樋口一葉も没落士族…渋沢栄一が「国利民福」訴えた背景に明治期の“貧富の差”

──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ

 前回の『青天を衝け』は、渋沢栄一の妻・千代(橋本愛さん)の演技力がひときわ映えた回でもありましたね。渋沢が開いた救貧施設「養育院」の女児たちと触れ合い、針仕事を教えながら着物を繕うシーンのやさしい顔、渋沢家にやってきた書生たちをたしなめる時の凛とした表情など、千代という女性のさまざまな側面をうかがい知ることができました。

 前回の放送テーマには、明治時代に急拡大した格差の問題もあったと思います。“渋沢が米を買い占めたので値段が上がった”という悪質なデマが流れたのが、明治9年(1876年)頃です。渋沢の屋敷が狙われているとの噂を聞いた千代は、下宿している書生の若者たちに「万が一、暴漢が侵入したら、お前たちはどうしますか?」と問いかけました。すると「大急ぎで警察署に駆けつけ、巡査に暴漢を捕らえてもらいます」「江戸の昔じゃあるまいし、賊とやりあって犬死になんて、文明を知らぬ時勢遅れのすること」などと彼らはノンキな回答をするばかりでした。これは実際にあったやり取りだそうです(鹿島茂『渋沢栄一 下 論語篇』文藝春秋)。

 当事者意識ゼロに見える彼らを、千代は強く戒めました。ドラマでは「今を生きる若い者が、争い事をただ高みから人ごとのように見物し、文句だけを声高に叫んで満足するような人間に育ったのだとしたら、なんと情けないことか!」という彼女のセリフが印象的でしたね。千代の気迫に、書生たちはおもわず平服していました。「(実際に)戦えと言っているわけではありません」「その勇気さえあればよいのです」などのセリフでこの場面は終わっていましたが、史実では、刀や銃ではないにせよ、木刀などが屋敷の防犯用に置かれるようになったそうです。社会不安による殺伐とした空気を、渋沢家は強く感じていたのでしょう。

 またドラマでは、養育院から帰宅した渋沢に、千代が書生たちの態度を報告しているシーンもありました。「今の政府は、貧しい者は己の努力が足りぬのだから、政府は一切関わりないと言っている。助けたい者が各々助ければよいと。しかし、貧しい者が多いのは政治のせいだ」という渋沢のセリフは、「現代の社会状況に通じるものがある」とネット上で大きな反響を呼びました。コロナ禍以降、顕著化してきた日本の貧困と社会不安の問題について、現代の政府の対応はとても十分とは言えない部分がある一方、明治期と比べると、これでもかなりマシになっているのだよ、と思えてならない筆者でした。

 当時は、明治7年(1874年)に登場した「恤救規則(じゅっきゅうきそく)」という救貧法があるだけで、孤立無援などの理由で「助けが必要」と国が認めた人にだけ、1年間の米代(時価に基づき、25キロぶんのお金)が与えられる場合もありました。困窮者から保護を申請することはできず、国が必要を(渋々)認めた場合にのみ、お金がもらえたのです。

 前回のドラマでは、渋沢が岩崎弥太郎(中村芝翫さん)から料亭に招待され、初対面するシーンもありました。「多くの民から金を集めて大きな流れを作り、得た利でまた多くの民に返し、多くを潤す。日本でもこの制度を大いに広めねば」「事業は国利民福を目指すべき」と自身の信条を披露する渋沢ですが、「欲は罪やない。欲のあるき人間が前進する」「経済には勝つもんと負けるもんがある」「才覚あるもんが強うあってこそ国利」と熱弁する岩崎に若干、押され気味ではありましたね。

 岩崎の能力主義・自己責任論的な主張はもっともなのですが、貧富の格差が大きすぎる社会は結果的に停滞しか生みませんし、社会不安が高まる可能性があります。渋沢の言葉に一理あるように筆者などは思うのですが……。

 実際、明治初期以降、東京には地方から多くの農民が流れ込み、貧しい人々が固まって住む「貧民窟(=スラム)」が急増する問題が報告されるようになりました。その周辺の治安が悪化したのですね。江戸期にもスラムは存在していましたが、庶民に移動の自由が制限されていたこともあり、明治期ほど巨大化し、問題視されることはありませんでした。

 明治期の貧民街の特徴は、便利な地域に固まっていった点にあります。明治40年代になると、都内の貧民窟の83.5%が下谷、浅草、本所、深川の4地区に集中する有様となりました。貧者は移動手段が限られているので、便利なところに固まって住む傾向があるのです。

 こうして貧民窟の発祥地になってしまったこれらの4地区は、当時の産業、商業、観光業などの中心地でもあり、そうしたエリアの治安悪化は、東京市としては頭の痛い話となりました。行政が貧困問題解消に消極的すぎたツケなのですが……。

 明治時代の日本には、岩崎弥太郎のように一気に成り上がっていく者もいれば、平岡円四郎未亡人の「やす」(木村佳乃さん)が語っていたように、明治維新によって没落した旧・武士層に加え、明治になってからの経済競争で振り落とされた層などが大量に巷にあふれてしまっていました。

