男はなぜ“危険な女”に手が伸びてしまうのか? 万田邦敏監督が描く恋愛奇談『愛のまなざしを』

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 映画という虚構世界では、“狂った女”はとても美しい存在としてスクリーンに映し出される。万田邦敏監督の恋愛サスペンス『接吻』(08)は、狂気によって研ぎ澄まされた小池栄子の美しさが脳裏に焼き付く映画だった。同じく万田監督が撮り、仲村トオル、杉野希妃、斎藤工が共演した『愛のまなざしを』も、常軌を逸した恋愛の行末が描かれている。

 万田監督の待望の新作『愛のまなざしを』は、小さな精神科病院が舞台だ。日常生活からはみ出した“狂った女”を描くには、これ以上はない設定だろう。患者に対して誠実なカウンセリングを行なうことで評判の精神科医・滝沢貴志(仲村トオル)の診察室に、綾子(杉野希妃)が現れる。綾子は交際相手からモラハラを受けており、精神状態が不安定になっていた。交際相手とは距離を置き、生活環境を整えることを勧める貴志を、綾子はすっかり信頼する。元気になっても、貴志に会うために綾子は病院に通い続ける。

 患者の前では明るく振る舞っている貴志だが、実は6年前に妻の薫(中村ゆり)を亡くし、そのことがトラウマとなっていた。薫の面影が忘れられず、貴志は精神安定剤が手放せない状態だった。たまたま夜の病院に立ち寄った綾子は貴志の苦悩を知り、自分たちは似た者同士だと迫る。「患者とは付き合うことはできない」と拒む貴志だったが、綾子は「患者じゃなければいいんでしょう?」とすでに心の病から回復していると主張する。

 綾子は両親を早くに亡くし、ずっと孤独だったという。さらに、自分を引き取った叔父とその息子から性的虐待を受けていたという衝撃の過去も打ち明ける。「彼女を守ってやれるのは自分しかいない」と貴志は思い込み、綾子と再婚することを決意する。だが、綾子の口から出てくる言葉は、どれも嘘だらけだった。

 男の関心を惹くために平気で嘘をつく女。こんな女に手を出したら危ないと分かっていながらも、男はどうしようもなく引き寄せられてしまう。貴志もまた、困っている人を放っておくことができないという職業的な使命感もあって、綾子にかまってしまう。綾子と付き合うことで、亡くなった妻・薫を忘れられるかもしれないとも考えたのだろう。いわば「共依存」関係に陥った貴志と綾子が破滅的な恋愛地獄へと転がり落ちていく一部始終を、観客は目撃することになる。

 それまで精神科に通う患者だった綾子だが、貴志の再婚相手という立場を手に入れ、病院のスタッフとして受付業務を行なうようになる。病院で長年働く池田(片桐はいり)が受付にはいるが、2人並んで来院者の対応をすることに。インディーズ映画界のミューズと呼ばれる杉野希妃と個性派女優の片桐はいりが受付に並んで座る、おかしなひとコマだ。患者が医者のふりをする古典的な「病院コント」を思わせるが、治療する側とされる側、欲情を燃やす側と燃やされる側の立場が逆転していくこの物語を象徴するようなシーンでもある。

 映画プロデューサーや監督としても活躍する杉野希妃は、本作では尋常ではないフェロモンを全身から放っている。『禁忌』(14)や『雪女』(16)のような濡れ場こそないが、これまで以上に杉野がエロティックに感じられる。そして、杉野が演じる綾子はとても欲張りな女だ。精神科医の貴志を手に入れただけでは満足できず、貴志の義理の弟・茂(斎藤工)にまで近づく。

 茂は、貴志の亡くなった妻・薫の弟で、姉が死んだ原因は貴志にあると考えている。貴志のことを憎む茂に「復讐したいんでしょ?」と言い寄る綾子だった。綾子と茂が男女の関係を結べば、貴志は過去の出来事ではなく目の前の現実に苦しむことになる。綾子はとことん恐ろしい女だ。

 綾子は平気で嘘をつくが、ずっと孤独だったというのは事実だ。家族から愛されず、学校にも友達はいなかった。だから、自分の経歴を偽って男に近づき、恋愛関係にあることに自分の居場所を見つけていた。恋人にかまってもらうために、さらに嘘を重ねる。そして相手の心を傷つけるだけでなく、綾子自身も血まみれになってしまう。それでも、愛する人から自分を忘れられてしまうことを綾子は極端に恐れている。

 立教大学時代に黒沢清監督と同じ自主映画制作サークルにいた万田監督が、万田珠実夫人との共同作業による脚本で恋愛映画を撮るのは、長編デビュー作『UNloved』(01)、『接吻』に続いて3作目となる。『UNloved』のヒロイン・光子(森口瑤子)は青年実業家(仲村トオル)から求婚されながらも、貧乏なフリーターと交際するようになる。『接吻』の京子(小池栄子)は弁護士(仲村トオル)の反対を振り切って、連続殺人犯(豊川悦司)と獄中結婚する。万田作品の仲村トオルは、いつも悲惨な目に遭う。

 一般社会の価値観を無視して、己の恋愛道を貫く女たち。たとえ、その道が修羅の道だと分かっていても。万田作品のヒロインたちのことを「恋愛極道」と呼びたい。恋愛極道とは実生活ではお近づきになりたくないが、スクリーンに映し出される彼女たちは格別な美しさを放っている。

 本作の英題は『Love Mooning』となっている。「mooning」には月光を浴びてボーッとしてしまうこと、お尻を丸出しにして相手を挑発する行為などの意味がある。綾子に挑発され続けた貴志は、誠実な精神科医だったはずが完全崩壊するはめになる。さらに茂の思惑も絡み、貴志、綾子、茂の関係は知恵の輪のように複雑に絡まっていく。どうすれば、この難解な知恵の輪をほどくことができるのだろうか。

 万田監督は本作のラストをどうするかを決めずに、撮影を進めたそうだ。愛することに本気で悩み続ける主人公たちをカメラで追い続けるうちに、「救い」のあるラストを用意することにしたという。その結果、決定稿とは真逆の結末となった。ただし、「救い」と言っても安易なハッピーエンドでは収まっていない。常人には理解しがたい着地点となっている。

 平凡な幸せであっても、それを手に入れるのは容易ではない。仮に、その幸せをようやく手に入れても、その幸せがいつか壊れてしまうのではないかという不安に今度は怯えることになる。薬物の過剰摂取と同じくらい、恋愛への過剰な依存は恐ろしい結果を招いてしまう。

 しかし、堕ちていく恋愛にブレーキを掛けることも、また難しい。その上、綾子はブレーキどころか、アクセル全開で迫ってくる。本作はどこまでも恋人に一途な女の歪んだ純愛を描いた恋愛奇談だ。狂った女のまなざしが忘れられない。

 

『愛のまなざしを』
監督/万田邦敏 脚本/万田珠実、万田邦敏
出演/仲村トオル、杉野希妃、斎藤工、中村ゆり、藤原大祐、万田祐介、松林うらら、ベンガル、森口瑤子、片桐はいり
配給/イオンエンターテイメント、朝日新聞社、和エンタテインメント 11月12日(金)より渋谷ユーロスペース、池袋シネマ・ロサ、キネカ大森、イオンシネマほか全国順次公開
©Love Mooning Film Partners
https://aimana-movie.com

  • 11/5 18:00
  • サイゾー

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