<前編>23歳で他界した京大院生が明かした「最初に死にたいと思ったときのこと」|山口雄也×yuzuka

 大学1年生でがんが発覚して以来、ブログやSNS、テレビ番組などで闘病の様子を発信し続けてきた山口雄也さんが、2021年6月6日に亡くなった。京都大学大学院に在学中の23歳だった。『「がんになって良かった」と言いたい』の著者としても知られている。

 本記事では、エッセイストで精神科の元看護師でもあるyuzukaさんが2021年春ごろ、生前の山口さんにインタビューした内容を前後編にわたって綴る。なお、記事の内容については山口さんのご家族にご確認いただき、掲載の許諾をいただいている(以下、yuzukaさんの寄稿)。

◆「死にそうなときだけ、人が寄ってくる」

「死にそうなときだけ、人が寄ってくる。その事実が、僕をたまらなく死にたくさせました」

 画面の中の山口さんはそう言って、静かにうつむく。いつも前向きで、強気にすら見える彼からは想像できなかったその言葉に、そのときの私は、何も言えなくなった。

 2021年4月9日。深夜の3時過ぎ。Zoomを繋げた画面の向こう側にいる山口さんは、私をじっと見つめていた。画面の中に、点滴を変えるための看護師さんが、入れ替わり立ち替わりやってくる。

「もう寝ましょう。こんなに夜中まで起きていたら、体を壊しますよ」

 そうやって言い続ける私に、彼は真顔で答える。

「慣れてますから。それに今話さなかったら、次に話すまでに死ぬかもしれないし」

 冗談なのか本気なのか分からないトーンで、私はまた面食らった。彼が咳き込むたび、うつむくたび、私はインタビューを打ち切ろうと提案する。

 そういう提案にはどうしても首を縦にふらない彼に「どうしても伝えたいんですね、山口さんは」と、私の口からは思わず本音がこぼれて、そして彼はようやく、頷いた。

 その言葉は、私が彼を知るきっかけとなった「グッドバイ」というタイトルをつけられた文章を読んだときにも同じようにこぼれたものだった。

◆「自殺」をテーマに、彼と話がしたかった

「自殺」というテーマで彼と話がしたいと思ったのは、そのブログを読んですぐあとのことだった。彼の過去に書いた文章を読み漁れば漁るほど、彼の「生」や「死」への向き合い方に感銘を受ける自分がいた。

 話がしたい、と思った。彼にとってそのテーマは、もしかすると嫌悪感を抱くものかもしれないという自覚はあった。だけど声をかけた私に彼は、「話したいです。僕も死にたいと思ったことがあるから」と、電話越しに悲しく笑った。

 だけど、実はこのインタビュー、完成しなかった。合計5時間に渡っていろんなことを話しても、インタビューのテーマの結論には至らなかったからだ。

 どの言葉もキラキラとした宝の結晶で、何一つ溢れ落としたくないと思いながら、彼から溢れて来る言葉すべてに目を通していたからかもしれない。

 私は、インタビューの本質よりも、彼の内面についての話をした。もっと話を聞こう、もっと心の内側まで見つめなければ、と、強い衝動にかられながら。

 話しても話しても、その欲は尽きない。

◆山口さんとの最後の会話

 だけどその日、山口さんの体調が良くないというツイートを見ていた私は、時計の針が進むたびに強い罪悪感を覚えていた。このまま話し続けて、彼の体調が本格的に崩れてしまうことを考えると、気が気ではない。

 だから朝の4時、まだ話そうと言葉を続ける山口さんに、私が無理やり提案したのだ。

「やっぱり、もう少し体調が落ち着いてからにしましょう。寝ていただかないと、私が心配です」

 強く言う私に観念したように、山口さんはやっと同意して、そしてはっとした顔をしてから、「それなら、僕の本を送ります。次に話すときまでに、読んでください」と言って笑った。

「宿題ですね」と笑う私に、微笑みかえす山口さん。なんだか安心した。また話せるのだ、次回は何を話そう。次はもっと、早い時間から話そう。そんなことを考えながら、Zoomの全員退室ボタンを押す。

 それが、私と彼の最後の会話だった。

◆最期まで文章を発信し続けた山口さん

 山口雄也さん。彼は23歳で、旅行が好き。阪神タイガースの大ファンだった。応援するときはついつい口が悪くなるけれど、実際の彼は自転車で万引き犯を捕まえるような勇敢な人だ。

