コロナで使われる治療薬への影響も…不祥事・薬価引き下げで混乱する医薬品業界

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ジェネリック国内最大手の医薬品メーカーで起きた不祥事が業界全体に薬の「出荷自粛」をもたらした。現在、入手困難な薬は3000品目以上に上る。政府が推し進める薬価引き下げ政策によって、今、何が起きているのか? 気鋭のジャーナリストが迫る

◆医薬品メーカーの不祥事続発でコロナ治療薬も出荷調整の異常

 昨年、新型コロナウイルスが感染拡大するなか一本の映画が再注目された。’11年に公開されたスティーブン・ソダーバーグ監督の『コンテイジョン』は、未知なる感染症の襲来に人々がパニックに陥る終末観を描いているが、ワクチンや「偽」の特効薬の奪い合いが起きるシーンもフォーカスしていたため、「現在のコロナ禍を予見している」と大きな話題となったのだ。

 皮肉にも、この10年前に描かれたフィクションとほぼ同じことが、今、実際に目の前で起こっている。ただ、奪い合っているのはワクチンや治療薬だけではない。コロナを機に広範囲にわたって安定供給が滞っているジェネリック(後発薬)や輸入新薬を巡って、医薬品卸や薬局などを巻き込んだ凄絶な争奪戦が繰り広げられているのだ。

 新型コロナウイルスの感染拡大は、日本の医薬品業界にすぐさま異変をもたらした。薬の原料となる「原薬」の輸入がストップしたからだ。最初は主に中国からの輸入分で、これによって国内の一部製品で出荷調整が行われたが、インド政府も一部の原薬と26種の製剤について輸出制限をかけたことで混乱に拍車がかかった。

◆負のスパイラル効果をもたらした行政処分

 薬の供給不足は、この1、2年の間に立て続けに起きた製薬メーカーを巡る品質不正や生産トラブルとも大きく関係している。なかでも、ジェネリック国内最大手の日医工(富山市)を標的とした行政処分は、その後、医薬品業界全体が製造・出荷を「自粛」せざるを得ない負のスパイラル効果をもたらした。

 日医工は1965年創業の東証一部上場企業だ。主力はジェネリックだが、国内市場の縮小で業界再編が進むなか、近年は新薬開発にも乗り出し、生き残りを懸けて同業他社の買収・子会社化や資本提携も活発化させていた。

 ところが、’21年3月期の決算では23年ぶりの赤字に転落。前年51億円の黒字から一転、急激な業績悪化を招いたのは、今年3月、国に届け出た承認書に記載されていない工程で医薬品を製造したとして富山県から32日間の業務停止命令を受けたことが要因だ。

◆行政処分で112の薬が年内供給の目途立たず

 行政処分による混乱は今なお続いている。日医工が8月25日時点で公表した資料を見ると、全219品目に及ぶ「出荷調整及び欠品見込み対象品目」(出荷済み含む)のうち、年度内も出荷が見込めないのは112品目。現在、処分の対象となった富士工場の生産は半分以下に落ち込んでおり、供給再開はさらに長引くと見られている。

 そんななか、日医工は8月17日にメディパルホールディングスとの業務提携を発表した。背景には、年々厳しさを増している医薬品業界を取り巻くシビアな現実がある。医療費削減を推し進めたい政府の「薬価引き下げ政策」によって、メーカーは利益をギリギリまで削られ、ジェネリック国内最大手の日医工ですら経営が立ちゆかなくなっているのだ。

◆新型コロナ感染症で使われる治療薬への影響

 新型コロナ感染症で使われる治療薬への影響は大きい。

 現在、感染第6波に備え、治療薬の早期投入が前のめりで進められている。7月には中外製薬の「ロナプリーブ」が、9月には英グラクソ・スミスクラインの「ゼビュデイ」が、それぞれ国内で承認されたが、いずれもバイオ技術でつくる抗体薬で量産は難しいとされている。

 効果が見込める既存の薬も新型コロナ治療薬に承認されている。米ギリアド・サイエンシズ製の抗ウイルス薬「レムデシビル」がその救世主になり得るのではないか、と一時メディアでも大きく取り上げられたのを記憶している人も多いだろう。

 このほか、国内では抗炎症薬「デキサメタゾン」やリウマチ薬「バリシニチブ」がコロナ治療の最前線で使われていたが、この「デキサメタゾン」こそ、新型コロナ感染症の免疫暴走(サイトカインストーム)を抑制する代替治療薬として日医工も製造していたのだ。日本病院薬剤師会の川上純一副会長が当時の状況を語る。

