食事会の初対面でにらんできた銀髪の年下男。彼が必死になって女に要求した“お願い”とは?
女にとって、経験豊富な年上男性は魅力的に映る。
だが、その魅力ゆえこだわりの強いタイプが多く、女は年を重ねていくうちに気づくのだ。
― 頑張って彼に合わせるの、もうしんどい…。
年上ばかり選んできた女が、自然体でいられる相手は一体どんなタイプの男なのだろうか?
これは、アラサー独身女がこれまでの恋愛観をアップデートする物語。
◆これまでのあらすじ
会社経営者の年上の彼氏に、振られてしまった多佳子。さらに、職場のテレビ局の報道部では、突然の異動で縁のなかったスポーツ部に配属されてしまう。
散々な状況で同期に誘われた食事会に参加すると、ある男性から鋭くにらまれてしまい…。
▶前回:年上との恋愛に疲れた33歳独身女。食事会で出会った男に意外な対応をされてしまい…
「お久しぶりです、美智子さん」
そう言って、礼儀正しく立ち上がったのは、ネイビーのスーツにブルーのネクタイがよく似合う好青年風の男性。彼が美智子の知り合いのようだ。
「宇佐美さんですよね?初めまして、黒木和馬です」
「あ、はい!宇佐美多佳子です。初めまして」
年下と聞いてはいたが、しっかりとした挨拶にホッと一息つく。
一方で私が個室に入ったとき、にらんできたもう1人の男性は、席に座ったまま黙り込んでいた。
ただ、黙っていてもキラキラと光る銀髪が目立つ。加えて、気の強さが前面に出た生意気そうな顔を見て、私は気がついた。
― 彼って、この間取材で見に行ったサッカーの試合に出てたよね?
けれど、名前が思い浮かばない。
自己紹介を拒むかのように沈黙する彼に困惑していると、黒木さんが代わりにこう言うのだった。
見覚えのある彼は、もしかして有名人?
「彼は、守谷颯です」
颯は、渋々といった感じで目線を落としてボソッとつぶやく。
「…颯です。よろしくお願いします」
「こいつ、普段はもっと愛想いいんですよ。こういう食事会に来ることがあまりなくて、緊張しているんだと思います」
― 守谷颯…。うん、確かそんな名前だった!やっぱりそうだ。
確かめるようにまじまじと颯の顔を見ると、彼に視線をパッとそらされた。
◆
私は先週、スポーツ部の先輩記者が担当する取材に同行していた。
その取材とは関東近郊にある、年間順位1位の常連で有名なクラブチームの試合だ。サッカースタジアムに足を運ぶのは初めての経験で、テレビでもサッカーの試合中継を見たことがない。
「スポーツは、実際に見ることが一番の勉強になるんだよ」と、先輩に半ば強引に連れて来られた。もちろん、ルールはさっぱりわからなかった。
それでも、選手から発せられる熱や、サポーターの地響きのような声援には鳥肌が立ち感動したのだ。
“守谷颯”は確か、後半15分に選手交代をして、ピッチに一礼をしてから勢いよく飛び込んできた選手だ。派手な見た目に反して、敬意を払いながら試合に臨む姿は好印象だったのでよく覚えている。
その彼が、今、私の目の前に座っている。
「こいつ、こう見えてまだ21なんですよ!」
「えーっ!?でも、21歳にしては落ち着いて見える…ね?多佳子?」
黒木さんと美智子は、颯の年齢の話で盛り上がっている。
「う、うん。でもあれだね、肌とかツヤツヤしてて…いいなあ」
まだ少年と青年の間といった印象の颯は、21歳。ということは、私よりひと回りも年下だ。そんな年齢の男性とは、仕事以外で関わったことがない。
気の利いた返しをできずにいると、見かねた黒木さんが話題を振ってくれた。
「お2人は、テレビ局勤務で同期なんですよね?」
「うん。でも、多佳子はこの間、スポーツ部に異動してきたばかりなの」
「そっか。それなら今後、僕たちともいろいろと接点があるかもしれないですね」
黒木さんは、大人な態度で会話を続ける。
「そうそう、多佳子。黒木さんはスポーツブランドの会社でPRを担当してるから、仕事で一緒になることがあると思うよ」
2人は仕事で何度か顔を合わせたことがあるらしい。会話も弾んでいる。
だが次の瞬間、美智子が口にした質問に空気がピリリとした。
「あ、そういえば颯くんも黒木さんと同じ会社で働いてるの?」
颯のことを知らない美智子に悪気はない。それをわかって、黒木さんがゆっくりと答えた。
「いや、颯はプロサッカー選手なんですよ」
ひと回り年下のサッカー選手は、アラサー女子の恋愛対象になるのか…?
