事実上の安倍・麻生体制。人事と政策を握られた岸田首相<東京工業大学教授・中島岳志氏>

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◆岸田首相はいかなる政治家か

―― 第100代首相に岸田文雄前政調会長が選出されました。中島さんは『自民党 価値とリスクのマトリクス』(スタンド・ブックス)で、岸田氏について分析していますが、岸田首相はどのような政治家だと見ていますか。

中島岳志氏(以下、中島) 政治家を分析する際には、右や左といったイデオロギーよりも、「リスクの問題」と「価値の問題」という視点から捉えたほうが本質を明らかにすることができます。そこで、私は縦軸に「リスク」、横軸に「価値」を置くマトリクスを用いて、政治家を分類してきました。

 縦軸の「リスクの社会化」とは、セーフティネットや再分配体制を強化するあり方のことです。これに対して、「リスクの個人化」とは、個人でリスクに対応する立場のことです。

 他方、横軸の「リベラル」は、権力が個人の価値観に干渉しない立場のことです。「パターナル」は、権威主義や父権的といった意味で、自分たちの価値観を押しつけるあり方のことです。選択的夫婦別姓やLGBTQの権利を認めない人たちなどが、パターナルに分類されます。

 まず、岸田氏のリスクに関する立場から見ていきたいと思います。岸田氏は『岸田ビジョン 分断から協調へ』(講談社)で、アベノミクスに対する突っ込んだ批判をしています。アベノミクスが始まった当初、トリクルダウンが叫ばれ、大企業の業績が回復すれば、いずれ中小企業や非正規雇用の人たちの収入も上がると言われていました。しかし、実際にはトリクルダウンは起こらず、格差が拡大してしまったというのが岸田氏の議論です。

 また、岸田氏は第二次安倍内閣の目玉政策であった異次元の金融緩和に対しても批判的です。日銀は2年以内に物価上昇率2%を達成すると言っていたが、いまだに実現できていないと述べています。

 岸田氏は自民党総裁選でも格差の是正や中間層の復活を訴え、新自由主義から距離を置く姿勢を見せていました。そこから考えると、岸田氏はリスクの社会化を志向していると言えます。

 一方、価値の問題に関しては、岸田氏の立場は曖昧です。選択的夫婦別姓やLGBTQの権利などについて態度を明確にしていません。2006年に小泉純一郎首相が靖国参拝を行った際には、首相が国のために戦った先人たちに敬意を表することには賛成だが、参拝するか否かについてはもっと配慮が必要だったと発言しています。では、どのような配慮があればよかったのか、それに関してははっきり述べていません。

 唯一明確なのは、核廃絶の問題です。岸田氏は核軍縮に対する強い思いを持っており、日本は唯一の被爆国として核軍縮問題に取り組む「道義的な責任」があると述べています。岸田氏の選挙区が広島1区で、爆心地や原爆ドームを抱えていることが関係しているのだと思います。

 そのため、やや曖昧なところはありますが、総合的に見ればリベラルを志向していると言っていいのではないかと思います。

 以上を踏まえると、岸田氏はリスクの社会化かつリベラルのⅡに位置づけることができます。

◆海部内閣化する岸田内閣

―― 中島さんは安倍晋三元首相をリスクの個人化かつパターナルのⅣに位置づけ、安倍路線に代わる選択肢としてⅡのポジションをとる政治が必要だと訴えてきました。岸田氏がⅡの政治家であるなら、安倍政治からの脱却を期待できますか。

中島 それは難しいと思います。確かに岸田氏の著書や発言を真に受ければ、Ⅱに位置づけることができます。しかし、問題はそれを実行できるかどうかです。

 過去の言動を見る限り、岸田氏はその時々の権力者になびく傾向があります。そのため、彼の政治行動には一貫性がなく、皮肉な言い方をすれば、ブレることにおいて一貫しているとさえ言えます。

 たとえば、岸田氏は外相時代の2015年、自身が会長を務める宏池会の研修会で、「当面、憲法第9条自体は改正することを考えない」と発言しました。ところが、憲法改正を目指す安倍首相がこの発言に激怒したと伝えられると、一転、時代の変化に対応して憲法をより良いものに変えていくと述べるようになりました。

 今回の人事を見ても、岸田氏がイニシアティブを発揮できるような体制にはなっていません。自民党副総裁に就任した麻生太郎氏や自民党幹事長の甘利明氏、自民党政調会長の高市早苗氏は、みな安倍内閣を強力に支えてきた人たちで、安倍氏と親しいことで知られています。これでは安倍内閣と何が違うのかわかりません。

 いや、安倍内閣よりひどいと言ったほうがいいかもしれません。第二次安倍内閣では、良くも悪しくも、菅義偉官房長官が大きな力を持っていましたし、幹事長には安倍氏と距離のある二階俊博氏が就いていました。そのため、安倍一強と呼ばれてはいたものの、安倍氏が何でも自由に決められるわけではありませんでした。これに対して、岸田体制では菅氏や二階氏が権力の中枢から去り、安倍氏に歯止めをかける存在がいなくなってしまいました。その結果、安倍氏は安倍内閣時代よりも自由に振る舞えるようになったのです。