「7月から8月にかけて、これまで『デキサメタゾン』を買っていなかった薬局や医療機関からも大量に錠剤の注文が入り、出荷量があっという間に増えたそうです。その背景には、自宅療養やホテル療養の新型コロナ感染症患者が急激に増えたことが挙げられる。自宅療養の患者さんは医師が往診しなければ点滴はできないが、錠剤は服用できるため、需要増を予想した薬局や医療機関が一度に大量発注したのではないか」

◆「プロポフォール」不足のしわ寄せ

 さらに、供給不足に陥ったのが麻酔・鎮痛薬の「プロポフォール」だ。コロナで重症化した患者が装着する人工呼吸器やECMOを使用する際に使われていた。麻酔薬は通常、手術時の使用に限られる。だが、新型コロナ感染症で重症化した場合、数日どころか数週間にわたって使われるため、需要が急拡大するなかでの出荷停止で混乱はさらに広がった。5月14日、厚労省は医療機関に対してこんな事務連絡の通達を出している。

「プロポフォール製剤は必要量のみを購入し、また臨床上の問題がなければ、『麻酔の維持においては揮発性吸入麻酔薬の使用を考慮』するなどしてほしい。使用に当たっては、新型コロナ感染症等の治療のICUでの使用及び緊急対応が必要な手術での使用を優先することとし、それ以外の手術、検査・処置等における使用は極力控えていただく又は延期等の対応を検討いただきたい」

 お達しの文面からは、厚労省の焦りも滲み出ているように感じるが、「プロポフォール」不足のしわ寄せがくるのは、コロナ治療の現場だけにとどまらない。

’15年に尿管がんと診断されて以降、腎臓、膀胱、大腸に転移するも、今も不屈の精神で闘病生活を送っている高須クリニックの高須克弥院長もその一人だ。コロナ禍で、高須氏は自身の手術を「麻酔薬不足を考慮して見送った」という。

「国にとって一番の問題はコロナの終息で、そちらに全力投球しています。だからボクも、自分の尿管がんと膀胱がんの手術は後回しでいいので、今はコロナで苦しんでいる患者さんを最優先にしてくださいと言った。ボクのことは急がなくていいってね。新型コロナは急激に症状が悪化する。がんはゆっくりと進行するから大丈夫だ。ボクはまだ死なない」

◆小林化工の不祥事でも血栓症治療薬が標的に

 薬が市場から消えたのは製薬メーカーの不祥事が契機だったが、その後の悪循環が供給不足を加速させているのは紛れもない事実だ。

 前出の川上氏が話す。

「プロポフォールもデキサメタゾンも、製造元がコロナ禍での急激な発注の増加に対処できず、出荷調整に入ったと見られます。それが大きなニュースとなり、がんや他の疾患の患者さん用の発注も増えた……。これに対応するため、厚労省が適正使用を促す通知を出したという流れでしょう」

「デキサメタゾン」については、9月28日付の朝日新聞で「早期使用はかえって症状の悪化を招くという複数の報告が相次いでいる」と報じられた。そのため、今後はこの薬の処方にも一定の歯止めがかかり、供給不安は少しずつ沈静化していくと思われる。

 昨年12月、製造過程で誤って睡眠導入剤が混入した「爪水虫」の治療薬を服用し70代の男女2人が死亡した事件でも、福井県が製造元の小林化工に立ち入り検査を実施。承認通りの製造が行われていなかったとして、合計12品目の承認取り消しと116日間の業務停止命令が出された。

 これに伴って、新型コロナ感染で引き起こされる血栓症の治療薬「ナファモスタット注射液」等の供給もストップ。このときは代替品がないと判断され、異例の早さで一部の「除外品目」は製造再開された。

 医薬品の製造管理と品質管理に関する基準(GMP)違反に対する処分は、現行法では「製造停止」と規定されている。もちろん、今回の日医工と小林化工に対する処分は、適正な製造・品質管理を怠るなど製薬メーカーに企業倫理の面で落ち度があったのは言うまでもない。だが、不祥事が明るみに出た途端、流通がストップしては、薬の安定供給は維持できない。 

 処分の向こう側には多くの患者の命がある。厚労省は「医薬品安全保障」の視点に立って、混乱を最小限に抑えるべきだった。
(※情報は10月7日時点のものです)

写真/朝日新聞社

―[消えたジェネリック医薬品]―

【小笠原理恵】
おがさわら・りえ◎国防ジャーナリスト、自衛官守る会代表。著書に『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』(扶桑社新書)。『月刊Hanada』『正論』『WiLL』『夕刊フジ』等にも寄稿する。雅号・静苑。@riekabot

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