男と六本木で1週間のホテル密会。のちに女が思い知る“快楽の代償”とは…

感染症の流行により、私たちの生活は一変してしまった。

自粛生活、ソーシャルディスタンス、リモートワーク。

東京で生きる人々の価値観と意識は、どう変化していったのだろうか?

これは”今”を生きる男女の、あるストーリー。

▶前回:緊急事態宣言中に上司の誕生日パーティー。苦言を呈した女が受けたヒドい仕打ち

Act4. イケナイ密な関係 2020年5月


「はぁ…もう、2ヶ月も会ってないよ」

新型コロナウィルスの蔓延による自粛生活も、2ヶ月以上経過した頃。

いまだ慣れていないスマホのアプリゲームで空虚を潰しながら、高山絵里香は切なさに悶絶していた。

絵里香は新宿の百貨店にあるハイブランドの店舗で販売員をする25歳。

美しいロングヘアに、すらりとした体型と身のこなし。年齢の割に落ち着いた雰囲気は、ターゲットの年齢層が高いそのブランドのイメージ通りで、顧客からの信頼も厚かった。

絵里香が思いをはせる男・望月もその顧客の1人だ。

彼とは、妻の誕生日プレゼントを買いに来たことがきっかけで出会った。その日の夜に百貨店近くのバーで再会し、一瞬で運命を感じた2人は、すぐに意気投合した。

望月は百貨店の近くの大手不動産会社で、トップの成績を誇る営業マンだ。そんな彼は湘南在住。持ち家の戸建てで、家族とともに暮らしている。

感染症がまん延する前は、週に1回か2回は会っていた。

職業柄、接待が多く、激務。また終電の早い郊外に住んでいる彼は、お泊まりの言い逃れをすることもたやすかった。

だが、この状況下…。彼が都内に出ることも減り、夜も休日も当然ながら出歩くことが厳しくなったのである。

絵里香の勤務する百貨店も休業。休業手当が出るので生活は何とかなるものの、時間を持て余すことが一番きつかった。

望月のことを、1人想う時間がそれだけ長くなってしまうのだから…。

会えない恋人から、突然来た連絡とは…

ここ最近は、当然のことながら週1どころか、2ヶ月も望月に会っていなかった。

接客業をしている身なので、下手に会って万が一のことが起こるのも避けたいからだ。

絵里香が一番恐れているのが、そうなった場合に行動を追跡されてしまうこと。だからこそ、ムリに会いたいとも言えないし、気持ち的にはばかられる。

望月がいつもやっているというゲームのアプリのメッセージ機能で会話をしたり、数時間ごとに相互フォロワーに送れるライフを送り合って、互いの存在を確認しあったりしているものの、心が満たされることは、もちろん、ない。

彼も時間を持て余しているのだと、多少の安心感を得られるくらいだ。

そんなとき―

彼から突然、電話があった。

「どうしても会いたくて…。今、六本木のホテルにいるんだ」



絵里香はすぐに彼が指定したシティホテルの一室へ赴いた。

扉を開けるなり、ベッドの前で佇んでいた彼の胸へ一直線に飛び込む。

「1週間、部屋を取っているよ。この時間は、絵里香にしか会わない…」

肌のぬくもり、体温、きつく抱きしめる腕…。2ヶ月ぶりの彼の愛情を感じた。望月は、出張と家族に嘘をつき、会社は絵里香に会いたいがために休みを取り、この時間を作ったのだという。

