生命に直結する薬が長期の供給停止に。医薬品も“海外依存”の恐ろしさ

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’19年、世界で唯一の原材料製造を中国に握られていたある「キードラッグ」が突如供給停止となったことで、日本は大混乱に陥った。薬を巡る経済安全保障の観点から、日本の備えは万全だったのか? 気鋭のジャーナリストが医薬品業界の闇に光を当てる。

◆中国発の「セファゾリン危機」が突きつけた医薬品安全保障論

 世界の医薬品市場はこの20年で大きく急成長した。’00年に37.6兆円だった市場規模は’19年に130兆円を突破。’24年には160兆円を超える巨大市場になると予想されている。

 中国やインド、ブラジルなどの新興国で医薬品の需要が急激に高まっているのが主な要因だが、一方、日本の医薬品市場は’14年から連続して年約2兆円の貿易赤字を計上。先進国のなかで唯一、縮小の一途を辿っている。

 厚労省が’18年に作成した資料によると、ジェネリック(後発医薬品)の原材料(出発物質)は実に59.6%が外国産だ。製造地の内訳を見ると1位が中国で、これにインドと韓国が続く。

◆長期にわたり供給停止に

 だが、米中の覇権争いで台湾を巡る攻防が激しさを増すなか、原材料確保のために南シナ海や東シナ海を自由に航行できるのか?

 そんな不安が常につきまとう。実際、経済安全保障の観点からも、生命に直結するキードラッグを外国企業に依存するのはリスクがある。そのため、薬の調達先を見直すべきといった声も上がっていたが、そんなさなかに「事件」は起きるべくして起きた。中国からの輸入に頼っていた「セファゾリンナトリウム」(一般名)が、’19年3月から11月と長期にわたり供給停止となったのだ。

 セファゾリンナトリウムは、日常に存在する黄色ブドウ球菌やレンサ球菌に作用する抗菌薬で、開発されてすでに半世紀がたつが、今でも手術後の感染予防にはなくてはならない重要なキードラッグとされている。

◆中国企業独占の原材料を当局が製造停止に!

 セファゾリンナトリウムが市場から消えたそもそもの発端は’18年末に遡る。原薬を製造していたイタリアの医薬品メーカーで大量の異物が混入していることが発覚。これがサプライチェーンに最初の異変をもたらした。だが、大規模な供給停止となった最大の理由は、世界で唯一中国のメーカーだけが製造していたセファゾリンナトリウムの原材料「テトラゾール酢酸」(TAA)が、環境規制を推し進める中国当局の鶴のひと声で、突如、生産がストップしたことだ。

 中国はそれまでTAAを破格の安価で製造しており、日本だけでなく世界中がこの原材料を購入していた。そのため、中国当局の決定に伴って、一時、世界的なセファゾリンナトリウム不足に陥ったのだ。日本ではジェネリック大手の日医工(富山市)が60%の国内シェアを持っていたが、この影響を受けてほかの抗菌剤も供給不足となるなど混乱は拡大。病院によっては、やむなく手術を延期せざるを得ないケースもあった。

 厚労省はすぐに代替薬リストを作成。危機に対処しようと試みたが、代替抗菌剤も安価なジェネリックのため必要最小限の量しかつくっておらず、余剰は少ない。当然、代替薬も玉突きで供給不足に陥った。ジェネリック医薬品は突発的な需要増に即座に対応できる生産ラインが少ないという弱点も露呈した格好だ。

◆「セファゾリン危機」で明らかとなったこと

「セファゾリン危機」で明らかとなったのは、日本の「創薬力」の著しい低下だ。

 ジェネリックの主成分である「原薬」は海外依存比率が高い。’00年頃から抗生物質のペニシリンとその誘導体もほぼ100%中国が供給していた。これについては、年々増え続ける社会保障費を抑制するために、政府によって半ば強引に推し進められてきた「薬価引き下げ政策」の影響が大きいと言わざるを得ない。

