「自分を偽るのは、もうやめた」ズボラな29歳女が素をさらけ出すと、彼の態度が急変し…

「相手にとって完璧な人」でありたい—。

恋をすると、本当の姿をつい隠してしまうことはありませんか。

もっと好かれようとして、自分のスペックを盛ったことはありませんか。

これは、恋するあまり理想の恋人を演じてしまう“背伸び恋愛”の物語。

◆これまでのあらすじ

ズボラ女子・芹奈と、自信のない男・瑛太。少しでも良く思われたい一心で互いに無理をしながら同棲をしていたが、芹奈が「疲れた」と告白したことをきっかけに、2人はもう一度最初から関係を始めることにした。

▶前回:「君とのデートが、つらいんだ」彼氏に言われた衝撃の一言。女が驚愕したその理由とは


互いに素の自分をさらけだしてから、半年後――。

今日は、芹奈と瑛太が付き合って1年の記念日。

芹奈は、どの服を着ていったらいいものか選びかねていた。

「とびっきりのオシャレをしてね」

瑛太からは、そう言われていた。行き先は教えてくれないが、どこかで盛大に祝ってくれるのだろう。そう思うと、芹奈は気持ちが華やぐ。

― このワンピースかなあ。

家を出る予定時刻は、17時。今はもう16時50分なのに、芹奈はまだ着ていく服が決まっていない。

全身鏡の前で、これでもない、あれでもない、と頭を悩ませていると、瑛太の足音が近づいてきた。

「芹奈ー?間に合いそう?」

ガチャリとドアノブが回り、開いたドアのすきまから瑛太が顔を出す。そして、鞄や服が散乱している芹奈の部屋を見て、苦笑いした。

「…また随分、賑やかだね」

泥棒が入った直後かのように散らかった部屋。

外出の前、芹奈の部屋はいつもこうなるのだ。予定の時刻ギリギリまで準備を始めないので、結局ドタバタと焦り、あちこちに物が散乱する。

「ごめんごめん、あと3分!」

こんなふうにだらしない姿を瑛太に見られても、芹奈はもう、昔のように恥ずかしいとは思わなくなった。同棲を始めて半年が過ぎた頃にはもう、瑛太にズボラな本性が丸々知られてしまっていた。

ギリギリで支度を整え、瑛太に謝りながら、てんやわんやで靴を履いて玄関ドアを開ける。

「ねえ瑛太。今日はどこに行くの…?」

ワインレッドのコートを着た芹奈の声が、マンションの廊下に響く。

「内緒だよ。ついてきて」

― 瑛太がエスコートしてくれるなんて、初めてのデートのときみたい!

芹奈は嬉しくて、つい口元が緩んでしまった。

芹奈の支度中に、瑛太が考えていたこととは?

