振り回される林遣都が愛おしい…『恋する寄生虫』の“不器用で優しい”演技がイイ

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 2021年11月12日より映画『恋する寄生虫』が公開されている。本作は三秋縋による同名小説を原案とした、林遣都と小松菜奈の共演によるラブストーリー映画だ。

 その大きな特徴は「キラキラした幸せな恋愛映画」とは正反対のダウナーなトーンと、哲学的な思考を促してくれる特異な設定。そこから、ドラマ『世にも奇妙な物語』を連想する人も多いだろう。

 それ以上に、100分というタイトな上映時間でまとめたテンポの良い作劇、凝りに凝った映像演出、そしてネタバレ厳禁の「完璧なラスト」に震えるほどの感動があり、ぜひ劇場でこそ堪能してほしいと願える秀作に仕上がっていた。

 林遣都の「これまでで最大のハマり役では!?」と思うほどの役柄を筆頭に、作品の魅力を記していこう。

◆潔癖症の青年と視線恐怖症の女子高生のラブストーリー

 あらすじはこうだ。極度の潔癖症のため孤独に生きる青年・高坂(演・林遣都)は、和泉と名乗る謎の男から脅され、子どもを預かる仕事を担う。その子どもとは、視線恐怖症で不登校の女子高生・ひじり(演・小松菜奈)だった。

 露悪的な言動をするひじりと、人間そのものを遠ざけていた高坂の関係は初めこそ不協和音が生じるが、やがて2人は惹かれあっていく。

 この潔癖症の男という設定に、林遣都の存在感や佇まいがベストマッチだった。彼は汚い場所や物を嫌うだけでなく、生理的な理由で他者の介入さえも簡単には受け入れることができない。だが、「本心としては人間をそこまで嫌っているわけでもない」ように見えることも重要だ。

◆林遣都が演じてきた「不良性」を持つ役柄

 この役に林遣都が似合うのは、これまで善人とは言い難い、「不良性」を前面に押し出した役も演じてきたことも理由なのではないか。

 例えば『HiGH&LOW』シリーズではギラついた野生的なイメージを全身全霊で体現していたし、『ギャングース』(2018)では毒舌ながらもはぐれ者たちを補佐するメンター的役割を、直近では『護られなかった者たちへ』(2021)でも不遜な口ぶりでも確かな信念を持ち行動する捜査官を演じてきた。

 いずれも、第一印象こそ不良じみたやさぐれ感があり、ちょっと怖かったりもするのだが、「優しさ」がにじみ出てくるような役柄でもあった。それは、表面的には不良であっても、林遣都の特徴的な顔立ちやまなざしが、「それだけではない」複雑な内面を体現しているからだろう。

◆不良な女の子に振り回される林遣都の愛おしさ

 今回の『恋する寄生虫』で林遣都が演じるのは(違法なPCウイルスを開発してはいるが)性格としては真面目なほうであり、決して不良というわけではない。

 だが、潔癖症のために他者を寄せ付けない性質は、他者に攻撃的な態度を取る不良とはかけ離れてはない、人間関係においての「不器用さ」を持つ役としては似ていると思うのだ。

 しかも今回の役は、不器用な上に「不遜で毒舌な女子高生の面倒をみようとがんばる役柄」だ。不良も演じてきた林遣都が、今回は逆に不良な女の子に振り回されるというのも面白くて愛おしいし、その不器用さの中にやはり優しさがにじみ出てくる。

 ときには感情をストレートに表に出すのが上手いことが、林遣都という俳優の魅力なのだと再確認できたのだ。史上もっとも応援したくなり、感情移入ができる林遣都を期待しても裏切られないだろう。

◆作品の道しるべにもなった演技

 林遣都は、台本に「我に返り、除菌スプレーをまきまくる」と書かれたシーンの撮影において、監督から「人生最悪の日」であるという演出を受けたため、どうにもならない感情を爆発させるような「スプレーを投げつける」演技も付け加えたそうだ。

 柿本ケンサク監督はこのサスペンス性もあるシーンの撮影のおかげで「キャラクターのトーンが決まった」「この方向に進んでいけば間違いない」と確信したのだとか。

 林遣都は監督の意図を最大限に汲み取るだけでなく、作品の道しるべにもなるほどの演技をしたのだ。映画『恋する寄生虫』は「林遣都がいてこその作品」と言っても過言ではないだろう。

