「稼ぐ妻は、寝室で…」円満夫婦に見えるものの、女が離婚を考える瞬間

「妻が輝いていることが、僕の喜びです」

令和の東京。妻に理解のある夫が増えている。

この物語の主人公・圭太もそのうちの1人。

・・・が、それは果たして、男の本心なのだろうか?

元来男は、マンスプレイニングをしがちな生き物だ。

高年収の妻を支える夫・圭太を通じて、東京に生きる『価値観アップデート男』の正体を暴いていく。

(マンスプ=マンスプレイニングとは、man+explainで上から目線で女性に説明するの意味)

◆これまでのあらすじ

大手商社を退職した藤堂圭太(34)は家事全般を担当し、自分より年収のある経営者の妻・香織(36)を支えていたが、世間知らずの女子大生・未久(21)と知り合ったことから調子が狂ってしまい…。

▶前回:「実は、私ね…」ベッドの中で、年上妻が夫に打ち明けた衝撃的な秘密とは

妻が離婚を考えるとき


「藤堂香織さま、こちらへどうぞ」

受付の女性に名前を呼ばれ、個室に案内される。

家から一歩出たら、仕事で使用している旧姓「清水」になる私にとって、戸籍上の名前「藤堂」と呼ばれる場所は多くない。

そのうちの一つが親友・藍沢茜音(あかね)が経営する代官山のリラクゼーションサロンだ。

「今日はどうしたの?」

茜音が素っ気ない態度で施術の準備をしながら尋ねてくる。彼女は経営者でありながら現場にも立っている。

「マッサージを受けに来たの」

「それだけじゃないでしょ?この前、来たのは1週間前よ。いつもは2週間おきに来る香織が、また来るなんて。しかも2時間コースだし。何か悩みがあることは、お見通しよ」

図星だった。私と同様、茜音も夫よりも稼いでいる女だが、夫婦関係はうまくいっている。だから色々と相談しやすいのだ。

「実はね…」

施術が始まって早々に、私は切り出した。

「最近“離婚”の二文字が頭をかすめるの…」

香織が離婚したい?なぜ?

「へー、離婚ね~!」

なぜか嬉しそうに茜音は言うので、私は思わず嫌味っぽく言い返した。

「ずいぶん嬉しそうに言うじゃない」

「だって、夫婦なんて離婚がチラついてからが勝負よ。本物の夫婦になれるかどうかの。私なんて入籍した翌日から“離婚”が頭にチラついていたもん。まぁ、香織はバツイチだから、よくわかってると思うけど」

「ちょっと!」

茜音が軽口を叩くおかげで、相談が重くならずにすみそうだ。心で感謝しながら、私は話を続けた。

「圭太くんには本当に感謝してるの。一緒にいて心地いいし、ジェンダー観も現代的にアップデートされてるから。喜んで主夫やってくれてるし」

「前の旦那とは違うよね」

新社会人だったころ、何の名目で集まったかも覚えていない飲み会で茜音と知り合ってから15年。彼女は当然、私の最初の夫を知っている。

「そう、ぜんぜん違う。だから本当にノーストレスなの。でも…」

「でも?」

「圭太くんにOB訪問してきた女子大生で、未久ちゃんっていう、ちょっと変わった子がいるの」

私は、圭太の前に現れた未久と、彼女が起こしたちょっとした騒動について説明した。

「圭太くんが、その未久ちゃんに優しすぎることに、ちょっと納得できなくて…」

「あー、その感じ、わかるわ~」

茜音は大袈裟に声を出した。

「男女平等を心がける男の人って、根っこが優しいから素敵なんだけど、世界中の誰に対しても優しいんだよね」

茜音の意見に、私は大いに賛同する。

「そうそう、博愛主義者っぽいの!本当は『私にだけ優しくして欲しい』って思っちゃう」

「でも、香織はそういうこと、自分から言わないタイプだよね」

「そんなこと言って『その女子大生に嫉妬している』って圭太くんに思われるのは…絶対に嫌」

「こっちは『理解ある大人の女性』ってキャラクターでやってるからね、いまさらキャラ変更できないよね」

茜音とはテンポよく話が続いていく。

「それでケイタマンは、その未久って女子大生に、どういうふうに優しくしているの?」

茜音は私の夫のことを「ケイタマン」と呼ぶ。いつか一緒にゴハンしたときに、酔っ払った茜音が付けたニックネームだ。

「なんか、就職活動に役立つことを手ほどきしてるみたい。それにインターン先を探してあげたりとか。女子大生もそのたびに大げさに圭太くんを褒め称えるから、彼も調子にのっちゃって、わざわざZoomつないで色々と教えてるみたい」

「あー、それはケイタマン優しい。必要以上に優しい」

「言葉を選ばずに言うと、女子大生にうつつを抜かしている圭太くんがちょっと気持ち悪くて」

自然と言葉が出た。そこで改めて気づく。

― あっ、私、圭太くんがやってること、気持ち悪いって思ってたんだ…。

茜音は少し間を置いてから言う。

「まず整理しておきたいのは、その女子大生の“手口”は、若い女にとって常套手段ってことだよね。だって私にも心当たりがあるし、香織もそうでしょ?」

異論はない。そのとおりだ。


かつての私も、男性の99%が“教えたがり”なことをこれ幸いにと、今の未久のように「色んなことを教わりたいです」と年上男性に取り入り、キャリアアップを図ろうとしていた。

