若くしてビジネスを成功させた30代の若手社長。社員が語る、彼の本当の姿は恐ろしいものだった…

夫は、こんな人だった―?

周りに相談しても、誰も信じてくれない。子どもと一緒に夫の機嫌を伺う日々…。

最近、こんなモラハラ夫に悩む妻が増えている。

有能で高収入な男性ほど、他人を支配しようとする傾向が強い。

優衣(32)も、経営者の夫が突然マンションを買った日から、徐々に自由を失っていく。

広告代理店ウーマンから、高級マンションという“籠”で飼い殺される専業主婦へ。

彼女が夫から逃げ出せる日はくるのだろうか―?

◆これまでのあらすじ

夫は自宅に優衣を監視するための小型カメラをつけていた。それを知り、もう耐えられないと離婚を決意した優衣。そのために、東山に会って会社での夫の様子を聞こうと思うが…。

▶前回:「もう耐えられない」夫の言動に血の気を奪われ、足音に怯え、目の動く先にも注意を払う32歳妻の日常とは


― 急に連絡して、迷惑かな…。

夫の会社の社員である東山に、メッセンジャーで連絡をとろう。そう決めたが、何をどう伝えればよいのか。そして、いきなり話をしたいとお願いして迷惑にならないか、と優衣は考えこんでいた。

窓から見える空は、遠くの方に夕焼けの名残を望めるが、近くの空はもうすっかり暗くなっている。

あと1時間もすれば、雄二が帰ってくるはずだ。

昼寝から起きてきた雄斗のほうを見ると、おとなしくテレビを見ている。

優衣はスマートフォンを手に取り、メッセージを打ち始めた。

「いつもお世話になっております。夫のことで相談があります。お会いできないでしょうか?」

それだけ打つと、意を決して送信ボタンを押した。

返信はすぐにきた。

「僕でよろしければ、ご指定の場所にお伺いします。明日、明後日の昼間は比較的スケジュールに余裕があります」

東山の快い対応に優衣はホッと胸をなでおろす。

「では、明日の14時。先日のカフェはいかがでしょうか?」

そこまで打ちこむと、何か不都合があった時のために、自分の携帯番号を書き足した。

すると、東山より時間、場所を了承する返信が届く。

「承知しました。ありがとうございます」

スピーディーな返信、そして丁寧な受け答えに、東山の人柄がよく出ていると優衣は思った。

そして、彼なら優衣の問いに、的を射た回答を提示してくれるような気がしたのだ。

「ママ、夜ご飯、なあに?パパの好きなもの?」

お腹を空かせた雄斗が、キッチンにやってくる。

母親が夫に対し気遣う様子を日頃から近くで見ているせいか、まだ小さいのに父親を優先することが自然と身についてしまったと、最近優衣は感じていた。

― きっと私のせいだわ…。

小型カメラの件もあるが、優衣は何よりそんな息子の様子が不憫で、どうにかしなければという気持ちが増していくばかりだった。

食事中にテーブルの下のカメラを探る夫。カメラはやはり…でもなんのために?

夜7時。

玄関をガチャガチャと開ける音がし、雄二が帰宅した。

「ただいま」

不意に優衣の鼓動が速くなる。

「おかえり。今、手が離せなくて。先に着替えてきてもらってもいいかしら?」

この日の優衣には、夫に知られたくないことがある。東山にアポを取り付けたこと、そして、テーブルの脚に取り付けられた小型カメラに気づいていることだ。

それを雄二に悟られないよう、夫の機嫌をとり、いつもと何ら変わりがないと思わせる必要があった。優衣は、彼の好きなチキンソテーに、ゴルゴンゾーラのソースを添え、ホットサラダに、オニオングラタンスープを用意した。