◆小松菜奈と井浦新の絶大なインパクト

 もう1人の主人公と言っていい、不遜で毒舌な女子高生を小松菜奈が演じるというのも、これ以上のないキャスティングだ。

『渇き。』(2014)や『来る』(2018)などで林遣都と同等かそれ以上に不良性のある役柄も演じてきたこともあり、今回は「目力」から攻撃的で、同時に複雑な想いを抱えていることを感じさせる。その厭世的な態度や仕草が、「放っておけない」魅力があるので、彼女を理解しようとする林遣都の役により思い入れができるし、2人が本当にお似合いのカップルに見えてくるのだ。

 さらに、その2人を引き合わせる謎の男を井浦新が演じているというのも重要だ。最近では「良き父親」を演じることも多かった井浦新だが、今回は端的に言ってめちゃくちゃ怖い! 威圧的な態度であっという間に主導権を取る様は「絶対に敵わない」印象があるし、役柄そのものが謎めいていることもあって、その表情の変化の良い意味での少なさが底知れない恐怖を呼び起こす。

 だが、彼もまた「それだけではない」内面を持つ役柄であり、そこで井浦新の演技力が最大限に活かされていた。

◆CMやミュージックビデオを手がけた監督の化学反応

 本作でメガホンを取った柿本ケンサク監督は、主にCMやミュージックビデオでキャリアを積み上げてきた映像作家だ。今回の『恋する寄生虫』の映画化のオファーについて柿本監督は「なぜ僕に?」と初めこそ疑問に思ったが、「プロデューサー陣はラブストーリーのジャンルの真逆にいる自分のような演出家を投入したら面白くなるのではないかと考えたのかもしれない」とポジティブにとらえ、「いっそのこと自分にしかできない化学反応を起こしてやろう」と監督に挑んだのだという。

 その化学反応は、本編で間違いなく起こっていた。何しろ、本作では確かにCMやミュージックビデオを思わせる「派手」とも言っていい映像演出ががたくさんある。それらは決して気をてらっただけのものではなく、例えば「手のひらで菌が広がっていく」という演出が主人公の潔癖症を視覚的に表現していたりもする。その凝った映像の数々は、それ自体がエンターテインメントとして面白いし、言葉による説明に頼らずテンポ良く心情や関係の変化を示すことに成功していた。

 また、美術や小道具にも工夫があり、例えば林遣都演じる主人公の部屋のカーテンは冒頭はブルーだったが、小松菜奈演じる女子高生が来てからはオレンジになり、キス寸前になると赤色になっているそうだ。「言われないとわからないが、自然と観ている人の心理に影響を与える」ような演出にも柿本監督はこだわっているので、ぜひ注目してみてほしい。

◆哲学的なテーマ、そして完璧なラスト

 柿本監督は原案となる小説を読み、

「描かれていることは、ありきたりなラブストーリーではなく、実は『心』と『体』は別だからこそ見えてくる人間の本質そのもの、僕にとってはすごくしっくりくるテーマだった」

「『心』はどこから来て、やがてどこへ行くんだろうと、普段から興味があり触れてみたい物語だった」

 と語っている。

 物語では、人間の主体的な感情だけではなく、とある要素のために恋に落ちているのではないか、と思わせる要素がある。その「心」とは何かと考えられる、観た後に誰かと話し合いたくなる奥深さがあるのも、本作の魅力だ。原案となる小説を合わせて読めば、数々の寄生虫にまつわるトリビアや、さらに複雑で示唆に富む哲学的な思想に触れられ、さらに楽しめるだろう。

 そして、この映画『恋する寄生虫』が真に深く心に残る理由は、あまりに美しい、完璧なラストにあるのではないか。原案となる小説とも異なりながら、物語を振り返れば「こうなる」ことが大納得できる。柿本監督の映像作家としての力も最大限に発揮された、至福の光景が目の前に広がっていたのだ。ぜひ、映画館でこそ堪能してほしい。

<文/ヒナタカ>


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