25歳まで完全に愛をはき違えていたヤバい女。ようやく軌道修正を試みたものの…?
人はパートナーに、同じレベルの人間を選ぶという。
つまり手の届かないような理想の男と付き合いたいのなら、自分を徹底的に磨くしかない。
そう考え、ひたむきに努力を重ねる女がいた。
広告代理店に勤務する杏奈(25)。
彼女は信じている。
決して休まず、毎日「あるルール」を守れば、いつかきっと最高の男に愛される、と。
◆これまでのあらすじ
「この人と付き合って自分の価値を証明したい」と感じる光輝という男と、2ヶ月間体の関係を持っている杏奈。
親友を介して偶然出会った進という男と急接近する一方で、光輝からも真剣な交際を考えたいと言われる。
2人の男性で揺れるなか、親友・美咲から進を好きだと打ち明けられた。そして、毎日欠かさず守ってきたルールに対する違和感を感じ始めて…?
▶︎前回:「あの子彼氏できたから」親友が囁いた策略。男を手に入れるため、女が謀った驚きの計画とは?
『進:急でごめん、今日の夜空いたんだけど会えない?』
メッセージを受け取った杏奈は、思わず嬉しくて背筋を伸ばした。進は今週末は上司とゴルフに行くから会えなさそう、と言っていたのだ。
平日はお互い忙しくてなかなか会えないから、週末も会えないとなると少し寂しく感じていたところだった。
『杏奈:会えるよ!』
◆
「お待たせ!見て、今日ゴルフでさ、晴れたから日焼けして鼻が真っ赤」
ちょっと恥ずかしそうにする進を見て、私も笑った。
「どうしようかな、この辺ふらっと歩いていい感じのところ入ろっか」
進の言葉を意外に感じる。彼はなんとなく行先を決めているのかなと思っていたのだ。
「うん、開拓しよ!」
多分、これまでの自分だったらデートプランを決めていない男性に対して、自分との時間を大切にしてないと感じてガッカリしていたと思う。
けれど今は、一緒に何かを探すワクワク感があった。
「ここの焼き鳥屋さん美味しそう。杏奈ちゃん、焼き鳥はどう?」
「おいしそう!いいねいいね」
「候補1だね。そこのブロックまで歩いてみよっか」
そうして私たちは次のブロックまで、良さそうなお店を探して歩いた。
「さっきの焼き鳥屋さんと、このイタリアン。どっちがいい?」
大衆居酒屋っぽい焼き鳥屋さんと、少しお洒落な雰囲気のイタリアン。
きっと進は、気を使って2つ候補を作ってくれたのだろう。その優しさに心が温かくなる。
「焼き鳥屋さんがいい!今日はそういう場所が気分」
「よし、そうしよっか」
2人ではこういったお店は初めてかもしれない。長く付き合えばいろんなところに行くのは普通のことなのに、杏奈にはあまりそういう場面がなかったような気がする。「初めて」に気づくとワクワクした。
「杏奈ちゃん、こういうお店も似合うね」
「本当?こういうところ、やっぱ落ち着くよね」
「うん、わかる。背伸びしてお洒落なところで食べたいって思うけど、こういうお店でしっぽり飲むのもたまんない」
進と過ごす時間が増えれば増えるほど、彼に対する自分の気持ちがクリアになっていくのを感じた。
そして、自分の変化も感じるようになった。
― 私は、進のことが好きなのかもしれない。
そんなことをボーッと感じながら、おいしそうにビールを飲む進の顔を見つめた。
ついに告げられたあること。杏奈がした決断とは
「そろそろ、お店でようか」
「そうだね、ここのお店当たりだったね!美味しかった」
「ね、杏奈ちゃんに選んでもらってよかった」
私たちはお会計をして外にでた。
「少しだけこの辺を散歩しない?」
「うん、いいね。ちょっと飲み過ぎちゃったから外の空気を吸いたい」