だから未久のことは否定できない。

私が気に入らないのは、残り1%側の男性だと思っていた圭太が、まんまと未久の手口にハマったことだ。

あらためて説明せずとも、茜音もそれを理解してくれているようで…。

「『厳選したはずのケイタマン』が、その辺に転がる他の男と何も変わらないって気づいたら、結構ショックだよね。

特に香織は、元旦那の男尊女卑なところが原因で離婚してるからね。まさかケイタマンも結局同じなの?って余計に思うんでしょ」

『厳選したはずの』夫というのは、まさに図星だ。

私にもプライドがある。ここ最近ずっと悩んでいながら、茜音に相談できなかったのは「私が厳選したはずの夫について愚痴を言いたくない」という思いがあったからだ。

「そうなの…。だから離婚が頭をかすめる…。実行に移そうとは思わないけど…」

「ねえ、夜はどうなの?」

「え?」

唐突に茜音が話題を変えるので、言葉に詰まった。

「夜はどうなの?レスになってない?」

茜音はお構いなしにグイグイ質問する。

勢いにのまれて私もバカ正直に答えてしまう。

「夜のほうは…」

“夜”に対して香織の返事は…

「微妙なところね…」

微妙、というより、レス傾向かな、と私は言い換える。

「まったくないわけではないけど、最近はご無沙汰で…。そういうのってやっぱり、今の私の悩みと関係ある?」

恐る恐る尋ねると、茜音は「関係あるに決まってる」と笑った。

「離婚も含めた、夫婦問題のすべての根幹は、レスよ」

茜音はきっぱりと言い切った。

「しかも、私たちみたいな妻が稼いでる夫婦が、一番気にしなきゃいけないのは、そこ!」

茜音によると、「妻が稼いで夫が家事をやる」という夫婦は“レス”になる確率が高まるというデータがあるそうだ。

「夜の営みって上下関係が大事みたい。『妻が外で仕事、夫が家で家事』っていう夫婦は、これまでの夫婦像に比べて平等な分、上下関係ができなくて、レスになるんだってさ」

「へぇー」

少し絶望しながらも妙に納得できた。

「でも、そんな気がする」

「だから夜は男性優位を心がけるといいよ」

「男性優位?」

私が聞き返すと、茜音は初めて施術の手を止め、真面目なトーンで言った。

「消灯前は男女平等の夫婦でも、明かりを消したベッドの上では、男性に主導権を握らせてあげるの」

男性が“男らしさ”を感じるため、女性がその気にさせてあげることが大事だと、茜音は言う。

「でも、そういうのって…私の主義に反する」

これまで私は、社会の中で女性がステップアップしていくために、男女平等を叫んできた。男尊女卑を嫌い、ジェンダー平等を願っている。家庭の中でも、男女平等が理想だ。

だが、茜音は明るく笑い飛ばした。

「そういうのは、社会生活の中でやってればいいの。夫婦生活は、別問題なの」

たしかに、そのとおりかもしれない。

「ケイタマンを愛してるなら、家庭では彼に主導権を握らせてあげて。特に夜はね!」

昼と夜では違う顔をする。いつの時代もそれが妻の務めよ――と、茜音は念を押すように言った。

前時代的な考えは私の性に合わない。でも…。

― 私は、圭太くんのことが好きだから、離婚したくない。




茜音のサロンから帰宅して自宅のドアを開けた瞬間、美味しそうな香りが鼻腔を刺激してきた。

どんなに疲れていても、それだけで幸せな気持ちになる。

「おかえり~」

圭太は、帰宅した私を玄関まで迎えに来てくれる。

「ただいま。今日は何?」

「チキンの照り焼きだよ」

ルームウェアに着替えてからダイニングへ向かうと、テーブルの上には、キャベツを添えたチキンの照り焼きが用意されていた。

圭太は、中学生男子が好きそうな食べ物が、私の好物だと思っている。

間違ってはいない。ただ独身時代の私は、美食家を自称する男性たちから一目置かれるほどにはグルメだった。

夫の手料理もいいが、本当は外食がしたい。レストランへ行きたい。

― ていうか、たまにはデートがしたい。

なかば強引でもいい。夫に外での待ち合わせ時間を決められ、紳士的にエスコートされたい。

ジェンダー平等や女性の地位向上を標榜して仕事をしている私でも、男性に主導権を握って欲しい瞬間があるのだと今さら気づく。

夕食が始まってまもなく、圭太は「疲れてるところ申し訳ないんだけど、相談があるんだ」と切り出した。

「これ、岡山慎弥から届いたLINEなんだけど」

岡山慎弥、とは、圭太の元後輩で起業家で未久のインターン先の会社の創業者だ。

圭太はスマホを出し、岡山からのメッセージを見せてきた。

『圭太先輩。俺、インターン修了後、未久ちゃんを真剣に口説いてしまいました…』

私は思わず「はあ?」と声が漏れた。

「俺も『はあ?』ってつぶやいちゃったよ」

圭太はそう言って苦笑した。

真野聡介の件もある。圭太の“必要以上のやさしさ”もある。そして岡山も…。

― どうして男って、どいつもこいつも…。

大して疲れてもいないのに、私はめまいがする思いだった。

「何事かと思って、俺、電話で岡山に確かめたんだ…そしたら…」

続いて圭太が発した言葉は、私を本当のめまいに誘うことになる。


▶前回:「実は、私ね…」ベッドの中で、年上妻が夫に打ち明けた衝撃的な秘密とは

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香織は、圭太が岡山に告げた言葉を聞き、夫への不信感を募らせていく…

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