せとけ(Tokyo Gal, don’t worry. I got you)」と言ってくれて。それで、ISH-ONEさんのスタジオに行くようになりました。それがちょうど1年前くらいで、アルバムの内容は今年の1月くらいにはできていました。

――「揺さブルブル」のようにハードなラップの曲もあれば、「ARK」みたいに歌声が伸びやかで包容力を感じる曲もある。収録されている7曲を聴くだけで、多彩な魅力を感じました。現状のリリース作を見るに、ラップのほうに比重を置いているのかなと思うのですが、そのへんのバランスはどう考えていますか?

Tokyo Gal ストックしている曲はR&Bのほうが多いですね。だから、ラップの曲は本当にここ1年くらいで作ったものばかり。話題性というか、みんなが好きだろうなっていう曲を出しているだけなんです。

――「ニートtokyo」ではご自身のアイデンティティについてもお話ししていましたよね。

Tokyo Gal はい。お父さんがアメリカ人です。

――今も連絡することはありますか?

Tokyo Gal 連絡を取ることはないです。噂によると死んだって話なんですけど、私のお母さんが長い間、真実を教えてくれなかったんです。それで、「じゃあアメリカに行ってみるか」と思い立ち、カリフォルニアに行ったことがあって。

――それは、自分のルーツを探しに、みたいな感覚?

Tokyo Gal どんなものなのか、一回見て体験してみようかなって。滞在したのは2週間くらいだったんですけど、現地の友達が「いつもチャーチに行く」って言っていて。私はバプテスト派のチャーチにめちゃくちゃ行きたかったんです。というのも、自分のボイトレの先生がバプテスト派だったんですけど、YouTubeで教会の様子を見ていると、ゴスペルを聴いて「おおぉ……」って感極まっている方とかいるじゃないですか。その様子をどうしても見たくて。それで連れて行ってもらったんですけど、そうしたら突然「今日はなんと、東京・ジャパンからゲストが来てます!」とか言われて。「聞いてない!」って思ったんですけど、みんな「あの子だ!」ってこっちを向いてるから、ブルブルしながら台に上がって、そのままAIさんの「Story」を歌ったんです。そうしたら「おおぉ……」って感動してくれる方がいて。そのときはあまり英語がしゃべれなかったんですけど、歌う前にたどたどしい英語で「これはこういう意味です、一生懸命歌います」って説明して、歌いました。

――それは貴重すぎる経験! アメリカにはまた行きたいと思いますか?

Tokyo Gal 引っ越そうかなとも考えたんですけど、今のアメリカの状況を見ていると、ちょっと子育てには向かないかなって思ってしまって。

――お子さんがいらっしゃる?

Tokyo Gal 4歳の男の子がいます。

――ママ業とアーティスト業の両立は大変じゃないですか?

Tokyo Gal スケジュールを確保するのがちょっと大変ですけど、自治体のサポート体制が結構よくて。子どもを預けるサービスもわりとすぐ利用できるので助かってます。音楽については「うるさい」って言われますけど(笑)。

――音楽好きなお母さんから、今のTokyo Galさんの楽曲を聴いた感想をもらうことはありますか?

Tokyo Gal どう思っているんでしょうね。母親とは縁が切れている状態なんです。私が音楽活動をしていることは知ってはいると思うけど。

――少し遠回りしたけれど、今だからこそ、こうやって精力的に活動できていると感じますか?

Tokyo Gal 今、27歳なんですけど、昔は結構トガっていたんですね。プラス、人見知りもあった。今はそれが削がれて、わりと真の自分に近づいたと思っています。

――シンガーやアーティストとして目指す理想はありますか?

Tokyo Gal うーん……ジャズミン・サリヴァン。

Jazmine Sullivan – Pick Up Your Feelings

――最高じゃないですか。

Tokyo Gal 彼女に辿り着かなかったとしても、心だけはそこに持っていきたいですね。この間、ジャズミン・サリヴァンがアリ・レノックスとライブをやっていて、アリ・レノックスはちょっとウィスパーな歌い方なんですけど、そこにジャズミンが遠慮なく、あの力強いリフで入ってきて、相手を黙らせちゃうんですよ。まったくアリ・レノックスが輝かないっていう……(笑)。それくらい、自信を持ってやっていきたい。遠慮がないところが、すごく素敵って思っちゃいました。

――直近の目標はありますか?

Tokyo Gal フェスに出たいですね。フェス用に作っている曲があるので、それを披露したい。ライブをたくさんやってきたから、お客さんと一緒に楽しむのが好きなんです。

[プロフィール]
Tokyo Gal(とーきょー・ぎゃる)
東京都生まれのラッパー/シンガー。10歳からゴスペルシンガーとして活動を始め、その後はR&Bやジャズ、ポップスなども歌い、ラップにも着手。以降、自らトラックメイキングもこなし、都内のクラブを中心にライブ活動を行う。
Twitter〈@https://twitter.com/galtokyo〉
Instagram〈 https://www.instagram.com/tokyo_gal_official/ 〉

  • 11/19 19:00
  • サイゾー

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