港区のタワマンで繰り広げられるマウンティング。嫉妬に狂った女が、ライバルの部屋を漁り…

秋七夜「姉妹格差」


「嘘でしょ!?梢…こんなホテルみたいな部屋に住んでるの?東京タワー見えてるし、ていうか窓が床から天井まであるんだけど…」

双子の妹・梢が結婚と同時に地元・福岡を離れ、上京してきたのは半年前だった。

「梢が東京人と結婚するなんて、私のことが羨ましくなったのかなあ」

21歳のとき東京に来て2年。すっかり東京の生活に馴染んでいた私は、余裕の笑みを浮かべながら梢のことを見ていた。

「ホテルじゃなくて、古い洋館で結婚式をする」と梢から聞いたときは、お金持ちのところにお嫁にいくと聞いたけれど大したことないんだなあ、と思ったりもした。

しかし、梢の結婚式の前日『ホテルオークラ』の部屋を私に用意してくれたとき。会員制の『綱町三井倶楽部』というスゴい場所で催された結婚式に出席したとき。

東京のお金持ちの生活というのは、同じ東京に住む私の生活とはまったく違うことに気がついた。

そしてトドメは、この新居。

42階という途方もない高さで、東京タワーや六本木ヒルズが一望できる、ドラマに出てくるような場所に梢が住むなんて。

「でも、ちょっと狭いよ、これで2億5千万なんて東京って高いよね。いずれは成城の一軒家に住むことになるから、芳樹さんが、新婚時代はこういうところに住みたいって。咲月もこの近くに引っ越して来たら?」

梢は、ディズニー映画に出てくるような白いポットで紅茶をいれながら、困ったように笑う。

芳樹さんに合わせているのか、いつのまにか東京のイントネーションで話す梢に「それもいいわね」とモヤモヤしながら返した私。

私が抱いたモヤモヤした感情の正体が、“激しい嫉妬”だと気がついたのは、足立区綾瀬にある自分のアパートで、布団に入ってからだった。

港区と足立区に住む双子姉妹の運命は、やがて奇妙な方向に…?

港区マダムという仮面


私たちは、地元の福岡では、やんちゃ姉妹で通っていた。

なんせ私と梢は美人で有名だったから、ちょっとイキがった男の子が寄ってくる。田舎の美人にワルい彼氏はつきものだ。

そんなわけで、私たちはちやほやされながらバカ高校で楽しい青春時代を過ごした。当然勉強なんてするはずもなく、高卒でフリーターになった。


親も娘たちの進路に大して関心がなく、「せっせとバイトして、さっさとお嫁に行きなさい。女は結婚で人生変わるからね」と言う程度。

私は、先輩に口をきいてもらって、中洲で夜のアルバイトをしてみたが、すぐに飽きてしまった。

それで叔母が住んでいるから安心、と周りを言いくるめて21歳のときに東京行きを決めた。『夜の仕事なら、東京にもたくさんあるに違いない』当時は、そんな浅はかな考えしかなかった。

