「いい夫ぶるのも、いい加減にして!」完璧な男なのに、妻がイラつく理由

「妻が輝いていることが、僕の喜びです」

令和の東京。妻に理解のある夫が増えている。

この物語の主人公・圭太もそのうちの1人。

・・・が、それは果たして、男の本心なのだろうか?

元来男は、マンスプレイニングをしがちな生き物だ。

高年収の妻を支える夫・圭太を通じて、東京に生きる『価値観アップデート男』の正体を暴いていく。

(マンスプ=マンスプレイニングとは、man+explainで上から目線で女性に説明するの意味)

◆これまでのあらすじ

大手商社を退職した藤堂圭太(34)は家事全般を担当し、自分より年収のある経営者の妻・香織(36)を支えていたが、世間知らずの女子大生・未久(21)と知り合ったことから調子が狂う。

一方の香織は、そんな圭太に落胆し「離婚」の2文字がチラついていた…。

▶前回:「稼ぐ妻は、寝室で…」円満夫婦に見えるものの、女が離婚を考える瞬間

夫のことを好き、という女が登場した


バスルームは、考えごとをするのにぴったりの場所だ。

熱いシャワーを浴びたり半身浴をしたりすると、ビジネスのアイデアが湧いてくることが多い。

けれど今夜は、いつもと事情が違う。

私は、バスタブで体育座りをしながら、仕事のことではなく、圭太と未久のことをぐるぐると考えていた。

― このまま、私たち離婚しちゃうのかな…。

数十分前、圭太の口から漏れた言葉がリフレインする。

『岡山は、未久さんを口説いたけど、彼女に「他に好きな人がいるから」ってフラれたんだって』

混乱する自分を落ち着かせたくて、脳内で人間関係を整理する。

― 圭太くんは、未久ちゃんのインターン先として岡山さんの会社を紹介した…。その岡山さんが、未久ちゃんを好きになったんだよね。

だが、圭太の発言の続きを思い出してしまい、脳内整理がストップする。

『で、未久さんの好きな人っていうのが……』

言いにくそうな圭太の表情から、私はすべてを察した。

未久が好きな相手とは?そして、いら立ちが抑えられない香織が、圭太にした衝撃の提案とは…

『で、未久さんの好きな人っていうのが、僕らしいんだ…』

めまいがした。

比喩でなく文字通りの、めまいだ。

『へー、笑っちゃうわね』

とか、そんな返事をしたと思うが、たった数分前のことなのに、もう覚えていない。

逃げるようにバスルームに駆け込み、今に至る。

圭太は、私の帰宅に合わせて、いつもお風呂を沸かしておいてくれる。だが今夜ばかりは、そんな圭太の優しさがうっとうしく感じてしまう。

― 誰にでも優しくするから、未久ちゃんにまで好かれて。しかも、わざわざ私に報告する?

バスタブもそこに張られたお湯も何も悪くないのに、いら立ちが募って栓を抜いてしまう。

少しずつ減っていくお湯が、私の圭太への愛情のように思えた。

空になったバスタブに体育座りのまま、私は考えていた。そうしていると、少しずつ自分のいら立っている理由が、はっきりと見えてきた。

私は、今、未久に対してイラついている。

未久は、私と顔見知りにもかかわらず、圭太のことを「好きだ」と公言した。それは、私に対して失礼すぎる態度だと思う。私と同じ立場になったら、未久に怒りを覚えない女は、いないだろう。

でも、未久が女であることを武器に使うのは、仕方がないとは思う。かつての私もそうだったから。どれだけ男女平等社会が叫ばれようと、女性のキャリアが、女の武器を利用したうえに成り立つこともあるのが現実だ。

だから、未久のことは大目に見るしかないのかもしれない。

ただ、圭太に対しては、そう簡単に許すことはできない。一連の彼の言動に、心底ガッカリしている自分がいる。

そもそも、未久は嘘をついている可能性が高い。

インターン先の社長に口説かれ、「他に好きな人がいる」と言うなんて、ていよく断るための方便だ。その方便に、自分の夫が使われたことは腹立たしいが、それぐらい想像がつく。

未久に恋をしている岡山が、彼女の嘘を信じるのは、まだわかる。しかし、圭太が「未久の発言が嘘である可能性」を想像できていないのは、情けなく思ってしまう。

そして、最も私をいら立たせているのは――。


一連の話を、圭太がわざわざ私に打ち明けてきたことだ。

圭太は自分の身に起きたことを、何でも報告してくる。今回のようなことでさえも。

夫婦間でなんでも共有したいという理由らしいが…。

「自分が心の奥に抱えている罪悪感を少しでも減らしたいがために、報告している」という、自分の本心に気づいていないところに腹が立つ。

「いい夫ぶるな!」と罵倒してやりたくなる。

―― トン トン トン

突然、脱衣所のドアをノックする音が聞こえてきた。

「香織、大丈夫?」

返事をしないままいると、圭太が、言葉を続けた。

「お風呂から、なかなか出てこないから心配で。気分でも悪くなった?」

「………大丈夫!もうすぐ出るところ」

今のように直接、顔を見ない状態であれば「いい夫ぶるな!」と罵倒できるかとも思ったが、声に出すことはできなかった。

自分より年収の高い妻の仕事を理解し、勤めていた会社を辞めて家事を担当する夫に対して「いい夫ぶるな!」という言葉を突き刺すのは、さすがに気が引けたのだ。

だが、同時にそんな自分にも腹が立った。

夫に家事をしてもらう妻は、夫に対して一つも文句を言ってはいけないのだろうか。

― そもそも、『夫に家事をしてもらう妻』って、何なの…?