― あの頃の瑛太って、こんなふうにいつも私の手を引っ張ってたよなあ。

芹奈は、大人っぽくリードしてくれる瑛太の後ろ姿に、付き合い始めた頃を思い出す。

― デートプランも毎回すごくて。…全部外注してたなんて、夢にも思わなかったけど。

付き合い始めた頃は、常にエスコートしてくれた瑛太。しかし、デートプランを外部サービスで買っていたと打ち明けてからの彼は、デートプランをほとんど立てなくなった。

どこかに行く計画を立てるときは、いつもこう言うのだ。

「芹奈の好きにしたらいいよ」

そのため、いつも行く場所やレストランは芹奈が全部決める。瑛太は予約の電話をかけるだけだ。

知り合った頃の瑛太は『理想の王子様』だと思っていたが、それはどこかへ消えてしまった。

― ちょっと不満。でも“素顔に戻った”のはお互いさま、か。

芹奈だって以前は、毎朝早起きして頑張って朝食を作っていたし、休みの日も化粧をバッチリ施し、1ミリの隙も見せないように常に気を張っていた。

でも、今は。

料理もほとんどしないし、ハウスキーパーが週に3回来てくれるので家事も楽だ。多分今の自分は、瑛太の理想の彼女像とはかなりズレているのではないかと芹奈は思う。

「ねえ、瑛太」

「ん?」

エレベーターが37階に着くのを待ちながら呼びかけると、彼が振り返る。

芹奈は今、1年前とは比べものにならないくらい瑛太のことが好きだ。…理想の男性像とは違っているにもかかわらず、そう思う理由は自分でも説明できない。

「私、瑛太に出会えてよかった。ほんとに」

突然の言葉に驚いた表情をする瑛太は、返事の代わりに芹奈の手を握る。

そして、到着したエレベーターに乗り込んだ。

瑛太「理想とはちょっと違う。でも彼女が好き」


30分前。瑛太はジャケットを羽織った状態でソファに座り、芹奈を待っていた。

彼女は、ようやく出かける支度を始めた様子である。出かける前のバタバタは、もう恒例だ。

― あっという間の1年だったな。

芹奈との日々を、ぼんやり思い返す。

Instagramで最初に芹奈からメッセージを受け取ったとき、瑛太は「なんでこんなに綺麗な子が自分なんかに好意的なメッセージをくれるのだろう」と思った。

リモートで始めた恋愛。いざ会ってみると彼女は、瑛太が想像していた以上に素敵な女性だった。

いつでも明るく、気遣いもできる、まさに理想の彼女だ。同棲してからも、料理上手で洗濯や掃除を難なくこなす彼女との時間は、とても居心地が良かった。

「芹奈は運命の人なのかもしれない」

同棲してすぐに、そう思ったほどだった。

― 懐かしいなあ。付き合い始めた頃の僕らは、今とは全然違うな。

交際1年記念日。瑛太の計画は…?

付き合いたての数ヶ月は、自分の理想がそのまま現実になっているような、出来すぎた日々だった。

だが思い返せば、今の2人とのあまりの違いに笑えてくるくらいだ。

この半年で、芹奈は随分と変わったし、自分もかなり変わったと瑛太は思う。

半年前に描いていた理想とはだいぶ違う現実が、目の前にはある。

芹奈は基本だらしなく、脱いだ服をリビングに放ってしまうし、飲んで帰ってくるとお風呂に入らない。

― でも、お互いさま。

自分も彼女に、頼りなく甘ったれた性格をたくさん見せてしまっている。

自分たちは、理想の相手同士ではない――瑛太はたまに、そう考える。

しかし、それはネガティブな考えではない。「理想ではないのにこんなに好きだなんて、面白いな」と思うのだ。

「16時50分。そろそろだな」

テレビで流れているニュースの内容は、まったく頭に入ってこなかった。緊張が、喉元までせりあがってくる。

瑛太はテレビを消してソファから腰を上げ、自分の部屋に行った。

そして、ウォークインクローゼットの一番奥に置いてある、ハリー・ウィンストンの紙袋を手にとり、そっとカバンに滑り込ませた。

「芹奈ー?間に合いそう?」

彼女の部屋に向かって呼びかける。

今から向かう先は、日本橋にあるマンダリン オリエンタル。

『シグネチャー』で食事を楽しんだあと、スイートルームに連れて行く予定だ。

部屋にはプロポーズの準備が、完璧に整えてある。

芹奈「いつもより緊張した様子の瑛太に、心が躍る」


エレベーターが37階から1階に下っていく間、芹奈は瑛太に質問攻めをしていた。

「ねえ、どこ連れてってくれるの?ヒントは?」

そわそわする気持ちが抑えられないのだ。

「着いてからのお楽しみだよ」

「えー?」

エレベーターの扉が開き、瑛太に手を引かれながらマンションのエントランスホールを歩く。

自動ドアから外に出ると、そこには黒の艶やかな車が一台停まっていた。

制帽をかぶった運転手が、2人を見て一礼し、ドアを開ける。

「え…?」

「芹奈、乗って」

後部座席に座ると、運転手は恭しくドアを閉めた。

車は緩やかに動き出す。笑みを浮かべた瑛太の向こうの車窓に、品川の高層ビル群が流れていく。

一生忘れられない夜が、始まろうとしていた。

Fin.


▶前回:「君とのデートが、つらいんだ」彼氏に言われた衝撃の一言。女が驚愕したその理由とは

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