私たちは、少し散歩したあとで、小さな公園にある自動販売機で温かいお茶を買ってベンチに座った。
夜空を眺めていると、進が口を開いた。
「杏奈ちゃん」
進の方を向くと、目が合った。
「前にも伝えたし、答えを急かすつもりはない。ただ、俺の気持ちを伝えたくて…」
進は続けた。
「俺、杏奈ちゃんのことが好きです。よかったら付き合ってください」
なぜか、涙が出そうになった。
それは、こういう理想の男性の彼女になれた喜びとかそういう気持ちではなくて、心が通じ合ったような今まで感じたことのない温かい気持ちになったから。
…だけど、私には今すぐ返事ができない理由があった。
「ありがとう。私も同じ気持ちだけど、私たちの関係を進める前に解決したいことがあって。少しだけ時間が欲しい」
「もちろんだよ。ごめんね、急かす気はないからゆっくり考えて欲しい」
進は、きっと何のことか気づいているだろう。
私たちはお互いの帰路についた。そして、LINEを開いた。
『杏奈:来週どこかで少し会えない?話したいことがある』
今の心地よい気分に浸りたくて、そっとiPhoneをコートのポケットに入れた。
◆
「久しぶりだな。返信なかったからもう会えないのかと思った」
翌日、話があるの、とお願いすると、光輝は遅刻することもなくカフェに来てくれた。
「久しぶり。ごめんね。前言ってくれたこと、ちゃんと考えたくて返信してなかった」
体の関係から始まった光輝との関係。
「真剣な関係を視野に入れて欲しい」と言われてから、望んでいたはずなのに喜べない理由を自分なりに探していた。
「考えたんだけど、やっぱり光輝とは付き合えない。光輝に対する好きって気持ちがないんだ」
「以前に杏奈が付き合うか聞いてきたよね?その後に気が変わったの?」
光輝が真剣な目で問いかけてくる。せめてそれには応えようと、必死で言葉を探した。
「その時は、光輝のことが好きだと思ってたよ。けど、その後に光輝に対する好きって感情は純粋なものではなかったって気づいたの」
「他に俺よりいいやつがいて、そいつに飛び乗ったって感じ?」
「その人のおかげで、好きとか愛ってどんなことなのか少し気づけただけで、飛び乗ったとかそういうのじゃない」
「物は言いようだな。じゃあさ、教えてよ。俺とそいつへの気持ちで何が違うのか」
こんなふうにイライラしている光輝はほとんど見たことがない。
「光輝と会ってた時は、正直光輝のスペックに惹かれてた。光輝の私に対する気持ちを測ろうと試したり、結局自分が傷つかないこととか幸せになることだけ考えてた」
光輝は、初めて聞く私の正直な気持ちに少し傷ついた表情をしたが、私は続けた。
「けど、その人に対しては悲しませたくないとか喜ばせたいって相手軸で行動するようになった。それが愛なのかなって、パートナーになるってことなのかなって」
「へえ。杏奈の目にどう映ってるかはわかんないけど、俺は少なくとも杏奈を幸せにするために動ける。杏奈への気持ちはちゃんとあるよ」
「光輝がそう思ってくれてるのは嬉しいけど、いろんなことに気づかされた今は、光輝のためにも付き合うべきじゃないと思う。私は今、他に大切にしたい人がいるんだ。ごめん」
「そっか…。わかったよ。杏奈が自分から離れていきそうになって初めて、杏奈への気持ちに気づいたけど、遅かったな。もっと最初から大事にできてればって後悔してる」
「光輝といる時間は楽しかったし、光輝のおかげで気づけたこともある。本当にありがとう」
「杏奈、ありがとうな。最後にカッコ悪いところ見せたけど、俺もなんか変われる気がするわ」
そして私たちは、本当の意味でさよならをした。
晴れて、進の告白に応えに行く杏奈。しかし平穏は長くは続かない…!?