そして、東京に出てきてから1年後、22歳のときに、アルバイトしていた六本木のお店で出会った男性と、私は結婚した。

大手の引っ越し屋さんで働いている夫の給料は、思いのほかよかったから、結婚を機に私は夜の仕事を辞めた。

2人で住み始めた綾瀬にある2LDKの賃貸マンションは、とても快適だった。

床はぴかぴかのフローリングで、エレベーターもついている。古い実家とは大違い。

実際、私が結婚してから1度だけ福岡から遊びに来た梢は、目を丸くしていた。「東京でこんなところに住んでるなんて、咲月すごいねえ」と言っていたのは、本心だろう。

梢はといえば、同じように高校を出たあと、私と同じように地元でプラプラしていた。

しかし、20歳のときに昼間は時給の安いカフェで働きながら、いきなり通信教育で保育士の資格を取るため勉強を始めたのだ。

この話を聞いたときは、かなり驚いた。ドライなところがある梢が忙しいカフェで働くのも意外だったし、子ども好きだなんて話を聞いたことがなかったから。

「え~、保育士の資格があったら、何かと便利かなって思って」と梢は笑っていた。何を考えているのかわからないところが、昔から彼女にはある。

その後、梢は、近所の保育園でアルバイトとして働き始めたが、そのころ、私はすでに上京していた。

そして1年が経ったころ、「お食事会で彼氏ができた」と梢が報告してきた。

なんでも保育士仲間のお嬢様に頼んで紹介してもらった、司法修習生なるもので東京から来たエリートくんだという。

「そんなの東京に戻るときに捨てられる、現地妻みたいなもんよ」と、私は意地悪く笑った。

当然だ、未来の弁護士が田舎のギャルもどきと本気で付き合うわけがない。

ところが、梢と司法修習生だった芳樹さんは婚約した。

「新郎の芳樹さんは、福岡修習時代に、地元福岡で保育士をしていた新婦の梢さんに出会い…」と結婚式で上品な司会者が2人の馴れ初めを説明していたとき、私は猛烈に違和感を感じた。

しかし今、東京タワーの見えるタワーマンションに住む梢と、足立区のアパートに住む私の境遇は、あまりにも違う。

弁護士であり、実家は大地主の芳樹さんは、夫として理想的に見える。

私の夫はすでに浮気をしているのが分かっていたから、自分のことが余計にみじめに思えた。

― ここにはあまり来ないようにしよう。

梢の新居を訪れた夜、私は沈んだ気持ちで心に決めた。

…しかし実際は、梢がそうはさせてくれなかったのである。

梢の意外すぎる行動に、当惑する咲月。果たして梢の真意とは?

予定通り


「ねえ咲月、今度マンションのラウンジで仲良くなった奥さんがね、カルトナージュを教えてくれるんですって。一緒に行かない?」

「え?カルト…?ってなに?」

梢が結婚して1年。私たちは24歳になっていた。生活が落ち着いてきて、梢は暇になったのか、何かにつけて私を誘ってくる。

セレブ妻友の自宅セミナー。再現性のないお料理教室に、何の役に立つのかさっぱりわからないお皿の絵付け会など。

梢は、保育士になる前のギャル時代が嘘のように、コンサバな若奥様に擬態していた。


最初は物珍しさもあり、一緒に同行していたのだが…。

梢の周りには私のように髪にカラーメッシュが入っている人はいなかったし、洋服の趣味も合わなかった。それに1人5,000円以上もするランチの話やハワイにある別荘や子どものお受験話など、会話もまったく噛み合わない。

