年上との恋愛に疲れた33歳独身女。食事会で出会った男に意外な対応をされてしまい…
女にとって、経験豊富な年上男性は魅力的に映る。
だが、その魅力ゆえこだわりの強いタイプが多く、女は年を重ねていくうちに気づくのだ。
― 頑張って彼に合わせるの、もうしんどい…。
年上ばかり選んできた女が、自然体でいられる相手は一体どんなタイプの男なのだろうか?
これは、アラサー独身女がこれまでの恋愛観をアップデートする物語。
― うわ、肌が真っ赤!海の上って、こんなに日差しが強いんだ…。
クルーザーに揺られて東京湾のど真ん中にいる私は、必死になって日陰を探していた。
Aラインのマキシ丈ワンピースから露出した肩や背中もジンジンして、ちょっとしたヤケド状態だ。
麦わら帽子も、SPF50の日焼け止めも、初夏のギラギラとした日差しと海面の照り返しの前ではまったく役に立たない。
東京ゲートブリッジの近くを通り過ぎたばかりの船のデッキでは、このクルーザーの所有者でありIT関連会社社長の尊と、経営者の先輩たちが盛り上がっている。
釣りをしたり、シャンパンを飲んだり、とても楽しそうだ。
その輪の中心にいる尊は、40歳。私は33歳なので年上の彼氏だ。友達の紹介で知り合い、付き合って半年がたつ。
「次の休みは久しぶりにクルーザーを出すから、多佳子もおいで!僕がお世話になっている先輩たちに紹介するよ」
多趣味で仕事もバリバリこなす理想の彼氏が、そう提案をしてきてくれた。私は、2人の関係がオフィシャルなものになることを誇らしく思った。だから、気合を入れていろいろ準備してきたつもりだ。
ところが、いざ仕事の話に熱が入りだすと、私はすっかり蚊帳の外。
仕方ないか、と火照った体をクールダウンさせるために、クルーザーのデッキから客室に引っ込んだとき。
誰かが、後ろから肩を強くつかんできたのだ。
多佳子の背後に迫る人物とは…?
「痛いっ…!」
日焼けで痛む肩をつかまれ、反射的に眉間にシワを寄せてしまった。
― まずい、嫌な顔をしちゃった!
やって来たのは尊だった。私のしかめっ面に驚いたのか、パッと手を離す。
「ご、ごめん。あのさ、もう少しみんなに気を使うことってできない?じゃないと、多佳子を連れてきた意味がないんだよなあ…」
こめかみの辺りを指でかきながら、ため息まじりに吐き捨てた。
尊からの思いもよらない言葉。それと怪訝そうな態度に、我慢を忘れて強気な性格が出てしまう。
「尊。それってどういう意味?私、ちゃんとしてるよね?」
「あーもう、揚げ足を取らないでよ。とりあえず、デッキに戻ってきて」
― えっ、揚げ足って?あと「私を連れてきた意味がない」ってどういうこと…。
私は、黙っていると話しかけにくいとよく言われるので、いつもの何倍も愛想よく接し、場の空気も和んだと思う。
それに普段は、テレビ局の報道部で取材記者として働いているので、時事ネタには詳しい自信がある。
今日は経営者の集まりで尊に恥をかかせないために、経済新聞を読んだり、海外のニュースを見たり、いろいろ勉強してきた。
職業柄、話題に事欠くことはないけれど、万全を期してきたのだ。
品よく見えるように新調したワンピースは7万円。前日には美容室で念入りなトリートメントをしてもらっている。見た目にも、もちろん気を使ってきたつもりだ。
それなのに「もっと気を使え」という尊の言葉に、いら立ちが静まらない。そんな気持ちのまま、渋々炎天下のデッキに戻ったのだった。
すると、あろうことか尊は私に軽食の準備や、飲み物のお代わりなど“接客”のすべてを任せてくるではないか。これでは、彼女じゃなくてまるでウェイトレスだ。
「多佳子さんも少しは休んで!倒れちゃうよ」
「あ、ありがとうございます…」
参加者の1人が気を使ってそう言ってくれたのは、クルーズが終わる30分前。おかげで、フラフラする体を休めることができたけれど、気分は最悪だった。
汗と海水のしぶきで体中がベトベト。日焼け止めがすっかり落ちた肌は、赤くみみず腫れになっているところもあってかなり痛む。
だけど、それ以上に不快だったのは、みんなが帰ったあとの尊の言葉だった。
「多佳子はもっと柔軟な人だと思ってたよ。途中からブスッとしてたでしょう?あの態度はないと思う」
疲れのあまり、何も言い返すことができない私は、ボロボロの姿でただ呆然と立ち尽くしていた。
