世帯年収3,600万でも、”下っ端”の暮らし…。億ションに住む夫妻のリアル
年収が上がるのに比例して、私たちはシアワセになれるのだろうか―?
これを語るうえで知っておきたいのが「限界効用逓減の法則」。
消費される財の数量が増加するにつれて、その追加分から得られる満足感は次第に減少するという意味の経済用語だ。
年収も実は、それと同じだと言われている。
幸福度が最も高い年収は800万円(世帯年収1,600万円)までは満足度が上がっていくが、その後はゆるやかに逓減するという調査があるのだ。
では実際のところ、どうなのか?
代々木上原在住、外資系IT企業で働くケンタ(41)と日系金融機関で働く奈美(39)のリアルな生活を見てみよう。
これは、世帯年収3,600万円の夫婦の“シアワセ”探しの物語だ。
vol.1 世帯年収3,600万でも、代々木上原では“下っ端”という現実
「あー、家が狭いから、奈美の声がうるさくてしょうがない。だいたい今どき電話で連絡なんて!これだからドメは!」
夫婦そろってリモートワークを行う自宅マンションで、米国育ちの夫・ケンタの怒声が響いた。
「ごめんなさい。気をつけるね」
即座に謝ると同時に、多くの言葉を飲み込む。
たしかに今の会社に転職する前は“軍隊”と揶揄される証券会社にいたせいか、奈美の電話の声は大きい。
― でもケンタだって会議の声うるさいのに…。 だいだいそっちは書斎があるけど、こっちはリビングで仕事してるんだからね。
今奈美が座る、お気に入りのエスティック フォルマックスのダイニングセットは、家族で食事を取るには申し分ないが、長時間仕事をするには適していない。
― …ここは逃げよう。
仕事と3歳の息子の子育てを両立する日々のなか、夫と口論して疲弊する余裕は1ミリもない。
「ランチ買いに『sio』に行ってくるね!」
イラつきを悟られぬよう、明るく声をかけて、家を出ることにした。
― はぁ…。ここに引っ越してから、怒ってばかりなんだから。
世帯年収は3,600万円で、子どもは1人。代々木上原の億ションに在住して、ベンツを保有。趣味はゴルフと海外旅行。
…けれど決して勝ち組とは思えない。日々の生活は、思い描いていた幸福からはほど遠いのだ。
この街で、日々幸せを感じて生きている人は、一体どのくらいいるのだろうか?
予算1億円ではマンションは買えない・・・。
―3年前―
「予算はいくらにするの?」
新築マンションのギャラリーへ向かいながら、ケンタに尋ねた。
「俺たちも結構稼げるようになってきたし、1億円はいけるでしょ!?」
息子・翔平の誕生を機に、3LDKに住み替えると張り切っているケンタは明るく答えた。
ケンタとは、遡ること10年前、恵比寿の『TOOTH TOOTH TOKYO』で開催された食事会で出会った。
奈美は金融という業種柄、日頃からパリっとしたスーツ姿の男性に囲まれている。だからパーカーにデニム、スニーカーという出で立ちで現れたケンタの姿がかなり奇異に映り、絶対に恋愛対象にはならない、というのが第一印象だった。
しかしお互いホラー映画とゴルフが好きですぐに意気投合し、気がつけば交際半年余りで結婚。
婚約指輪にヴァン クリーフ&アーペルをリクエストしたところ、「同じ予算でもっと大きい石が買えるから」と、日帰りで香港まで買いに行ってくれた。
奈美には考えもつかない行動力があるケンタのおかげで、結婚生活は楽しく過ごせている。
― 出会った頃は億ションを購入できるような年収ではなかったけど、お互い頑張ったんだな…。
結婚当初は、家賃20万円の1LDKの賃貸からスタートして、今は7,000万円台の2LDKの分譲、そしてついに億ション購入。
ケンタは激務に耐えて昇進し、奈美も転職して役職付に。出会った当初から世帯年収は倍近くになったのだ。
奈美が感慨に浸っていると、目的地に着いた。
「原田様、お待ちしておりました」
ギャラリーでは、若手営業マンが仰々しく出迎える。
「渋谷区の中でも松濤・南平台・大山町は別格ですよ!ただ、原田様がご所望されている3LDKですと、ご予算の1億円を大幅に上回ることになりますが…」
― この子きっと「時間の無駄だからさっさと帰れ」って思ってる。
ケンタの顔色を窺う若手営業マンの様子を見て、そう感じた。