『妻に家事をしてもらう夫』なんて言葉を使う人はいないのに。

次々と不平不満が湧いてくる。

バスルームから出て、バスローブに身を包むころには、私の中でひとつの答えが出ていた。



「圭太くんに、お願いがあるの」

消灯後、ベッドの上で私は告げる。

意を決して、香織は圭太にあることを告げる・・・

「うん、なに…?」

暗い寝室で互いに仰向けなので、圭太の表情は確認できない。だがその声が強張っているのは香織にも伝わってくる。

「未久ちゃんのことなんだけど」

「うん…」

圭太の声は、さらに強張る。

「私に任せてくれない?」

「…えっ?」

「圭太くんはOB訪問の延長で、未久ちゃんの世話をしてるんだよね?」

「世話というか…まあ、そうなんだけど…」

「私が面倒を見る」

未久と知り合った直後、彼女は香織の会社でインターンを望んだが、それを断っていた。私の会社は少数精鋭でやっているので、学生の面倒まで見ている余裕がないからだ。

だが、こうなったら方針転換するしかない。

― 圭太くんが未久ちゃんの面倒をみることで、圭太くんに失望するくらいなら、私があの子の相手をする。

「面倒を…見るって…どういう…こと…?」

恐る恐るといった口調で、圭太が尋ねてくる。

「私が未久ちゃんをフォローして、就活がうまくいくようにするから、圭太くんはもう心配いらないってこと」

だから、圭太くんはこれまでどおりの生活を続けて、と私は付け加えた。

圭太は「わかった」と答えただけで、「なぜ?」も「どうして?」も聞いてこなかった。


3日後、未久とアポを取り、仕事の視察がてら訪れた『カフェ キツネ』に彼女を呼び寄せた。

「こういう視察って、よくされているんですか?」

キラキラした目で未久が尋ねてくる。若い女にこんな目をされたら、中年男だけでなく、たとえ女性であろうとも…と思ってしまう目だ。

「うん。今度、私が店内プロデュースを担当するカフェが、アパレルブランドの併設店舗でね。参考にしようと思って」

「すごいですね!」

未久は、圭太や岡山にもしたであろう対応を、私にも取ってきた。

「ねえ、それって未久ちゃんの作戦だよね?」

「作戦?」

きょとんした顔で、未久が復唱する。

「作戦というか、未久ちゃんのキャラ作り?なんでも『すごいですね』って持ち上げて、年上の懐に入ろうとする」

未久は一瞬、真顔になった。だが、すぐに屈託のない笑みを浮かべる。

「あはっ。バレてました?」

キラキラした目は何ら変わらない。もしかすると、本当にけがれのない子なのでは、と思えてくる。

「さすが香織さんですね」

悪気はないのだろう。未久が『キャラ作り』を認めてきたので、こちらも肩の力が抜け、答え合わせをするように尋ねた。

私にインターンを断られたあと圭太を頼ったのは、圭太が『男』であり、若い女の未久にとって『攻略しやすい存在』だったから。

圭太から岡山を紹介され、岡山にも同じようなスタンスで接したこと。

すべてを未久は認めた。

― ほら、やっぱり。

正直、安堵した。同時に『キャラ作り』を指摘されて、素直に認める未久の計算高さに驚いた。

「急に香織さんから連絡が来たから、香織さんは全部気づいたから連絡してきたんだろうな、とは思っていました」

「岡山さんが夫に話して、それを夫が私に伝えることまで、想像してたの?」

「そうなればいいなって、思っていました」

未久の底知れなさを感じた。でも、いつかの私もこんな女だった。

「良かった。すべてを認めてくれて」

ここは、大人の余裕を見せておく。

「未久ちゃんが、夫のこと好きなんて言うから、岡山さんだけでなく、肝心の夫までうろたえてね。困っていたのよ」

どうして男ってこんなに頭が悪いんだろうね、と言葉を続けようとした。しかし、未久の表情がそれを拒んだ。

「あ、その件ですか…」

未久の目から、輝きが消えた。

「…どういうこと?」

思わず詰問してしまう。

「その件って、未久ちゃんが夫のことを好きって嘘をついて、岡山さんの口説きを回避した件だよね?」

「はい、でも、その件だけは…」

そこまで言うと、未久は口ごもった。

未久の表情で私はすべてを察するが、それを認めたくなかった。

「もしかして、本当に圭太くんのことが好きなの?」

焦りのあまり“夫”ではなく“圭太くん”と言ってしまった。


▶前回:「稼ぐ女は、レス傾向?」円満夫婦に見えるものの、妻が離婚を考える瞬間

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未久の答えを受けて、香織と圭太の夫婦仲が…。

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