 何よりも、文章を書く能力に長けていた。嫉妬したくなるほど、彼の書く言葉は美しかった。

 私が彼を語るとき、まず最初に伝えたいのはその部分だ。彼はとても繊細な、だけど優しくて正義感の強い、才能に溢れた大学生だった。

 山口さんが亡くなったのは、約5か月前の6月6日。23歳だった。最終的に彼の死因になったのは、急性骨髄性白血病だ。19歳、大学1年生の頃、縦隔原発胚細胞腫瘍という希少がんが見つかった。医師からは、「5年生存率40~50%」だと伝えられたという。

「自分の人生の延長線上に『死』が存在するということを強く認識して、単純に怯えました」

 画面越しにそう言う彼は、落ち着いた雰囲気で微笑んでいる。

「昔は漠然と、70か80までは生きるかなって思ってたんです。それが突然、30まで生きられないかもしれない、と言われた。悲しいとか以前に、自分がどう感じているのかもよく分からなくなった覚えがあります」

 そのとき初めてがんと宣告を受けてから、彼は闘病の様子をブログやSNSで発信し続け、その投稿は、彼が亡くなる6日前まで続いた。

◆インタビューから数週間後…

 入院、治療、退院、再発、入院、治療、退院、再発……。果てしない希望と絶望が、まるで波のように引いては押し寄せる。彼はそのたび、溢れる感情をできるだけ丁寧に言葉にして、インターネット上に残し続けた。

 抗がん剤治療が始まり髪の毛が抜け落ちても、精神的に不安定になっても、伝えることをやめなかった。彼のひたむきな姿に、元気付けられる人は多かったはずだ。

 彼がツイートを投稿するたびについた何百件という応援の言葉や、アプリがフリーズしてしまうほどに届いていたDMが、その影響力の強さを物語っている。誰もが彼を見守り、当たり前のように、彼に奇跡が起こると信じていたし、もちろん私もその1人だった。

 だけどインタビューが終わって数週間、しばらく更新がなくて心配していたツイッターに投稿されたのは、彼のお父様からの言葉だった。

=====

【ご報告】

雄也の父です。皆様に大切なご報告があります。去る6月6日の朝、雄也は父と母に看取られて天国へ旅立ちました。生前は沢山の応援を頂きありがとうございました。この場をお借りして御礼申し上げます。

=====

 そのツイートを目にした私は、頭をがつんと殴られたような感覚に陥り、しばらく固まった。彼とのLINEを読み返す。数日前から既読がついていないことに気づく。駆けつけることもできない自分に無念さが募って、ただただ、スマホの前でぼんやりと座り込んでいた。

 数日前、「体調がましになってきたので、もう少しでまたお話ができそうです」と、連絡をくれたところだったじゃない。私も貴方との宿題を終わらせるために、本を読み終えたところだった。聞きたいことをたくさん用意して、いつでも予定が開けられるように待っていたんだよ。

 どんな言葉も、もう届かない。その終わりがあまりにもあっけなく感じて、余計に苦しさが押し寄せてくる。彼の「今話さなかったら、次に話すまでに死ぬかもしれないし」という言葉が頭の中によみがえり、何度も何度も、こだましていた。

◆最初に「死にたい」と思ったときのこと

「もう二度と、帰っては来られない。

 生まれてこの方23年、ずっと暮らしてきた自宅。どんなに辛い日も、家に帰れば必ず暖かい布団が僕を待っていた。苦楽を共にした勉強机と積まれた文庫本、小学校の入学祝いに買ってもらったRoland製の電子ピアノ、卒アルや旅先のパンフレットが並ぶ思い出を無造作に詰めこんだ白い棚、その上に置かれたコレクションケースに入ったミニカーの数々。この世で一番好きな空間だった。

 そんな大好きな大好きな空間で、最後の最後に記憶の欠片を並べて整頓する時間さえも、僕には与えられていなかった。まもなく遺品となるであろう宝物の数々が余す所なく散りばめられた自室の部屋の電気を消し、扉を閉める瞬間が、いちばん辛かった。

 きっともう、ここには戻って来られない。」

(山口雄也さんのブログ「ヨシナシゴトの捌け口」より、「グッドバイ」から引用)

「僕が最初に死にたいと思ったのは、19歳に発覚した最初のがんの抗がん剤治療と摘出手術が無事に終わり、退院した後のことでした」

 思わず「退院したあとに?」と聞き返す私に、山口さんは頷いた。

「最初のがんが発覚したときの入院先は、僕の通っていた京大付属の大学病院だったんです。それがとてもありがたかった。友人がたくさん来てくれて、ノートに言葉を残してくれるんです。3か月で総勢60人以上がお見舞いにきてくれました。それに、入院中は勉強と抗がん剤治療の両立に明け暮れ、毎日死に物狂いで生きていました。