「大丈夫です、買います。今ここから歩いて5分の2LDKに住んでるんですが、売却して住み替えます」
いとも簡単にケンタは購入を決め、戸惑い気味の営業マンに見送られながら、早々にギャラリーを後にした。
「あっさり予算オーバーの億ション買っちゃったけど、大丈夫なの?」
帰り道、ケンタに問いかけた。
「1億でも買えないなんて、正直落ち込んだわ。でも、住宅ローン減税を考慮すれば、あの値段でも賃貸より購入する方が得策かなって。今の家を売れば、それなりに頭金も用意できるし。
それに、家族みんなが幸せに暮らせるなら、十分払う価値があるでしょ?1年後の完成が楽しみだな!」
― 家族の幸せのための対価か、早く復職して頑張らないと。
抱っこ紐の中で眠る息子・翔平の寝顔を見つめながら、奈美は明るい未来への期待に胸を膨らませていた。
億ションに住んでも幸せにはなれない現実
子どもが誕生し、億ションに住み替えたものの…
「はー、やっぱりこの景色、大好きだな」
井の頭通りを歩きながら、奈美は独り言とともに大きな伸びをした。
今住んでいるマンションは、代々木上原駅から徒歩圏内、東京ジャーミイや井の頭通りの並木道が見える景観が気に入っている。
代々木上原は、都心でありながら閑静で緑豊か、人気のレストランも軒を連ねており、一度住んでしまうと抜け出せくなる不思議な魅力がある。
広尾に住んでいたケンタを引き込み、かれこれ10年。
住人が出ていかないので、マンションは賃貸・分譲共に常に供給不足が続く。そのため迷う暇もなく、今回の住み替えを決めることとなったのだ。
「ただいま!ケンタ、一緒にバインミー食べよう」
「ありがとう。ここのバインミーは最高だよな」
書斎から出て、リビングのダイニングチェアーに腰かけたケンタの機嫌は直っているようだ。
― よかった。
安堵したのもつかの間、ケンタが口を開いた。
「さっきの話の続きだけど、やっぱりこの家狭すぎるわ。住んでみてわかったけど、最低でも100平米はないと俺は無理!」
予算1億円を大幅にオーバーしたが、今住むマンションの広さは70平米余り。引っ越し当初はそれなりに満足して住んでいたものの、アメリカ暮らしが長かった彼の気持ちは長く続かなかったようだ。
「また買い替える?今は俺しかローン組んでないけど、奈美も組めばもっと広い家買えるんじゃない?金融機関勤めなら信用力あるだろうし」
「えっ!また?まだ住んで2年だし、前のマンションも結局2年で売却したのに?」
新築マンションのギャラリーで若手営業マンは、奈美たちの世帯年収であれば予算2億円で検討する人も多いと言っていた。果たして本当なのだろうか?
高額物件を購入すれば、諸経費・税金も更に高くなる。一方で、車、海外旅行、外食にお金を使いたい、息子の教育費や老後の生活費も貯めないと…と考えると、現実的ではないだろう。
「それか、住むエリアを変えるかだな。だいたい奈美は何でそんなに代々木上原にこだわるわけ?」
「だって、好きなんだもん…」
「俺ももちろん上原は最高って思うけど、奈美だってわかってるだろ?サラリーマンがどんなに頑張ったところで、ここでは下っ端の暮らししかできないの」
そう言い捨てると、デロンギで淹れたコーヒーを片手にケンタは書斎へと戻っていった。
近所に住むのは先祖代々のお金持ちや、政財界の著名人。ケンタの放った言葉は、まさに奈美が目を背けてきた現実だ。
― この先どうなるんだろう、引っ越し?でも、どこに…?
ベランダに出ると眼下には、新緑の並木道と高架上を通り過ぎる小田急線が見える。
― 参宮橋とか…?職場がある二重橋前まで一本で行けなくなるのキツいな…。それか、思い切って鎌倉とか?ケンタの周りで引っ越してる人多いって言ってたし…。
2人で努力して築いた、今の暮らし。
でも世帯年収は倍近くになっても、幸福度は倍にはならないという現実に茫然としてしまう。
そしてこの「今のマンションが狭い」という不満を発端に、2人の前にさまざまな困難が襲いかかるのだった。
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次週、年間300万円以上の住民税を納めても、認可の保育園には入れないという実情。