 前回のドラマには、渋沢の後妻となることになる伊藤兼子も少し登場しましたが、彼女も没落した豪商の娘でした。そしてドラマを見ていて筆者が思い出したのが、現在、五千円札の“顔”になっている明治の女流作家、樋口一葉(本名・樋口なつ)が経験した没落の話です。明治期は社会保障などほぼゼロの時代だったので、稼いでいた働き手の父親や兄が早死するという“それだけ”の不幸で、一家が短期間のうちに没落してしまうようなケースもよくありました。

 樋口一葉の実家は、徳川将軍に仕える御家人、つまり直参の武士でした。しかし、一葉の両親は幕末に駆け落ち同然で村を飛び出し、江戸に出てきた元・農民です。一葉の父・樋口則義は、幕府の末端役人の下働きをするうちに顔を売り、金を蓄え、それを元手に御家人・樋口家の養子にしてもらいました。いわゆる“御家人株を買う”と呼ばれる、成り上がりのための手段です。

 こうして武士となった樋口則義ですが、あれよあれよという間に幕府が瓦解、その後は明治新政府に鞍替えして、警視局(現在の警視庁)の役人として高い給料をもらうようになります。当時の公務員は副業自由だったので、金貸しや不動産業の副業も息子の泉太朗(一葉の兄)と共に行い、荒稼ぎをしていました。

 一葉も幼少時代はお嬢様として育ったのですが、明治20年(1887年)に兄・泉太朗、その2年後には父・則義までが相次いで亡くなり、長女だった一葉は18歳の若さで樋口家の世帯主となり、急激に傾いた家運に抗いながら、母や妹たち家族を養わねばならなくなりました。樋口家がただの成金で、親戚などの支援が受けられなかったことも不幸だったと思います。

 一葉が作家を志すようになったのも、若い女性でも人気作家になることができれば、男性並み、もしくはそれ以上の給料を受け取って、一家を養うことができるから……という理由だったそうです。

 一葉は、作家業で成功を狙う道と並行し、リッチな家の正妻として嫁ぐ道も模索していたのですが、名家であればあるほど嫁いでくる女性の持参金を重視したので、貧しい樋口家の娘を迎え入れてくれるところはなかなか見つかりません。夏目漱石の兄と一葉には縁談もあったそうですが、“貧乏な樋口家にたかられそう”との理由で破談になったそうです。

 つい先日お亡くなりになった瀬戸内寂聴さんによる樋口一葉の評伝『炎凍る』(岩波書店ほか)によると、一葉にはそれなりに“賢く”動いていた形跡もあります。彼女の文学の師匠で、想い人でもあった半井桃水(なからい・とうすい)から、愛人手当とも思えるような支援金を毎月15円(当時の1円を現在の2万円として換算して30万円相当)もらっていたようです。当時の樋口家の1カ月の生活費は7円もあれば足りたのでけっこうな額ですが、半井は、夏目漱石も勤める(とはいえ、漱石は専属作家でしたが)東京朝日新聞の記者で、高給取りでしたからね。「そんなことをするなら、半井家に嫁げばよいのに」と読者は思うかもしれませんが、貧しい樋口家と豊かな半井家は釣り合いの取れない間柄だと一葉は判断したようです。

 半井桃水は寡夫(やもめ)でしたが、美しい芸者の内縁の妻がすでにいましたし、彼は一葉を“気の毒な作家志望の若者”として認識し、いわゆる“女性”としては見ていなかったところがあります。しかし、周囲で「半井先生と一葉さんの仲が怪しい」という噂が立つと、一葉は彼と絶縁宣言し、去ってしまうのでした(その後も、しばしば面会はしていたようですが……)。

 ちなみに「一葉」のペンネームは半井がつけてくれたものだそうです。達磨大師が葉っぱ(一葉)の小舟に乗って中国へと渡ったという逸話に由来した名前で、達磨大師といえば、足がないダルマさんの像のモデルでもありますから、「お足がない」→「金がない」。それって万年金欠の樋口一葉にピッタリ!という発想だったそうです。ブラックジョークが効いたペンネームですが、これを一葉は終生、大事に使いました。しかし、24歳の若さで一葉は困窮による栄養失調が原因と思われる肺病で、ひっそりと亡くなっており、「名は体を表す」とはよく言うものだと思われてなりません。余談ですが、長年、千円札の顔だった夏目漱石の本名は「金之助」で、少年時代に一度、実家の財政が低迷したものの、それ以降はかなり恵まれた暮らしを送ったことで知られていますね。

 『青天~』に一葉が出てくることはないでしょうが、明治期の日本にありがちだった、成り上がりと没落を短期間に体験した彼女の人生も、政府はもちろん、渋沢の慈善活動の網目からも漏れてしまった不幸の一例として頭の片隅に置いておくと、ドラマがより深く楽しめるかもしれません。

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  • 11/14 11:00
  • サイゾー

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