「颯は最近、試合に出ることも増えてきて、なかなかやるんですよ!うちのブランドのアンバサダーも、してもらっているんです」
「やめてくださいよ」と黒木さんの言葉を遮りながらも、まんざらでもなさそうな颯。
「ごめん、颯くん。私、失礼なこと聞いちゃったね」
「いえ、大丈夫です。じゃあ、多佳子さんも俺のこと知らないですよね?」
「あ、いや、うん…。ごめん、知らなかったです」
颯は、美智子に大丈夫と言いながらも、わかりやすく不機嫌な顔になる。
つい私は、話の流れで知らないふりをしてしまった。初対面でにらみつけてくるような強気な年下男に「知ってます」と答えて、ミーハーな女だと思われたくなかったのかもしれない。
もし「試合を見に行きました」と言ったところで、サッカーは11人制のスポーツだと知ったばかりの私と、プロサッカー選手だ。共通の話題がまったく思い浮かばない。
飲んで食べて、この場をやり過ごそう。そう心に決めると、美智子から「黒木くんは私たちの年齢知ってるから、颯くんも聞いてると思うよ」と耳打ちされた。
黒木さんは、7歳年下。察しがよくて気が利くし、店選びのセンスもいい。恋愛対象になると思う。でも、黒木さんは明らかに美智子狙いだと、視線や体の向きでわかる。
2人が会話に熱中しはじめると、私は何となく手持ち無沙汰になってしまった。
目の前の颯はそんなことはお構いなしに、ディナーコースのメインである牡丹肉を黙々と食べている。
― ていうか、私つまらないんだけど。年上の男性との食事だったら、会話からはぐれる人がいないように気を利かせてくれるのに…。
そんなことを思いながら、特にすることもなくボーッと颯を眺める。料理を食べ終えた彼は、私の視線に気がつくと、慌てたようにワイングラスを空にした。
けれど、食事が済んでからも、どこかよそよそしさのある颯とは会話が弾まなかった。
居心地の悪さを感じた私は、トイレに向かおうと個室を出る。
「ねえ!ねえってば!」
後ろから声をかけてきたのは、颯だった。
とっさのことに驚いて立ち止まると、彼はぶっきらぼうに言葉を続けた。
「連絡先!」
「えっ?何?」
「だから…連絡先だよ!」
「私の連絡先?…を聞いてるの?」
アルコールを飲み慣れていないせいか、颯は赤く上気した顔で頷く。
「あのさ、颯くん。私、あなたより12歳年上なんだよね」
「それが何?」
「いや、連絡先聞いてどうするの?」
「…いいなと思ったから、また会いたいんだけど」
― これって、酔っぱらった勢い?会話も盛り上がらなかったのに…。
「ごめんね。私たち年もそうだけど、住む場所も離れてるし。連絡を取っても、そんなに会えないと思うよ」
「は?年とか、俺は全然気にしてないんだけど」
「私は気にするから!ごめんね」
ピシャリと連絡先の交換を断った私は、トイレへと逃げ込んだ。
― どう考えても12歳も下は…ない。彼って、子どもっぽいし、気が短そうだし。うん、ないない!
颯の言葉を追い出すように頭を振って、席に戻ろうとすると通路の先に彼が立っていた。
「会えないと思うとか、そんなのまだわからなくない?俺、オフの日にはこっちに出てくるし。最初からいろいろ決めつけすぎ!だから、はい!」
目の前に差し出されたスマホには、LINEのQRコードが表示されている。
けれど、私はそれを読み込まずに、仕事用の電話番号とメールアドレスが記載された会社の名刺を鞄から取り出した。
LINEよりも、こっちのほうがある程度の距離感を保てるだろう。
「それじゃあ、とりあえずこれ」
「マジで?やった、絶対に連絡するから!」
今日、初めて見る颯の笑った顔。
― そんなに喜ぶことじゃないし!…でも、ちょっとかわいいかも。
第一印象が悪すぎた分、これはズルい。
きっと、明日になって酔いがさめたら彼は連絡してこないだろう。
そう思っていたのだけれど、事態は思いもよらぬ展開となってしまうのだった…。
▶前回:年上との恋愛に疲れた33歳独身女。食事会で出会った男に意外な対応をされてしまい…
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ひと回り年下のプロサッカー選手との出会いが、多佳子の運命を変えていく