「優勝なんかは目指さない」「試合中にインスタライブ」…破天荒すぎる「日ハムのビッグボス」新庄剛志が語っていた「清原和博・野村克也」への思い

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 プロ野球、北海道日本ハムファイターズの監督、もとい“ビッグボス”に就任した新庄剛志(49)。現役時代は「新庄劇場」を代名詞に、型破りの名パフォーマーとして「記録より記憶」を信条に活躍した“SHINJO”は、11月4日に行われた監督就任会見でも、報道陣の度肝を抜く爆笑と、しっかりした監督論で、さっそく注目を集めている。

「まず、新庄さんは衣装が深紅のスーツには超デカ襟シャツ、そして会見時は外しましたがサングラスという、相変わらずのド派手なビジュアルで登場し、 “ビッグボスが好きなんですよ。新庄監督とかいらない。監督っぽいじゃないですか。ビッグボスでお願いします”と、前代未聞の呼び名を要求する場面もありました。記者も指摘していましたが、新庄さんの名刺に“監督”の文字はありません(笑)」(スポーツ紙記者)

 爆笑に次ぐ爆笑で盛り上げたとはいえ、随所に新庄のストイックな部分も見え隠れしていた。

「優勝なんかは、僕は一切目指しません。高い目標を持ちすぎると、選手というものはうまくいかない。1日1日、地味な練習を積み重ねて、何げない試合、何げない1日を過ごして勝ちました。勝った、勝った、勝った、勝った。それで9月あたりに優勝争いをしてたら」

 という「地道な努力意外に近道はない」という非常に論理的な意見や、

「球団からは、10年契約を結んでほしいと言われていたんだけど、僕1年契約ずつなんで。複数年契約をすると甘えが出てくるので、いいものはひとつもないんですよ。だから1年契約しようと」

 と、背水の陣での覚悟を語っていたのだ。

「“できたら試合中にインスタライブとかさせてもらったら最高かな”というアイデアや、“チームに投手3人、野手4人のタレントを作り上げていけば、楽しいチームになる”という発言、ツイッターでの《ファンが選ぶスタメン試合を検討しています》などなど、すでに多くの新庄語録が登場しています。一見すると荒唐無稽な発言の数々ですが、新庄監督の発言は一貫して、“プロ野球を楽しいショービジネスにする”“逃げ道を作らない”という強い意志が感じ取れるんです」(前同)

■思い出す3年前の金言の数々

 実際にこの会見を報じた『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日系)で元プロ野球選手の長嶋一茂(55)は、

「今の野球は、ただ勝てばいいっていう時代ではなくて、勝ってなおかつ何かエンターテインメント的なものを要求するっていうのが今のファン心理じゃないですか」「ファンの人たちが共感できたりエンターテインメント性を感じられるものを目指すのかな」

 と理解を示したうえで、敵になるのは「野球に対する既成概念をもった古参な人たち」と分析している。

「日ハムが札幌に移転したばかりで、パ・リーグが“パッとしないリーグ”とさえ呼ばれた冬の時代の2004年に、“札幌ドームを満員にする”“チームを日本一にする”と所信表明。どちらも達成した新庄ですが、今回も“僕が帰ってきたからにはコロナはなくなり球場は満員になります”と豪語していました。

 実は、こうした新庄の発言のルーツは、3年前の週刊大衆のインタビューで、明らかになっていたんですよ」(専門誌記者)

 たとえば、試合を盛り上げる要素である「因縁の対決」について。

 新庄は阪神タイガース時代の恩師で、日ハムの選手時代には、同じパ・リーグの楽天イーグルスを率いていた野村克也監督との不仲で有名だったが、実際のところについて、次のように語っていた。

《日ハム時代は楽天の監督だった野村さんと“仲悪く見せましょう”って話していた。パ・リーグを盛り上げるために、いつも2人でケンカして、マスコミを使って舌戦をどんどんやろうと。そんなことを、2人で食事をしながらミーティングしていましたね。僕が何か思いついて野村さんを食事に誘うと、“分かった”って来てくれるんですよ。そうやってパ・リーグを盛り上げて、日ハムは日本一にもなった 》

