「あと5分で彼氏が来るから会ってくれる?」親友からの突然のお願いに、女が凍りついた理由

あなたは恋人に、こう言ったことがあるだろうか?

「元カレとはもう、なんでもないから」

大人に”過去”はつきものだ。経験した恋愛の数だけ、過去の恋人が存在する。

だから多くの人は、1つの恋を終わらせるごとに、その相手との関係を断ち切っているだろう。

しかし “東京のアッパー層”というごく狭い世界では、恋が終わった相手とも、形を変えて関係が続いていく。

「今はもう、なんでもないから」という言葉とともに…。

◆これまでのあらすじ

社内の後輩・健作と婚約していた千秋。しかし、健作の中高時代の元カノ・雛乃が現れ、疑心暗鬼になってしまった千秋は婚約を破棄。

それから1年後。別れの痛みから立ち直った千秋だったが、新たな友人・明日花の片思い相手が健作であることが判明。明日花の恋を応援をすることに…。

▶前回:幼稚園から私立育ち、エルメスは普段使いの親友。お嬢様が女に切望する“お願い”とは?


灼熱の夏が過ぎ去り、カーディガンが手放せない季節が訪れていた。

秋風で少し冷えた手先が、蒸し暑いスタジオの中で徐々にほぐれていくのが心地よい。

最近は感染者数も落ち着いてきて、仕事の繁忙期でもないのでホットヨガに通う頻度は以前よりも高くなっていた。

それは、明日花ちゃんも同じらしい。

週末。土曜日の夕方だというのに、またしても私の隣には明日花ちゃんがいる。

予定のない週末に、こうしてバッタリ明日花ちゃんと会えるのは嬉しくもある。けれど、明日花ちゃんのピンと伸びた美しい背中を見つめながら、私は小さくため息をついた。

― また今日も、あの話をするのかな…?

ぼんやりとそんなことを考えていると、レッスンの終了を告げるティンシャの音が鳴り響いた。その瞬間、明日花ちゃんが笑顔で私の方へと駆け寄ってくる。

「ねえ千秋ちゃん!聞いて聞いてー!」

「健作くんのことを好きになってもいい?」と確認されてから、1ヶ月。

私が元カノであることなどまったく気にならないという明日花ちゃんは、健作に振り向いてもらうための相談を、会うたびに無邪気な笑顔でしてくるのだ。

正直、言いようのない疲労を感じはじめていた私は、思わず身構えてしまう。

しかしこの日、明日花ちゃんが私に話した内容は、いつもの相談ではなかった。

千秋の元カレに恋する明日花。明日花の話の内容とは…?

「は〜。今日のレッスン、すごい運動量じゃなかった?お腹ペコペコー」

ホットヨガを終えた私たちは「ゆっくり話したいからお茶しない?」という明日花ちゃんの提案で、スタジオ近くの『ESPRESSO D WORKS』に移動していた。

テーブルに運ばれてきたコーヒーを飲みながら、私は明日花ちゃんに尋ねる。

「何か食べちゃう?ダッチベイビーとか美味しそうだよ!」

明日花ちゃんは、カプチーノのカップにひとくちだけ口をつけると、意味ありげな微笑みを浮かべながら言うのだった。

「ううん、やめとく。私、このあと食事の予定があるんだ。ねえ千秋ちゃん。その相手、誰だと思う?」

「え…?」

戸惑いながらも、私は答える。正解は明らかだ。明日花ちゃんと私の共通の知り合いなんて、たった1人しかいないのだから。

「健作、かな…?」

そう答えた瞬間、明日花ちゃんの顏がパアッと輝く。そして幸せそうに頬を上気させながら、ワクワクとした様子で発表するのだった。

「正解!実はね…私と健作くん、先週からお付き合いが始まりました〜!」


「千秋ちゃん、今まで相談に乗ってくれて本当にありがとう。こうして健作くんの彼女になれたのは、ぜんぶ千秋ちゃんのおかげだよ」

「わぁ!おめでとうー!私なんて全然役に立ってないよ〜」

嬉しそうな明日花ちゃんを前に、私は大袈裟なほどに驚いて喜んでみせる。だが実際は、そこまでの驚きを感じていなかった。

可愛くて明るくて、私立育ちのお嬢様。そんな健作と“同じ世界”の住人である明日花ちゃんが、本気でアタックし続けたのだ。遅かれ早かれ、2人は付き合うことになるだろうとは思っていた。

明日花ちゃんの想いが健作に伝わったことは、本当に嬉しい。でも、2人が付き合い出したことを聞いてまず込み上げてきたのは、喜びの気持ちというよりも安堵の気持ちだ。

「健作くんの好きなレストランは?」

「健作くんって、仕事の話を積極的に聞かれるの嫌なタイプかな?」

いくら未練が残っていないとしても、そんなふうに過去の恋愛を何度も思い出さなければならない状況には、言い表せない不快感があった。

だが、そんな趣味のいいとは言えない恋の相談からも、これで解放される。

ホッとした私は一通り祝福の言葉を伝え終わると、思わず本音をこぼすのだった。

「これでもう、私の出番も終わりだね。これからはさすがに2人に悪いし、遠くから明日花ちゃんと健作の幸せを祈らせてもらうよ」

雛乃ちゃんという元カノと友人付き合いをしなければならないという状況で、あれだけ苦しんだのだ。当たり前のことを伝えたつもりだった。

だが、それを聞いた明日花ちゃんの反応は、意外なものだった。

「ええ〜?そんなこと言わないでよ。新しい恋愛がはじまったからこそ、やっと本当になんでもない関係になれるんじゃない!