 それが、退院して普通の生活に戻った途端、どうせ再発するのになんで生きているんだろう。みたいな、無気力な感覚に陥ったんです。当時は生き延びたことが、あんなに嬉しかったのに」

◆「急に頑張れなくなった」すがる思いで精神科を訪れた日

 山口さんはこの頃、大学の単位を大量に落としている。

「退院したら、急に頑張れなくなったんです」

 そして2018年の夏のある日、大学の講義中に、突然体が動かなくなるような脱力感に襲われた。

「これはもうだめだ、と思いました。その日は雨が降っていたんですけど、荷物を全部ほっぽり出して外に出ました。スマホで検索して、地元で有名な精神科に泣きながら電話をかけたんです」

 連絡をした精神科のスタッフは山口さんの話を親身に聞き、状況を深刻に受け止めたのか「今日か明日には受診してください」と声をかけたそうだ。

 山口さんは雨の中その足で、藁にもすがる思いで病院に出向いた。しかし、そこで受けた対応は、山口さんをさらに孤独に追い込むものだった。

「病院に到着して、長々と問診を受けました。そのとき、渡された用紙の既往歴の欄に『がん』と書いたんです。そのあとちょっと空気が変わった感じがして……。全然人もいないのに1時間以上待たされました。ようやく名前を呼ばれて診察室に入った後、しばらくカウンセリングのようなことをされたのですが、最終的に『間違いなく精神疾患を患っている状態だけど、薬は出せない』と伝えられたんです」

◆定期検診で発覚した白血病

 他院で悪性腫瘍の治療を受けている山口さんに対して、 「禁忌の薬もあるし、ここでは対応ができない。相手は大学病院だし、勝手に処方すると問題になる」と、医師は言った。

「今考えれば普通の判断なんですけど、勇気を出していったのに裏切られた、最後の頼みでいったのに、診察代だけ取られた、みたいな絶望感に陥って……。

 一応、微量の睡眠薬は処方されましたが、飲まずにゴミ箱に捨てました。そこから1か月くらいかけて体がさらに動かなくなって行き、自分は間違いなくうつ病だと思っていました。

 だけど、京大の定期検診に行ったとき、そこで『白血病だ』と診断されたんです。驚きました。『だから体がだるかったのか』と思うと同時に、多分あの大きなストレスが白血病を引き起こしたんだと感じたことも覚えています。今となってはあのとき、僕の体に何が起こっていたかなんてわからないですけどね」

 2018年6月、悪性腫瘍の治療がようやく終わったと思ったタイミングで発覚した、白血病。息を飲み、答える言葉を選ぼうとする私に、山口さんは続けた。

「でも多分、あのとき白血病になっていなかったら、僕はもう死んでいたんです」

◆「みんな、死ぬときだけ寄ってくるんやな」

「死にそうなときだけ、人が寄ってくる。その事実が、僕をたまらなく死にたくさせました」

 冒頭の言葉は、ここで出たものだ。白血病と診断された山口さんのもとには、また多くの人からの応援メッセージが届くようになった。

「振り返ってみると、最初にがんが発覚したときはもちろんコロナとかもなくて、たくさんの人がお見舞いに来てくれたんです。SNSでもたくさんメッセージが届きました。お見舞いの品が届くこともあった。自分ってひとりじゃないんだな、必要とされているんだなって思えた。だけど、退院したらサーっと人が引いていって、ひとりになった感覚がありました」

 卑屈なのはわかっているけど、と山口さんは力なく笑う。

「みんな、死ぬときにだけ寄ってくるんやなって思うと、虚しくて」

 退院後、勉強に身が入らなくなったのも、孤独感から来ていたのかもしれない。

「闘病生活をしているときは、生きたい!と思わせる刺激があったのに、それがなくなった気がして」

 そんな心境の真っ只中に受けた「白血病」の診断。再び幕を開ける入院生活を前にして、彼は絶望を感じるどころか、歪んだ希望を感じたのだという。

「ずっとずっと死にたいと思っていたのに、病気になって応援されたら、また生きたくなった」

 その言葉を絞り出した山口さんの声は、震えていた。

<取材・文/yuzuka>

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【yuzuka】

エッセイスト。精神科・美容外科の元看護師でもある。著書に『君なら、越えられる。涙が止まらない、こんなどうしようもない夜も』『大丈夫、君は可愛いから。君は絶対、幸せになれるから』など。動画チャンネル「恋ドク」のプロデュース&脚本を手がけた。Twitter:@yuzuka_tecpizza

2021/11/11 8:47

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