 長年にわたって「薄利多売」を強いられてきた日本の製薬メーカーに、中国との価格競争に打ち勝つ体力は残っておらず、抗菌剤をつくる原材料の国内工場はすべて閉鎖。日本の製薬メーカーは、これまで培ってきたノウハウをすべてドブに捨てるような選択を迫られることになったからだ。

 セファゾリン危機当時、注射用セファゾリンナトリウム0.5gの製造コストは概算で120円。これに対して薬価は97円だった。1gの製品では、概算の製造コストが140円かかるのに対し薬価は109円。つまり、中国の原材料がいかに安かろうとも、日本の薬価では「原価割れ」だったのだ。それでも、厚生労働省は「低価格で高品質を維持しろ」という医薬品業界に対する姿整は変えない。

 日本の薬の安全基準は米国やEUなど先進国と同じ水準だ。それにもかかわらず、日本の医療用医薬品の価格が極端に低く抑えられていることで、このような異常事態を招いたことを国はどう受け止めているのだろうか。

◆医薬品の「安定供給」は続けられるのか……?

 ただ、危機をきっかけに、少しずつだが事態は動き始めている。厚労省は、重要な抗菌剤の技術や原材料の中国依存問題を受けて、重要なキードラッグとして抗菌剤10品目を選定。セファゾリンなど不採算と認められた抗菌剤の薬価の一部が値上げ、もしくは薬価切り下げの対象から外され維持されることとなった。

 抗菌原薬の国内製造に30億円をかけた医薬品安定供給支援事業も開始した。だが、国産原材料の価格は中国からの輸入の3~4倍になると推定されているため、選定薬10品目の薬価切り上げだけでは国産製造コストを吸収することはできないはずだ。

 おそらく製薬会社にとっては赤字がかさむ不採算部門となる。すでに、国内一貫製造計画は難航するという疑問の声も噴出しているが、この厳しい状況下で’19年9月、日医工は静岡工場に抗菌薬セファゾリンの安定供給体制確立のための一貫製造体制をつくるため15億円を投資すると発表。’20年2月にはMeiji Seika ファルマもペニシリンの原材料の国内生産に再参入するために技術検証を開始した。

「エッセンシャルドラッグをどう安定的に供給するのかは厚生労働省がしっかり考えないといけない問題です。それには、ロジスティックス(後方支援)の視点も重要だが、どうやれば医薬品の安定供給を続けられるのか? 業界全体を見てトータルで考える感覚が必要となってくる」

 厚労省で医系技官も務めていた久留米大学健康局長の佐藤敏信氏はそう話す。

◆問題はジェネリック以外でも

 サプライチェーンを海外に置く問題はジェネリックだけではない。新薬においても同様だ。たとえば、大鵬薬品工業の「アブラキサン」(一般名:パクリタキセル)は、切除不能なすい臓がんや乳がん、肺がん、胃がんの治療になくてはならない抗がん剤(抗悪性腫瘍剤)だが、今年8月、この薬が海外生産拠点の製造工程で不具合が発覚。

 別ルートで輸入するにも薬事手続きに時間がかかるため10月に供給が停止される見通しとなったのだ。今回は、企業努力のかいもあって12月までの供給量確保の目途が立ったが、患者のために必死の綱渡りが続いているのが実情と言えよう。

 薬の安全性を担保したまま、同時に安定供給を維持するためには、「低価格で高品質」の薬を生産しろという政府からの大号令を叫び続ければいいわけではない。

 現在の医療制度を維持するために、これ以上薬の価格破壊を続ければ、経済安全保障の観点からもそのツケは近い将来大きくはね返ってくるはずだ。

―[消えたジェネリック医薬品]―

【小笠原理恵】
おがさわら・りえ◎国防ジャーナリスト、自衛官守る会代表。著書に『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』(扶桑社新書)。『月刊Hanada』『正論』『WiLL』『夕刊フジ』等にも寄稿する。雅号・静苑。@riekabot

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  • 日刊SPA!

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この記事のみんなのコメント

1
  • 命を救う為の『医薬品』の原薬を中国に依存しているコトに驚きだわ∑(OωO;)

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