リヴァプールとアーセナルの両クラブでプレーした選手たち

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 20日に行われるプレミアリーグ第12節では、4位リヴァプールが本拠地『アンフィールド』に5位アーセナルを迎える。両チームの勝ち点差はわずか2ポイント。勝った方がトップ4で次節を迎えることができる重要な一戦だ。

 リヴァプールのMFアレックス・オックスレイド・チェンバレンにとっては古巣対決となるが、過去に両クラブでプレーした選手は少なくない。

 イギリスメディア『planet football』は、プレミアリーグが創設された1992-93シーズン以降にリヴァプールとアーセナルの両クラブでプレーした5選手を紹介している。

[写真]=Getty Images

■ニコラ・アネルカ




アーセナル在籍期間:1997年2月~1999年7月
リヴァプール在籍期間:2002年1月~2002年6月(※パリ・サンジェルマンからのローン)

 プレーしたことがないクラブを探すのが難しいという『planet football』の表現は大げさかもしれないが、移籍の多い選手だったことは確かだ。1996-97シーズンの途中にパリ・サンジェルマン(PSG)からアーセナルに加入した当時は17歳だったアネルカ。翌シーズンにプレミアリーグとFAカップの二冠を達成し、1998-99シーズンにはPFA年間若手最優秀選手に輝いた。

 1999年夏に移籍したレアル・マドリードでは結果を残せず、わずか1年でPSGに復帰。リヴァプールにローン移籍したのはその翌シーズンだった。半年間で22試合5得点という成績は完全移籍には結びつかなかったが、マンチェスター・Cへの道を切り開いた。2008年からはチェルシーでプレーし、2008-09シーズンのプレミア得点王に輝いた元フランス代表FW。選手兼任監督も務めたインドのムンバイ・シティFCで現役を退くまでの間に12クラブでプレーしたが、最も輝いたのは良き理解者だったアーセン・ヴェンゲル氏の下でプレーしたアーセナル時代だったかもしれない。

■ジャーメイン・ペナント




アーセナル在籍期間:1999年1月~2005年7月
リヴァプール在籍期間:2006年7月~2009年7月

 私生活のトラブルさえなければ、数ランク上の選手として名を残していただろう。15歳でノッツ・カウンティからアーセナルに移籍したウインガーは、16歳319日でリーグ・カップに出場し、当時のクラブ最年少出場記録を更新。プレミアリーグで初めてスタメン出場した2003年5月のサウサンプトン戦でハットトリックを達成した時には、新たなスター選手の誕生を予感させた。しかし、アーセナルでゴールを決めたのはこれが最初で最後となった。期限付き移籍を繰り返した末に2005年にバーミンガムへ移籍し、その翌年にリヴァプールに加入した。1年目はプレミアリーグ34試合で出場機会を得たが、翌シーズンは出場機会が激減。2008-09シーズン後半はポーツマスへ期限付き移籍し、シーズン終了後にレアル・サラゴサにフリーで移籍した。

 2018年に7部のビラリキー・タウンで引退するまでの間に15のクラブを渡り歩いたペナント。プレーよりも飲酒運転や女性トラブルでメディアを賑わすことの方が多く、実刑判決を受けたことも。フットボールに専念していれば、違ったキャリアを歩めていたはずだ。

■コロ・トゥーレ




アーセナル在籍期間:2002年2月~2009年7月
リヴァプール在籍期間:2013年7月~2016年7月

 アーセナルで全盛期を迎えた元コートジボワール代表DF。2003-04シーズンにはソル・キャンベルとセンターバックを組んで無敗優勝に貢献し、2009年にマンチェスター・Cへ移籍するまで7年に渡って活躍した。リヴァプールに加入したのは2013年。長年に渡って同クラブの守備の要を務めたジェイミー・キャラガー氏が引退した直後のことだった。しかしミスが目立ち、キャラガー氏の後釜というポストを埋めることはできないまま、アンフィールドを去ることに。

 向かった先はリヴァプール加入時の指揮官だったブレンダン・ロジャーズ監督が率いるセルティックだった。ロジャーズ監督は当時、キャリア晩年のK・トゥーレと契約を交わした理由として“人間性”を挙げていたが、その言葉に嘘はなかったようだ。セルティックで2016-17シーズンにキャリア2度目となる無敗優勝を成し遂げたK・トゥーレは、現役引退後もコーチとして同クラブに残留。現在もレスターでロジャーズ監督の下でコーチとしての経験を積んでいる。

■アレックス・オックスレイド・チェンバレン




アーセナル在籍期間:2011年8月~2017年8月
リヴァプール在籍期間:2017年8月~

 アーセナルからリヴァプールへの移籍が発表されたのは2017年8月31日。『アンフィールド』で両チームが対戦した4日後のことだった。0-4で完敗したアーセナル側で先発出場していたオックスレイド・チェンバレンが「本気でプレーしていたのか」と疑問の声が上がったのも当然だろう。

 18歳の誕生日を目前にサウサンプトンからアーセナルに加入し、イングランド代表でもポジションを掴んだオックスレイド・チェンバレン。2017年当時は、アーセナルでウイングバックとして起用されることに不満を抱いて移籍を望んでいると報じられ、最終的にリヴァプールへ4000万ポンド(当時レートで約56億円)の高額移籍を果たした。辛口コメンテーターとしておなじみのキャラガー氏とギャリー・ネヴィル氏は移籍決定直後、「同選手がリヴァプールでの定位置を獲得するのは難しいだろう」と口を揃えていたが、ケガが多かったこともあり、ここまでは両者の予言通りとなってしまっている。

 ただし、現在は公式戦2試合連続で先発出場を果たしており、8月に誕生したばかりの息子のためにも失われた時間を取り戻したいところだ。

■ヨッシ・ベナユン




リヴァプール在籍期間:2007年7月~2010年7月
アーセナル在籍期間:2011年8月~2012年5月(※チェルシーからのローン)

 2009年4月に『アンフィールド』で行われ、4-4のハイスコアに終わったリヴァプール対アーセナルの一戦は、4ゴールを一人で決めたアウェイチームのアンドレイ・アルシャヴィンが強烈なインパクトを残した。しかし、この試合を引き分けに持ち込む最後のゴールを含めた2ゴールを決めたのが、当時リヴァプールに所属していたベナユンだった。

 ラファエル・ベニテス監督率いるリヴァプールで2007年から3年間プレーをし、134試合に出場した元イスラエル代表ウインガー。2010年にカルロ・アンチェロッティ監督率いるチェルシーに移籍したが出場機会に恵まれず、翌シーズンにアーセナルへ期限付き移籍した。1年だけの在籍だったが、公式戦25試合に出場。リーグ最終節ウェスト・ブロムウィッチ戦では先制点を決め、チームの勝利とチャンピオンズリーグ出場権獲得に貢献している。

(記事/Footmedia)

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