雄斗の分には作り置きしてあるシャリアピンソースをかける。

7割下準備を済ませていた料理に、火を入れる。雄二が着替えを終えて、リビングにやってきた。

「今日は何かあった?」

好物ばかりが並んだテーブルの上を見て、雄二が言った。

「ううん、別に何も。たまたまスーパーでチーズが安売りしてたからチキンソテーにしてみたの。あとは家にあったものばかりよ」

優衣がそう言うと、雄二は嬉しそうにダイニングチェアに腰を下ろした。

― よかった、機嫌良さそう…。

だが、夫の様子に安心しながらも、彼の手がテーブルの脚につけられている小型カメラの存在を確認していることを、優衣は見逃さなかった。




翌日、14時。

優衣は1人でラ・ボエム表参道の店内の一角に座っていた。

ここにやってくる前、恵に事情を話し、東山と会う少しの時間、雄斗を預かってもらうことにしたのだ。

事情といっても、本当のことを打ち明けたわけではない。

コロナ禍、夫の会社の様子がわからないから、社員にこっそり話を聞きたいのだと伝えると、恵は事情を深く探ってくるようなこともなく、快諾してくれたのだ。

予定より10分ほど遅れ、東山がやってきた。

「遅くなってしまい、すみません」

息を切らしている様子から、相当急いでここまで来たことがよくわかる。

「いえ、全然大丈夫です。私の方こそ、お忙しいのにすみません」

優衣は恐縮し、東山に詫びた。

「そういえば、社長についてお聞きになりたいとおっしゃっていましたが…。どういった内容でしょうか」

注文したコーヒーを口にすると、東山の方から本題を切り出してくる。

「はい…こんなこと、申し上げにくいのですが他に聞ける人がいなくて」

そう前置きし、優衣はどう聞いてよいのか、考えあぐねていたことをなんとか言葉にして質問した。

「会社で夫がどんな様子で仕事をしているのか気になっていて…。みなさんへの接し方とか。ちゃんと仕事できてるのかなと」

「それは例えば、その…性格的に…ってことでしょうか?」

東山が言いづらそうに聞いてきた。「性格的に」というのは、うまい言い方だなと優衣は思った。

「そうです。自宅では気分の浮き沈みが激しく、短気で…。社員の方にもそうなのかなと心配になって」

東山は一瞬、目を見開いたように見えた。

「それを聞いてどうなさるんですか?会社がうまく収益を出していれば、奥様が気にされなくてもよいかと。それとも…」

優衣は静かに、簡潔に言った。

「私、離婚したいんです」

東山は、優衣から次の言葉が発せられるのをじっと待っているように見える。

「夫は、自宅に私を監視するための小型カメラをつけていました」

その言葉に東山は驚いた顔をしたが、黙って優衣の話を聞いていた。

「私も息子も四六時中夫の機嫌を取り、彼を怒らせないよう生活していることに、疲れたんです」

優衣がそこまで言うと、東山はすべてをわかりきった様子で言ったのだ。

その男はすべてを知っていた。社長の異常行動とその理由を

「カメラ、気づかれていたんですね…」

優衣は、東山がカメラの存在を知っていたことに驚きを隠せず、思わず聞き返してしまった。

「えっ、なぜ知ってるんですか!?」

東山は少し考えたあと、はっきりとした口調で言ったのだ。

「社長は、ご自宅の様子を会社でよく見られてましたよ。いつもデスクトップには、カメラの映像を見るアプリが…」

想定外の答えに、優衣は一言も言葉を発することができなかった。背筋が凍るとはこういった状況のことを言うのだろう。

「実は奥様のおっしゃる通り、会社でも、社長に無理難題を押し付けられたり、暴言に耐えられず、辞める社員が後を絶ちません…。新しい人を雇っても、もって3ヶ月…といったところでしょうか」

優衣は身じろぎもせず、東山の話を聞いていた。

「少しでも気に入らないことをすれば、1人だけ無視されたり、会議に呼ばれないといったことは日常茶飯事です」

― まさかとは思ったけど、自分の夫がここまで会社でも横暴だったなんて…。

「僕がもっとフォローできればいいのですが、一度ターゲットになってしまうと、なかなか入り込む隙がなくて…」

そう言いながら、落胆する東山を目の前に、優衣は唖然としてしまう。

どうしようもできずに困っているのは、今目の前にいる東山も同じなのだ。


「ターゲット…ですか」

東山の言ったその言葉が、優衣に引っかかった。

「今の社長がしていることを、端的に言い表す言葉があるんですが」

東山は言いづらそうだったが、心を決めたようでもあった。

「これはれっきとした、モラルハラスメントです」

優衣は目を見開き、頭の中でその言葉を反芻した。

― 私が受けているのも、モラハラ…。

「モラハラはモラルに反した嫌がらせで、相手を精神的に追い詰める行為全般を指すようです」

モラルハラスメントという1つの言葉で、優衣のもやもやとした視界は急に開けていくような気がした。

「私も、モラハラのターゲットなんですね、きっと」

東山は気の毒そうに言った。

「そうかもしれませんね…。あまりこういうことは言いたくないのですが、モラハラの場合、DVみたいに傷痕が残りません」

確かに夫に手を上げられたことは一度もない。

「家庭や会社っていう閉ざされた空間の中で、人の目に触れることがありません。一家の主人だったり、社長だったりしたら、被害者は反抗できない場合が多いそうです」

東山はハラスメントについて随分調べたと言う。

「このコロナ禍、会社に出てまでやらなくてはならない仕事は正直平時ほどないんです。それでも、リモートにしないで顔突き合わせての仕事のスタイルにこだわるのは…」

東山がここまで言った時、優衣の中で続きは容易に想像できた。

「ご自身の鬱憤を晴らすためかもしれません…」

東山の言葉は確信をついていた。

「あの、夫がモラハラをするようになった原因はなんだと思いますか?」

優衣がモラハラの対象になったのは、原宿に越してきてからだ。それまでは育児に協力的ではないにせよ、普通の結婚生活を送れていたのだ。

「そうですね…少なくともここ1年で始まったという感じではないですね。僕が入社した時には、すでにもうそういう感じでした」

そして、東山も一度はターゲットになったと言って笑った。

「私は、それまでターゲットじゃなかっただけ…」

優衣がつぶやく。

「そういうことになりますね。さっき、奥様は離婚を考えているとおっしゃいましたが…」

「はい、言いました」

東山の話を聞いた今となっては、その決意は優衣の中でますます確固たるものとなっていた。

だが、優衣の意思に反し、東山は言った。

「あくまで、僕が思ったことですが。離婚は一筋縄ではいかないんじゃないでしょうか」

そう言って東山は表情を曇らせた。

その様子から、優衣はこの先自分の身に降りかかる雄二からの攻撃を想像し身震いした。

― あの雄二のことだ、離婚を突きつければきっと恐ろしいことが起こるはず。

優衣は無意識に身をこわばらせた。


▶前回:「もう耐えられない」夫の言動に血の気を奪われ、足音に怯え、目の動く先にも注意を払う32歳妻の日常とは

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優衣の離婚への決意を揺るがせる東山の予測。そしてそれは的中し…

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