居心地が悪くて、自然と足が遠のいていく。

しかし、その日は「誘ったお友達がドタキャンで、咲月はタダでいいし、お土産ももらえるから」と懇願され、しぶしぶ梢のマンションに足を運んだ。

「咲月、そんな髪の色にしちゃったの?いつから?…ちょっと、品がなさ過ぎて連れていけないわ」

梢のマンションの玄関ドアを開けるや否や、彼女は大袈裟に眉をひそめた。

2日前にアッシュブラウンと金色の中間くらいに染めた髪が、気に入らないようだ。

「え、だめ?デニムはダメっていうから、ワイドパンツにしてきたよ…」

「困るのよ。私と同じような顔なのに、姉妹で雰囲気がずいぶん違うと。“お姉ちゃんは、下手な結婚したのねえ”って思われるわよ」

私は絶句した。

「会場はこのタワーマンションのパーティールームだから、上に行くだけなんだけど…。その髪じゃ恥ずかしいから、今日はチロとお留守番してくれる?」

梢に悪気はないのか、支度を済ませると飼い犬のチワワを押し付けて、部屋を出ていった。

あとには、クンクンと私を嗅ぎまわるチロと、澱のように真っ黒い感情だけが残された。

私は、ゆっくりと、奇妙に生活感のない豪華な部屋を見回した。



3ヶ月後。

留守番させられた日から連絡を絶っていたから、梢と会うのは久しぶりだった。今日は、私が梢を近所のカフェに呼び出した。

「咲月、ずっと既読スルーだから心配したじゃない。どうしたの、何かあったの?」

「梢のご自慢のご主人、芳樹さん。浮気しているわよ」

梢が着席した途端、私は得意げに言い放ち、カフェテーブルの上に、似つかわしくない「証拠写真」をばらまいて見せた。

「…これ、誰かに頼んだの?」

「昔働いていたガールズバーの男の子に、探偵事務所でバイトしている子がいて、友達のよしみで頼んだの。おあいにくさまね。セレブ妻の座を掴んだのに、結婚して1年ちょっとで浮気されるなんて。

いくらお金があったってダメだよ。だいたいこの浮気相手、今のあんたと全然違うタイプじゃん。保育士になってから急に服もメイクも変えて、東京来てからは頑張ってセレブマダムっぽくしたけど、こんな安っぽい女に持っていかれるんじゃ、むしろギャルのほうが良かったんじゃない?」

私は、この3ヶ月胸の中で反芻していた悪意あるセリフを一息に言った。梢が上京してきてから蓄積された、マウント被害の傷は予想以上に深かったのだろう。

しかし梢は、その写真を大事そうに集めると、なぜかとても嬉しそうに笑った。

「ありがとう咲月!まさかこんなに早く、うまくやってくれるなんて。

留守番してもらった日に私の日記、盗み見したでしょ?咲月なら腹いせに家中嗅ぎ回るだろうと思って、わざと目立つところに置いたの」

「は…え!?あの日記、わざとだったの?…何のために?」

私は混乱して、梢の顔を見た。夫の浮気を暴かれて強がっているのだろうか?

「日記で『夫が浮気しているかも、でもレシートを見た渋谷のホテルで張り込むなんて勇気がない、芳樹さんに捨てられたらどうしよう』って書いておけば、咲月ならその証拠を押さえて私に見せつけてやろうって思うかなって?

こういうの、福岡時代にさんざんやってたじゃない。どうせ、日記読んだあと、芳樹さんの部屋を探って浮気の証拠探したんでしょ。こんなにうまくいくなんて、咲月、あんたって本当に単純ね。おかげで手間が省けたわ」

「最初からそれを狙ってたってこと……?」

「だって浮気調査とかって、どこに頼んだらいいのかよくわからないし。変な事務所に頼んで弱み握られたりしても嫌だし。六本木勤めの咲月ならそういう感じの知り合い、多いでしょ?

それに、私に嫉妬して本気で取り組んでくれるかなって。なんなら芳樹さんを誘惑してくれても良かったのよ」

梢は写真を一枚ずつめくりながら、楽しそうに笑っている。

「芳樹さんが浮気していることは、別にいいのよ、だけど、離婚するなら慰謝料をたっぷりもらわないと。何事も計画性が大切よね。しばらくは泳がせて、たくさんの証拠を集めるわ」

不意に、保育士の資格を取るために、狭い実家の居間で勉強していた梢の横顔がフラッシュバックした。

子どもなんかちっとも好きじゃない梢。

クールで、何を考えているかいまひとつ掴めない、私と同じ顔の妹。

保育士の資格を取ったのは、高卒のギャルフリーターというパッケージをリニューアルして、婚活に有利にするためだったのだ。だから服もメイクも変えたのか。

結婚で、人生をバージョンアップさせるために。

「さーて、咲月が持ってきてくれたこの写真、うまく使って揺すらないとね。小さくても都心のマンションの一つを慰謝料代わりにもらうことができれば最高。そしたら、咲月も近くに引っ越しておいでよ」

私は言葉を失う。そして同じく夫に浮気されても問い詰めることさえできない私と比べて、妹は役者が一枚上なのだと、痛感した。


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