「実は、私ね…」ベッドの中で、年上妻が夫に打ち明けた衝撃的な秘密とは
「妻が輝いていることが、僕の喜びです」
令和の東京。妻に理解のある夫が増えている。
この物語の主人公・圭太もそのうちの1人。
・・・が、それは果たして、男の本心なのだろうか?
元来男は、マンスプレイニングをしがちな生き物だ。
高年収の妻を支える夫・圭太を通じて、東京に生きる『価値観アップデート男』の正体を暴いていく。
(マンスプ=マンスプレイニングとは、man+explainで上から目線で女性に説明するの意味)
◆これまでのあらすじ
大手商社を退職した藤堂圭太(34)は家事全般を担当し、自分より年収のある経営者の妻・香織(36)を支えていたが、世間知らずの女子大生・未久(21)と知り合ったことから調子が狂う。
インターン先を探す未久に頼まれ、元同僚の起業家・岡山慎弥(34)を紹介するのだが…。
▶前回:妻が仕事でいない昼間、在宅ワークと称して男がコッソリ家でしていたコトとは
僕は、インターン先を探していた未久を岡山に引き合わせるセッティングだけして、実際の面談には参加しなかった。
面談直後、未久から「岡山が経営する作家のマネジメント会社でインターンとして働くことになった」と連絡がきた。
― 良かった。
僕は、素直にホッとした。
と同時に少し“モヤモヤした感情”が生まれたが、それを胸の奥にしまった。
そして、いつもの穏やかな日常が戻ってきた。
香織を仕事に送り出し、家事をしながらイラストレーターの仕事をこなす日々だ。
未久からZoomで呼び出されることもないし、助けを求められることもない。思い返すと、未久は、平穏な日常に突然現れた嵐のような存在だった。
いつしか“モヤモヤした感情”も薄れていく。
しかし、インターンが始まって2ヶ月後、岡山から『未久ちゃんの件で相談したいことがある』とLINEが届いた。
僕は、深い眠りから叩き起こされた気分になる。
岡山が圭太を呼び出した理由とは…?
火曜日の夜、西麻布『いちのや』の個室に僕は呼び出された。
乾杯直後、彼は、神妙な面持ちで話を切り出した。
「未久ちゃん、頑張って仕事しています。でも、困ったことがあって…」
「トラブルでも起こした?」
僕が尋ねると、岡山は数秒間あけてから口を開いた。
「すいません…。俺、未久ちゃんのことを異性として意識するようになってしまい…」
「そういうことか」
「これ以上一緒に仕事するのは、危険だなと思ってます。だから半年予定のインターンを3ヶ月くらいにできないかなと思って」
そう言って岡山はうなだれ、僕が質問するまでもなく理由を説明し始めた。
商社出身の岡山は、もともと小説家や出版業界について無知だった。
だから小説家のマネジメントをするにあたり当然のこととして、業界事情を徹底的にリサーチ・研究したそうだ。
小説家や出版社とのミーティングの際、未久をインターンとして同席させるのだが、会合前には必ず、自らが会得した知識を彼女に共有してから臨んだらしい。
それらは、たとえば小説家の過去作や編集者が携わった過去ヒット作など、あくまでミーティング相手に対して失礼のない“大前提となる情報”に過ぎないのだが…。
「彼女、俺が何か言ったり教えたりするたびに『すごいですね』『何でも知ってますね』と言ってくるんです」
「へえ」と曖昧に返事をするが、僕にも心当たりがある。ありまくる。
好奇心旺盛な未久は、さまざまな疑問をぶつけてくる。それについて答えると、彼女は絶妙のリアクションをしてくるのだ。すると調子に乗って、長々と説明してしまう。
未久の一挙一動が、男の中に眠る“女性より優位に立ちたい”という欲望を強烈に刺激してくるというわけだ。
「自分が、一回りも年下の子に翻弄されるなんて思ってもみなかったんですけど…」
日本酒スパークリングを飲みながら、岡山はため息をつく。
岡山は、今でこそハラスメントやジェンダー問題について、先鋭的な意見をSNSで発信している。だが、彼は男ばかりの4人兄弟の長男で、中高一貫の男子校では中学でラグビー部に、高校でアメフト部に入っていた、いわゆる“ごりごりの男”だ。
未久といると、自分の中に眠る男性性が目覚めてしまうのだろう。
そもそもインターンの清水未久を「清水さん」でなく「未久ちゃん」と呼んでいる時点で、ハラスメントとも言える。
― でも岡山を非難することはできないな…。僕も同じだから。
男同士のくだらないマウンティングや男性優位の社会に嫌気がさして、僕は価値観をアップデートしたつもりだった。でも、未久と出会い、実はまったくアップデートされていなかったことに気づいた。
それで「この娘は危険だ」と思ったから、岡山に彼女を押し付けた。だから、彼を責めることはできない。
だから僕は岡山に「インターンは3ヶ月で切り上げて良いと思うよ」と答えた。
◆
