東京2020大会を経て、ロボットが私たちの未来の暮らしを変える

オリンピックやパラリンピックは国際的なスポーツの祭典であると同時に、イノベーションを生み出す機会でもある。実際、1964年の東京大会でも新幹線などの開発がその後の私たちの暮らしを豊かにしたのはよく知られている。そして今年行われた東京2020大会でも「史上最もイノベーティブで、世界にポジティブな改革をもたらす大会」をビジョンに掲げ、さまざまな取り組みが行われた。

中でも注目されたのは「ロボットプロジェクト」。最新のロボットが大会をいろいろな形でサポートするという企画だ。そこで、実際に大会にロボットを提供したトヨタ自動車とパナソニックの方々に、ロボットが東京2020大会でどのように活躍し、そしてその技術が私たちの未来の暮らしをどのように変えていくのか、詳しくお話を伺った。

コロナ禍で見えたロボットの可能性と未来

2019年3月に東京2020組織委員会より発表された「東京2020ロボットプロジェクト」。今大会で実際に使用されたロボットと、その開発によって見えてきたポジティブな改革とはなんだったのかを振り返ってみよう。

遠隔での応援を可能にしたマスコットロボット

「東京2020ロボットプロジェクト」は東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会が企画・調整し、そのシーンに合わせてトヨタ自動車とパナソニックがロボットを提供した。その中でも、ひときわ目を惹いたのがトヨタ自動車が開発した東京2020マスコットロボットの「ミライトワ」と「ソメイティ」。大会のマスコットキャラクターをロボット化したもので、体長は65センチ程度。自立歩行するのはもちろん、操作する人の体の動きに合わせ、まるで人が踊っているような精緻なダンスをすることもできる。その特徴を活かし、オリンピック開催前からNHKの番組「みんなのうた」に登場。米津玄師氏・作詞作曲の「パプリカ」の歌に合わせてFoorinのメンバーと一緒にダンスを披露し、大会の機運を高めていった。そのあまりになめらかな動きが話題となりSNS上では「本当にロボット?」という疑問の声があがったほどだった。

また、パラリンピックの前には人気のYouTuber「はねまりチャンネル」とコラボレーションして、パラスポーツの動きを取り入れたダンスを踊りパラスポーツを訴求。大会が始まると、試合を観戦にきた小学生の出迎えや見送りをしてみんなを楽しませた。

さらに、オリンピック開催中に東京2020組織委員会が企画・運用し、東京都と共催した「バリアフリーVR観戦‟未来のスターの指定席”」を実施。これは、病気や障がい、また会場までの移動に課題があり、競技会場に行って観戦することが難しい子どもたちにも、オリンピックの臨場感を味わってもらおうという試みだ。子どもたちは、試合会場に設置した「ミライトワ」と「ソメイティ」のロボットの目(カメラ)が見たシーンを、学校にいながらにして観戦。手元のタブレット画面のボタンを操作すると、試合会場にいるロボットが試合のシーンにあった動きで応援してくれるので、子どもたちは大いに喜んでくれたという。

「何らかの事情で試合会場に行けない子どもたちに、会場で観戦するのと近しい体験をして欲しいという思いから、こうした機能を開発しました」と、開発担当者のひとり森平智久さんは言う。

試合の映像をライブで見るだけなら、テレビやネットの中継を見れば済む。しかし、人に近い形のロボットが現地にいて、その目を通して観戦するということで、子どもたちは、あたかも自分がその場にいるような気持ちになれるのかもしれない。

「人に近い形をしたロボットには他にもメリットがあります。たとえば自動車の運転は習わないとできませんが、自分が動くと同じ動きをするロボットの操縦であれば、特別な訓練をしなくても誰でも簡単に操作することができます」(森平氏)

こうしたヒューマノイド系のロボットの特徴はコロナ禍において広まったテレワークにもメリットがあるとのこと。

「映像や音声を使って自宅にいながら会議をすることは可能になりました。しかし体を動かさないといけない仕事や、現地にいかないとできないことなどが、将来的に必要性に応じてロボットを使ってできるようになったらいいなと思うんです。その際に、今回のミライトワやソメイティの技術が役立てられたらと思います」(森平氏)

この技術が進むことによって、いずれ自分のかわりにロボットが職場に出社するような時代がやってくるかもしれない。

200キロ離れた場所から人々をサポートしたトヨタ自動車のHSR

次に紹介するのもトヨタ自動車が開発した「HSR(Human Support Robot)」。このロボットは車いす生活をしている人の、家の中での暮らしをサポートするために以前から開発が進められていた。たとえば寝室にいながらキッチンの冷蔵庫にある飲み物を取ってきたり、高い場所にあるものを取ったり、床に落としてしまったものを拾ったりしてくれる。このロボットを開発するにあたり、根底にあったのは「人の役に立つものを作りたいという気持ちだった」と語ってくれたのは開発に携わった戸田隆宏さん。

「車いすの方たちがどんなことで困っているのかを知るために、介助犬の働きも参考にしました。介助犬団体の方に話を伺いに行き、その結果も反映したんです。さらに開発にはトヨタ自動車の子会社で、障がいのある方たちが働いているトヨタループス株式会社のスタッフの方々に協力いただきました」(戸田氏)

こうした経緯を経て、家の中のサポートだけではなく、競技会場などでも活躍できるよう改良されたHSRは、東京2020大会で試合を観戦する車いすの人を席まで先導したり、飲み物を席まで届けたりと細かいサポートする予定だった。しかし残念ながらコロナ禍によってほとんどの試合が無観客となってしまったため、実際には大会で活動しているボランティアの人たちや、大会関係者にサービスをすることになった。