― 何か、涙が出そう。
目元にそっと手を添える。すると、黒いマスカラがベタッとついて、泣く前からメイクが崩れていたのだとわかった。
◆
彼から別れを告げられたのは、それから数日後のこと。
1通のLINEで2人の関係はあっけなく幕を閉じた。
『ごめん、別れよう。先日のクルージングで、僕たちの合わないところがいろいろと見えてしまって』
この一件で、尊はホスピタリティあふれる、気の利く女性を求めていることがよくわかった。そう、嫌な顔ひとつせず口ごたえもしないような、私とは正反対の女性のことだ。
― 付き合った最初のころは、頑張ったんだけどなあ。
やっぱり、気を使いすぎる相手と付き合うのはしんどい。
今思えば、人生経験豊富な頼れる年上の男性ばかりを恋愛対象にしてきた。元カレは、弁護士や商社勤務、尊のように起業して、社会的地位が高くバリバリ働く人が多かった。
私が年上の男性を選ぶ理由は、経験豊富な彼と一緒にいることで、自分もちょっと素敵な女性になれたような気がするから。
実際に、私が知らない世界を覗かせてもらうことで、成長できた部分もあると思う。彼氏のクルーザーで東京湾を一周だなんていうのも、まさにそうだ。
けれど、そのような男性はこだわりも強い。女性に対する理想や、求めるものもハッキリとしていることが多いのだ。
そこに当てはまらないとわかると、彼らはバッサリと容赦なく切り捨てる。相手のステイタスに惹かれて無理をしてきた私は、これまで散々の失敗をしてきた。
気がつけば、今年で33歳。完全に恋愛迷子だ。できれば、一生を捧げられる相手と“本当の恋”をしてみたい。
もう私には仕事しかないのかもしれない。そう意気込んだ矢先、思いもよらぬ辞令が下りたのだった。
恋に迷子の多佳子。そこで“思いもよらぬ辞令”とは…?
<8月1日付をもってスポーツ部勤務を命じます>
私の新たな配属先は、スポーツ部らしい。スポーツに関わったのは、高校の体育の授業が最後だ。
― スポーツ部って、ちょっと畑が違うっていうか。みんな体育会系なんでしょ?どうして私が…。
ゴリゴリの体育会系部員たちとうまくやっていけるのか。勝手な想像に不安になりながら、異動初日を迎えた。
「宇佐美多佳子です。よろしくお願いします」
部員たちに挨拶をして驚いたのは、とにかく服装がラフであること。男性部員のほとんどはTシャツにチノパン、スニーカーだ。
「あー、宇佐美さんね!どうも」
返事までカジュアルだ。数少ない女性部員はというと…。
「お、来たね!多佳子、今日からよろしくね」
「あー!美智子!そっか、美智子もスポーツ部だったね」
美智子は同期入社で、今でもよく飲みに行く気が置けない友達。彼女がスポーツ部にいることだけが、せめてもの救いだ。
早速、ランチがてら仕事を教えてもらおうと外に出たのだが、店に到着するやいなや最近別れた尊との話になってしまった。
「あのさ、多佳子は選ぶ相手を変えたほうがいいよ!だって、今までの彼氏って多佳子には全然合わなかったじゃない」
「相変わらずハッキリ言うよねー!じゃあ、美智子はどんな相手が私に合うと思う?」
「多佳子には年下!ハキハキ物を言うし、意外と引っ張っていくほうが合ってると思うんだよね。今週末、ちょうどいいメンバーで食事会があるから参加決定ね」
― 年下!?これまで考えたこともなかった。絶対に合わないでしょ…。
楽しそうに話す美智子を横目に、私は年下の男性とデートをする自分の姿を想像できずにいた。
◆
食事会の日がやってきた。美智子と一緒に、目黒にあるイタリアンレストラン『リナシメント』へ向かうと、2人の男性が先に到着していた。
「お久しぶりです、美智子さん」
彼は20代半ばくらいだろうか。そして、もう1人の男性に視線を向けてギョッとした。
― ちょっと待って!私のことすっごくにらんでない?
私の正面に座る男性は、どうやらひどく機嫌が悪いようだ。だが態度とは正反対に、肌はツヤツヤでエネルギッシュなオーラに満ちている。
多佳子はひるまずに彼をじっと見る。そう、彼はどう見ても……“あの人”だよね?
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食事会で出会った彼の、驚きの正体とは…!?