 新庄のパフォーマンスが、日ハムだけでなく、パ・リーグ全体に影響を与えていたのだ。結果的に、「パ・リーグが不人気」という風潮は消え、12球団の動員が増加するという状況に。

「また、かつて野村監督が楽天イーグルスを盛り上げるため“新庄に大金出して、日ハムから奪い取れ”と指令を出した際に、野村監督とも仲が良かったものの、直感で、『オーラの泉』(テレビ朝日系)で共演した際の美輪明宏(86)の《あなたは離婚する》《野村さんに気をつけて》《日本ハム、優勝するわよ》という言葉を信じて移籍に応じなかったことがありましたが、この直感力も、現在に通じるものがあります」(前同)

■直感を信じて監督に?

 新庄監督は野球を完全に引退し、私生活で詐欺に合いつつもバリで自由な日々を過ごしていたが、「脚光を浴びたくなった」という衝動に駆られ、周囲に無茶だと言われながらも、20年12月のトライアウトに向けて活動し始めた結果、トライアウト前に日ハムから「いつかまた会える日を楽しみにしています」というメールが届いた。このメールを「選手へのオファー」と考えた新庄だったが、結局復帰は叶わなかった。

 しかし、「必ず何かあると自分で勝手に信じて、1年間12球団2軍の選手のプレーを一生懸命自分で勝手に勉強」した結果、今年10月12日に監督のオファーが舞い込んできたという。

 これについても、前述のインタビューで新庄監督は、

《メジャーから戻ってくるとき、3球団から誘いがあったんですけど、そこで日ハムを選んだのは、僕の“先を読む直感”あってこそだったのかなと思うんですよね。僕ね、何かを引き寄せちゃうところがあるのか、“明日、地震来ますよ”って言うと、100%当たるんです。これまで予言した次の日には、必ず地震が来てる。ヤバいでしょ(笑)? “9・11”のときには、前日に(テロの被害を受けた)ツインタワーにいましたし、バリに移住したら火山が噴火しましたからね。

 ただ、周囲に危ないことが起こっても、僕は絶対大丈夫なんです。だから一緒にいたら安全ですよ。日ハム時代、飛行機移動のときには、他の選手たちが“新庄さん、いる?”って毎回、確認してましたもん。僕が乗っていると飛行機が落ちないって知っているから》

 まさに、この「先を読む直感」が生きた結果だろう。

■清原の望みがある意味で叶った

「そんな新庄監督は、過去に“交通事故に8回遭っているんですけど、事故のたびにアタマが良くなったと思うんですよね。普通の人とアイデアが変わってきたというのかな、他の人の答えを聞いていると、あまりのレベルの低さに、びっくりしますもん”と話していましたが、監督に就任したことで改めて選手にインプットしてもらうため、“自分の考えを、本にして渡そうかな”と今回の会見で話していました」(専門誌記者)

 新庄の本といえば、18年に自叙伝『わいたこら。』(学研プラス)を上梓しているが、新庄は清原和博氏(53)の『告白』(文藝春秋)を引き合いに、

《アレには勝たなきゃいけないね。やっぱり野球じゃかなわなかったから、本では大先輩の清原さんに勝ちたい》《僕からしたら、清原さんはスーパースター……っていうか、もうムービースターですよ(笑)。僕は誰と会っても緊張しないんですが、清原さんクラスになると話は別。それぐらいスゴイ存在です》

 と、語っていたことがある。

《雑誌では仲がいいとか書かれたりしますけど、清原さんの電話番号も知らないし、飲みに行ったこともない》

 と恐縮していた新庄監督だったが、昨年12月に行われた『清原和博による野球教室 西東京市軟式野球連盟少年部 野球教室』で、12球団合同トライアウトに参加していた新庄監督について、清原はこう語っていた。

「新庄君は華がありますし、見た目と違って野球に対する姿勢は素晴らしいものがあると思うので、是非頑張って欲しいなと思います。僕の願いとしては受かって欲しいですし、今低迷している野球界にスパイス的な存在として新庄君がプロ野球に入ってくれると違う意味で、プロ野球が盛り上がるんじゃないかなと思います」

 清原も期待していたプロ復帰が思わぬ形で叶ったビッグボス新庄。来季の日ハム戦は、連日満員になること間違いなし!?

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  • 11/6 7:30
  • 日刊大衆

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