たとえば、競技会場で選手を見送ったり、選手の写真を撮影して搭載しているプリンタでプリントしてその場で渡したりした。大会中、HSRを遠隔操作していたのは、トヨタループスのスタッフを含むメンバー。東京から200キロ以上も離れた愛知県から、ロボットを操縦し、搭載されたカメラ越しに選手やボランティアの人たちに話しかけた。まさにソーシャルディスタンスのおもてなしだ。閉会式では順番待ちをする各国の旗手の人たちが退屈をしないように、声をかけたり写真を撮影したりと裏方で大活躍。海外の選手たちが、その光景をSNSにアップして話題を呼んだ。

「遠隔操作では予期せぬタイムラグや操縦ミスなどによって、ロボットが人にぶつかったりする可能性もあります。そういうこと回避するためにトヨタ自動車が持っているあらゆる技術を導入して無事にやりきることができました」(戸田氏)

現在、HSRは世界14カ国にある大学や研究所など46の施設に置かれ、たくさんのフィードバックを反映することで開発のスピードをあげるという試みがされている。HSRのようなロボットが街中で当たり前に活躍する日はそう遠くないかもしれない。

AI搭載により障害物を認識し、広い空間をきれいにする掃除ロボット

東京2020大会のメインプレスセンターで床の掃除を担当したのは、パナソニックが提供した「ロボット掃除機 開発モデル」だ。もともとビルの共用部などの夜間清掃用に開発されていたが、東京2020大会のためにAIを搭載した開発モデルが作られた。

これまで難しいとされていた広い場所での位置把握を可能にし、1時間で200平米の広さの床を自動で掃除することができるという。カメラやAIを搭載したことで、人や物などの障害物があっても自動で避けて安全に掃除をすることができるのも特徴だ。これによって掃除をする人たちの仕事を軽減したのはもちろんだが、搭載した「ナノイーX」で集塵BOXを除菌するため、コロナ禍でも溜まったゴミや埃を安全に処理することができたそうだ。

「提供したロボットは『開発モデル』ではありましたが、東京2020大会での成功をもとに、今後は大きなイベント会場や駅、空港などの広い場所で掃除をする方の負担を軽減するロボットを開発していきたいですね」と開発に携わった本田廉治さんは、今後の展望を語ってくれた。

コロナ禍で世界中の衛生意識が一層高まる中、日本のテクノロジーが役立つ日が来るかもしれない。

パラ・パワーリフティング会場で大活躍したロボットが高齢者社会の救世主に?

最後に紹介するのは、パナソニックの社内ベンチャー制度で創業した「株式会社ATOUN(あとうん)」が開発した、パワーアシストスーツ「ATOUN MODEL Y」だ。ATOUNは創業から一貫して作業支援や運動支援に関する“着るロボット”の開発をしてきた。日常的に重たいものを持ち運びする物流企業や建設現場などさまざまな場所でヒアリングを実施。あらゆる現場で聞かれた腰や腕への負担を軽減できるパワーアシストスーツを開発している。東京2020大会に提供されたモデルはその最新版だ。

開発当初の第1号のモデルは、現場から「重くて暑い」という声があがった。そこでヒアリングや開発を重ね、小型軽量化に成功。最新版の「ATOUN MODEL Y」は40%の軽量化に成功した上、身につけるだけで腰への負担を10キロも軽減できるというから驚きだ。このモデルは、パラリンピックのパワーリフティング競技の全階級で使用された。パワーリフティングは、階級に合わせてベンチプレートを交換したり追加したりする必要がある。プレートは1つで10~50キロもの重さがあり、補助員たちがその度に作業をしなければならない。パラリンピックのパワーリフティングだけでも参加した選手の数は200人近くにのぼる。その選手たちの試合ごとにプレートを交換するのだから、負担は並大抵ではない。しかし今回「ATOUN MODEL Y」を導入したことで、補助員たちの体への負担は大きく軽減されたそうだ。その他、空港での選手の荷物の積み下ろしなどにも活用された。

「ATOUN MODEL Y」は開発したATOUNがある奈良にちなんで、金剛力士像をモチーフにしてスタイリッシュにデザインされているのだそうだ。高齢化が急速に進む中、将来的には足腰が弱くなった高齢者用の歩行支援タイプ「HIMICO」も開発されており、身につけて町を歩く姿が想定される。つけたいと思ってもらうことが大事だからと、同社の社長、藤本弘道氏はデザインへのこだわりの理由を語る。

「コロナ禍で外出自粛が続いた影響で、高齢者のフレイル(加齢により心身が老い衰えた状態)が心配されています。『HIMICO』はフレイルや、その前の段階のプレフレイルの人がつけて歩くきっかけとなることで、健康寿命の延伸に寄与できるものと思っています。パワーアシストスーツは単なる補助器具ではなく、人の持つ能力の拡張を支援するツールなんです」(藤本氏)

東京2020大会で活用された技術は、将来的に超高齢社会となった日本を救う救世主となるかもしれない。

東京2020大会に提供されたロボットは、コロナ禍の影響で当初予定していたような場面で活用することができなかったものも少なくない。しかしその一方で、コロナ禍という制限された状況だからこそ、ロボットだからできること、ロボットならではの特徴をいかした活用方法を見いだす結果にもなった。「ミライトワ」と「ソメイティ」のロボット開発に関わった森平氏は大会の1年延期が決まったとき、「ただ手をこまねいているのではなく、コロナ禍で苦しんでいる子どもたちに、将来的な夢を与えたいとバージョンアップに取り組みました」と熱い思いを語ってくれた。東京2020大会でのロボットの活躍は、どんな困難な状況でこのような熱い思いを持った技術者がいる限り、私たちの未来は明るいということを教えてくれていた。

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)

2021/11/12 17:00

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