千秋ちゃん、ちょっと気にしすぎだよ〜。健作くんだって、千秋ちゃんの前の彼女とは、もうすっかり友達になってるんでしょ?」

「それは、そうだけど。私は、それがすごく嫌だったから…」

明日花ちゃんと健作に本当にうまくいってほしいからこそ、恋人同士になった2人とは疎遠になりたい。そう思っていたのに、真逆の要望を突きつけてくる明日花ちゃんに戸惑いを覚えざるをえない。

「前も言ったけど、私は別に嫌じゃないよ!健作くんと付き合ったからって、千秋ちゃんと疎遠にならなきゃいけない方が嫌だよ。

多分さ、千秋ちゃんが変に意識しすぎて、同じ会社なのに健作くんを避け続けているから、逆に気まずいんだよー」

恋人の元カノである千秋と仲良くしたい。明日花の真意とは

「うーん、そうなのかなぁ」

持論を展開する明日花ちゃんを、適当に受け流す。でも…次に明日花ちゃんが言ったことを、私は聞き流せなかった。

「もう好きじゃないなら、会っても平気だよ。まあいいや。あと5分くらいで来ると思うから、ちょっと待っててね!」

「え…?5分で来る?」

このタイミングで来るというのは当然、明日花ちゃんがこのあと会う約束をしている人だろう。

耳を疑った私は、思わず明日花ちゃんの顔を凝視する。

「まさか明日花ちゃん、健作をここに呼んだの?」


「うん!だって、これまでずっと応援してもらったんだもん。千秋ちゃんには、きちんと2人揃ってお礼が言いたいと思って」

顔をこわばらせる私に、明日花ちゃんは屈託のない表情で小首をかしげる。

一瞬の沈黙のあと我に返った私は、慌ててかたわらに脱いでいたジャケットを掴み取った。テーブルの上に出していたスマホやリップを、急いでカバンにしまいこむ。

急ぐ私に、明日花ちゃんが不思議そうな声で言葉を続けた。

「どうしてそんなに急ぐの?お礼くらい言わせてよ」

「だってそんな、やっぱり気まずいし。ホットヨガのあとでメイクだってほとんどしてないし」

しかし、そんな私の言葉を拾って、明日花ちゃんは言う。

「…ねえ、そんなに頑なに会いたくないのってさ、まだ千秋ちゃんも健作くんに特別な気持ちがあるってことなのかな?」

ほんの少しだけ、声のトーンが低い気がした。

「千秋ちゃん“も”、特別な気持ちがある」という、言葉の意味がわからない。

明日花ちゃんの目の奥に薄寒いものを感じた私は、一度深呼吸をして冷静さを取り戻すと、今の状況をきちんと確認することにした。

私が健作と付き合っていたときは、元カノである雛乃ちゃんのことを目にするのが辛かった。けれど、今カノとなった明日花ちゃんは元カノである私を気にせず、これからも仲良くしたいと言っている。

“彼ら”の世界では、過去の恋人と友情が続いていくのは、決して異常なことではないのだ。明日花ちゃんの言う通り、健作のことをもう好きでもなんでもないのなら、無理矢理に避け続ける必要もない気がした。

私は、抱え込んでいたジャケットと荷物を置くと、浮かせた腰をもう一度ソファに沈み込ませる。

「わかった。せっかくのデートの邪魔したくないけど、じゃあ挨拶だけして帰ろうかな」

「やったぁ!」

過去に何度もあった、雛乃ちゃんと健作と私の3人で過ごしたときのことを思い出す。

雛乃ちゃんも健作も、本当にただの友達のようだった。あのときの雛乃ちゃんのようにすればいい。意識しすぎなければいいだけなのだ。

そのとき、明日花ちゃんが急に立ち上がったかと思うと、店の入り口へと向かって大きく手を振った。

「健作くん、こっちこっちー!」

健作のことを吹っ切れた今、普通に会えるかも。

そんなふうに考えたこともあったけれど、実際にこうしてその場を迎えてみると、説明のできない緊張が込み上げてくる。

すぐ背後に、健作が近寄ってくるのを感じた。社内で遠くに見かけるのとは違い、今、私のすぐ後ろに健作がいる。

ゆっくりと、私も後ろを振り向く。雛乃ちゃんみたいに普通の表情を心がけながら。

できるはずだ。私と健作だって、今はもうなんでもないんだから。

「健作、久しぶり…」

だが、私を見つけた健作の表情は、想像とはまったく違っていた。

「え…。千秋さん?なんで…」

そうつぶやく健作の顔は、“普通”とはかけ離れていた。

雛乃ちゃんと一緒に過ごしていた、鈍感で楽しげ表情とはまったく違う。

別れから1年振りに顔を合わせた健作は、私を目にして驚愕のあまり凍りついているのだった。


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ついに顔を合わせた、明日花、健作、千秋の3人。異様な集まりでの会話は…

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