「嬉しい…。もう、どうにかなりそうだった」

「僕もだよ。早く会いたくて、早くこうしたかった」

勤務先も休業のため、絵里香もその1週間は有給を取得することにした。

そして、2人は濃厚な時間を過ごしたのだった。

― 幸せ…とけちゃうくらいに。


彼の家族は少々気になる。しかし、絵里香は必死でそのことを考えないようにしていた。

彼の家族は、のっぺらぼうのただの人形。彼のステイタスを彩るための、ハリボテ。

彼は今、私を見つめ、抱いて、愛していると言ってくれている。

それだけが、すべて。

人形の気持ちなんて、考えていられない…。

絵里香の頭の中はそんな思いで満ちていた。



1週間後。2人はホテルの部屋をチェックアウトし、久々に太陽の光を浴びた。

休日の昼間にもかかわらず、大通りに喧騒はない。逆に目立ってしまうので、手を繋いで歩くのもためらってしまうほどだ。

他人のふりのディスタンスを保ちながら、絵里香は先に歩く望月の背中を追う。駅の前で別れ、そしてお互い、籠の中の日常に戻ったのだった。

― 家に帰っても、彼の体温がまだ残っているような気がする。

身体が火照って、何をする気も起きない。別れたばかりなのに、また、彼が欲しい…。

あの人も、きっと今は自分と同じ気持ちだろう、そんなことをずっと思いながら、絵里香は翌日の休日もベッドの中で過ごした。

あまりの想いの強さからなのか、何気なく眺めたスマホの画面に突然、彼の名前が浮かび上がる。

『知り合いかも?望月義康』

Facebookの通知だ。最近、絵里香はFacebookをほとんど利用していなかった。

同年代の友人は投稿していないし、余計なものを見たくないから。彼の名前を検索はおろか、開かないようにしているところもある。

共通の友人のフォローで関連して出てきたものだろうか。思わずスマホをタップしてしまう。

すると、そこで見てしまったのは、信じられない彼の投稿であった。

彼の投稿に書かれていた驚くべき事実とは…

『隔離期間終了!何もおきなくて、健康体です。ずっと寝てましたー』

その投稿は数時間前。最新のものだ。

彼の家族写真は想定の範囲なので、特に何も思わなかったが、それよりも最新の投稿に絵里香は目を疑った。

それによると、どうやら近しい人に疑いが生じていたため、自主隔離をしていたのだそうだ。

― 隔離期間…?

その文字に血の気が引き、気だるい身体がさらに重くなったような気がした。



絵里香は、万が一を案じて受診してみたものの、熱も症状もないため問題はなさそうである。

しかし、大事を取って絵里香はさらに数日、休むことを決めたのだった。

彼と繋がるアプリゲームにもログインする気は起きない。暇を持て余し、よせばいいのにさらにFacebookの投稿をさかのぼって見てしまう。

『今日はテーマパークで家族サービス。かなり空いていて、チビも大満足』

『どこも開いていないので、GWはご近所さんとBBQです』

このご時世というのが嘘のような写真が、いくつも掲載されていた。

長い自粛生活の中の息抜きなのだろうが…。

多くの人々が息苦しい生活を強いられているなかで、堂々とSNSに写真を載せる神経を絵里香は疑った。

「可愛い女の子…」

それらの写真には、目元がとても彼に似た幼女がそこにいた。隣にいる女性の腕には、絵里香が以前販売したミニバッグが提げられている。

『自粛生活で、家族といることの大切さと楽しさに気づきました』

嘘か本音なのか、わからないその言葉が、彼の家族の笑顔とともになぜか心に刺さる。


― 彼にとって、私の方がどうなろうと関係ない“ただの人形”だったわけね。

ちょうど、ゲームアプリに彼からハートマークのライフが届いた通知がある。

絵里香はそれを開けることなく、そっとスマホから彼の連絡先を消すのだった。



百貨店も営業再開し、念のための自主休暇も明けて出勤した絵里香。

しばらくぶりに店に現れた彼女の元に、望月が訪れた。

「いらっしゃいませ。今回も奥様へのプレゼントですか?」

「あ、いや…。今日は、別の愛する女性に」

「その方へのプレゼントでしたら、ゲームのライフで十分じゃないですか」

精いっぱいの皮肉を絵里香は伝えたが、彼にはまったく伝わっていなかった。どうやら、連絡がとれず、仕事も休んでいた絵里香の身を心配してきたようだった。

絵里香の心配というより、自分が不安なだけだということはわかっていた。もう気持ちはドン引きを通り越して、拒否反応を感じている。

ふと気づいたが、スマホゲームも、奥さんにやりとりをばれないようにするための浅はかな手段なのだろう。もう、ログインする気も失っていた。

数日後、アカウントを消去するために、絵里香はアプリを開くと、彼からメッセージが送られていることに気づく。

『ログインしてないみたいだけど、体調はどう?何かあったとしても、僕はお客として君に会っているだけだから、大丈夫だよね』

― 大丈夫って、何?

意味はよくわからなかったが、もう彼に会うことはないだろう。これ以上、自分のライフを無駄に消耗しても仕方ない。

自分の身体を支配していた何か悪いものが完全に抜けたような爽やかな気分であることに、絵里香は気づいたのだった。


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