岡山と別れて帰宅すると、ちょうど香織が仕事から帰ってきたところだった。僕は、岡山が未久を異性として意識してしまった、という話を香織に報告する。
「男性って『何でも知ってますね』と女性から褒められたくらいで、なんで相手のこと好きになっちゃうんだろうね」
僕が作り置きしておいたハヤシライスを食べながら香織は言う。
「女性は、その気がないことがほとんどなのにね」と僕は自分のことを棚に上げて答えた。
「うーん」
香織は少し首をかしげてから言った。
「そういうケースが多いと思うけど、未久ちゃんがそのケースに当てはまるかどうかは、本人に確かめないとわからないよね」
香織はいつだって冷静だ。彼女と話していると、どんな緊急事態もニュートラルに俯瞰することができる。
「未久ちゃんが岡山さんのことを異性として意識してるなら、岡山さんも未久ちゃんのこと好きになっても何も問題ないんじゃない?」
ただし、インターンが終わればね、と香織は付け足した。
「まあ、あとは未久ちゃん本人が考えることで、私たち外野がどうこう言うことじゃないよ」
香織はそういうと、ハヤシライスの最後の一口を上品に食べた。
「圭太くん、ごちそうさま。今日もとっても美味しかった」
香織の最高の笑顔。この笑顔のおかげで僕は料理が好きになった。
食べ終えた食器をキッチンへ運ぶ僕の背後で、「それに」と言う香織の声がする。
「未久ちゃんぐらいの年齢って、年上に憧れるからな~。岡山さんとは一回り違うんでしょ?ちょうどいい歳の差かも。2人は付き合っちゃうかもね」
食器を流し台に置いた僕は振り返って尋ねる。
「香織もそういう時代があったの?」
ふふふ、と意味ありげに笑ってから「秘密」と香織は言った。
妻が抱えていた、もう一つの秘密が明らかに…!?
香織がシャワーを浴びている間、僕はソファにうずくまり、香織の言葉を反芻していた。
― 未久ぐらいの年齢の女性は、年上男性に憧れる…。
「たしかに…」
誰もいないリビングで、僕は静かにつぶやいた。
20代前半の女性は、社会に出たばかりで精神的にも金銭的にも余裕がない同世代男性が幼く見えてしまう。だから一見余裕がある年上男性に憧れ、実際に交際に発展することも多い。
僕の中に、また“モヤモヤした感情”が生まれた。
その夜、香織とともにベッドに入り、消灯したあとのこと。
暗闇の中で「こんなタイミングで言うのも何だけど…」と、香織が唐突に話し始めた。
「圭太くんが、未久ちゃんにハマらなくて良かった」
「僕が、あの子に…?」
心臓の鼓動が少し速くなったのを僕は感じる。
「実は秘密にしてたんだけど、未久ちゃんがウチの会社でインターンしたいと言ってきたとき、直接会って話したのよ」
その話は初めて聞いた。
「そのとき、私、彼女に聞いたの」
「…なにを?」
心臓の鼓動が、どんどん速くなる。
「真野とホテルのラウンジで会うことに警戒していたけど、もし圭太くんがホテルのラウンジで会おうって言ってきたら警戒したの?って」
僕は笑った。もちろん取り繕うための作り笑いだ。
「ははは。それで彼女は、何て返してきたの?」
「『警戒なんてしませんよ。初めてOB訪問でお会いしたときも、藤堂さん仕事モードでそんな雰囲気全然なかったです。それに、今は奥様とも知り合いですし、藤堂さんが私に手を出すわけないですよ』って淡々と答えたの」
「淡々と?」
「そう、淡々と。さも当然って感じでね。すごく落ち着いていて堂々としていたわ」
21歳の大学生が、年上の女性からそんな質問されて堂々としているのはすごい、と香織は付け加えた。
「正直、完璧な答えだと思う。だから少し怖くなったの。『この子はただの世間知らずじゃなくて、思った以上に“しっかり”している』って」
「…そうだね。たしかに」
僕はそう答えるしかなかった。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
就寝前の夫婦の会話は、そこで終わった。
でも、僕はゾッとして眠れなかった。
夫に誘われたらどうする?と尋ねる香織に、それに堂々と答える未久に、どちらにもゾッとしていた。
◆
それから1ヶ月後。
久しぶりに未久からLINEが届いた。
『紹介いただいたのに申し訳ないのですが、岡山さんの会社のインターンは、半年予定だったのに3ヶ月で終了になってしまいました』
困惑してすぐに返信したが、未久からの返信はなかった。
ベッドシーツの交換作業を棚上げし、岡山に連絡して事実確認するか悩んでいると、当の本人からLINEが入った。
『圭太先輩。俺、インターン修了後、未久ちゃんを真剣に口説いてしまいました…』
僕は思わず「はあ?」と声が漏れた。
嫌な予感がした…。
▶前回:妻が仕事でいない昼間、在宅ワークと称して男がコッソリ家でしていたコトとは
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圭太は、未久の態度に翻弄され始めて…。