「この前の返事だけど、私も進くんが好きです。付き合ってください」
これ以上は待てない。夕方に近づき、デートも後半。私は思い切って進に告げた。
今日も朝から進とデートをしていた。会ってすぐ返事をしようと思っていたけど、進が私に気を使わせないようにしたのだろう、何事もなかったかのように予定を組んでいたから、落ち着いて話せる時間を待っていたのだ。
「うわー!俺幸せ過ぎてどうしよ」
薄暗い中でも感じる、進の緊張した表情が愛おしくなる。
「私、今まで多分きちんと相手に向き合ってこなくて。未熟なことも多いかもしれないけど、進くんと一緒に成長したいと思ってるからよろしくね」
「俺も未熟だし、俺らの関係は始まったばかりだから、他の誰かにとってじゃなくて俺らなりの正解を見つけていこう」
進の言葉に、不安な気持ちがスーッと消えていった。
そして、帰り際私はあることに気づいた。
夜行こうと思っていたジムをすっぽかしていたのだ。
これだけ毎日頑なに守ってきたルールを、破っていた。
なのに私は後悔とかいった感情ではなくて、これでよかったという満たされた気持ちになった。
私は大切にすべきことを間違っていたのかもしれない…。
進と出会ってこんなにもいい方向に変わった自分に気づいて、これまで拘ってきたことがくだらなく思えてきて、1人でクスッと笑った。
「美咲、久しぶり」
あれ以来、美咲とは連絡をとっていたものの、会うのは初めてだった。美咲の元気そうな姿を見て、ホッとした。
「杏奈、久しぶり!」
「はじめに、美咲にはどうしても伝えておきたいことがあって。進くんと付き合うことにした。美咲の気持ちを聞いて、生半可な気持ちでは付き合えないと思って、とことん自分と向き合ったんだ。
それで私、進くんを大切にしたいって、これまで誰にも抱かなかった感情が芽生えてきて、好きだって確信したの。美咲には、直接伝えたくて」
言い終えて美咲の顔を見ると、涙目になっていた。
私は咄嗟に謝ろうとすると、美咲が口を開いた。
「本当に、よかった…。今すごく、すごく嬉しいし安心した。私のせいで2人が結ばれなかったらどうしようってずっと考えてて。お似合いの2人だからこそ、私が邪魔したらどうしようって思って不安で…」
美咲は、強くて、本当に素敵な人だと改めて感じた。
「美咲…。私のせいで辛い思いをさせてごめんね。そんなこと言ってくれて、改めてこんな素敵な友達を持ったことを感謝してる」
「本当によかった。それにね、私も実は話したいことがあって…」
「なになに?」
「実は、同じ会社の同期でずっと友達だと思ってた人がいて。そいつに最近告白されたの。最初は冗談かと思ったけど、この私がボロボロな時期にずっとそばにいてくれて。惹かれてるんだ、今」
今度は私がうるっとした。
「ねえ〜よかった。美咲のそばにいてくれる人がいたことも、美咲が彼に惹かれていることも」
「そうなの、なんか私、進が手に入らないから意地になってたのかなって気づいたんだ。今はその彼に対して、好きとか超えて大事にしたいって思い始めて。さっきの杏奈の気持ちを聞いて、私もまさにそれだなって思ったんだよね」
成長のスピードが似ている人が深い友人になると聞いたことがあるけれど、美咲と私はそうなのかもしれない。
美咲が前に進めていること、気持ちをきちんと伝えてくれたことで、私は改めて美咲の大切さに気づいた。
いろんなことがあったけど、このまま順調にみんなが自分の道を見つけて幸せになっていくんだろう。そう思っていた。
1年後、最大の試練が降りかかるとは知らずに…。
▶︎前回:「あの子彼氏できたから」親友が囁いた策略。男を手に入れるため、女が謀った驚きの計画とは?
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