 私は岸田内閣を見ていて、海部俊樹内閣のことを思い出しました。竹下登内閣がリクルート事件で倒れると、新たに宇野宗佑が首相になりました。ところが、宇野は女性スキャンダルが報じられたこともあり、直後の参院選で敗北します。その責任をとって宇野が退陣したあと、新たに総理になったのが海部でした。この内閣では、最大派閥だった経世会会長の金丸信と、経世会のオーナーである竹下が強大な権力を握りました。彼らの了解がなければ、海部首相は人事も政策もできないような状況だったのです。

 これと同じように、岸田首相も安倍氏や麻生氏の了解を得なければ何も進められなくなる恐れがあります。安倍・麻生支配によって、岸田内閣が海部内閣化する可能性は高いと思います。

◆ぱっとしない人事の狙い

―― 報道によれば、安倍氏は幹事長に高市氏、官房長官に細田派の萩生田光一前文科相を推したが、希望が受け入れられず、岸田体制に不満を持っているようです。実際、岸田体制では、安倍氏に重用され、安倍内閣時代から名が通っていたような人が起用されていないので、非常に地味な印象です。岸田首相は安倍氏の傀儡にならないように、安倍サイドの要求をはねのけた面もあるのではないでしょうか。

中島 私はむしろ、安倍氏があえて岸田体制の人事が地味になるように画策したのではないかと見ています。安倍氏からすると、岸田内閣の人気が高まり、支持率が上昇することは、決して望ましいことではありません。岸田首相が国民人気を背景に衆院選を勝利に導き、大きな力を握るようになれば、安倍氏の影響力が小さくなってしまうからです。

 安倍氏にとって理想的なのは、岸田内閣にそれほど期待が集まらず、かといって野党の人気も出ないという現在の状態が続くことです。これならキングメーカーとしてのポジションを維持することができます。今度の衆院選についても、安倍氏はちょっと勝つくらいでいいと思っているのではないでしょうか。こうした安倍氏の意向が今回のぱっとしない人事につながったのではないかと思います。

―― 岸田首相は小泉改革以降の新自由主義的な政策を転換すると述べ、パソナ会長の竹中平蔵氏が民間議員を務める成長戦略会議を廃止する方向だと報じられています。これは竹中氏と親しくしてきた安倍氏にとって痛手ではないでしょうか。

中島 私は安倍氏が菅氏の力を排除するため、成長戦略会議を廃止するように働きかけたのではないかと考えています。竹中氏が食い込んでいたのは、安倍氏というより菅氏だからです。竹中氏が小泉内閣の総務大臣だったころ、菅氏は総務副大臣として竹中氏を支えていました。菅氏は第二次安倍内閣の官房長官や総理大臣になったあとも、一貫して竹中氏を重用してきました。

 そのため、竹中氏の影響力が落ちれば、菅氏の影響力も落ちることになります。それが安倍氏の狙いだと思います。

―― 岸田自民党では安倍氏の出身派閥である清和会より、麻生派のほうが重用されているように見えます。これを機に麻生派が勢力を拡大し、安倍氏の影響力を排除していくことは考えられませんか。

中島 麻生氏が宏池会出身者たちを束ねて大宏池会を作り、清和会に対抗したいという野望を持っていることは間違いありません。とはいえ、派閥がかつてのような力を持つことはないと思います。先日の自民党総裁選でも、多くの派閥が一致団結して特定の候補者を応援するということができませんでした。小選挙区制になって党中枢が公認権を握るようになり、派閥がお金を配ることもなくなったので、派閥の力は落ちているのです。派閥という単位を重視しすぎると、政治の先行きを見誤ると思います。

◆勝負は来年の参院選

―― かつてキングメーカーと呼ばれた田中角栄は、首相をやめたあとも、大平正芳内閣、鈴木善幸内閣、中曽根康弘内閣に大きな影響力を持っていました。また、竹下も首相退任後、宇野内閣、海部内閣、宮沢喜一内閣を裏から操っていました。しかし、キングメーカーとして振る舞えるのはせいぜい2~3の内閣です。安倍氏は菅内閣に続き岸田内閣でもキングメーカーになろうとしていますが、彼の権勢はそれほど長続きしないのではないですか。

中島 そこで安倍氏が狙っているのが、キングメーカーをやめ、自らもう一度総理になることです。過去の内閣を見ると、最初は高い支持率で出発しても、3か月くらいたつと人気が落ち始めます。おそらく岸田内閣も年末くらいから支持率が落ち始め、来年の参院選のころには「岸田では選挙を戦えない」という声が出てくるはずです。そうなれば、安倍氏が再び乗り出してくる可能性は十分あると思います。

―― 安倍氏は長期政権を築いたとはいえ、いまは一議員であり、派閥にも属していません。彼にもう一度総理を狙う力は残っているでしょうか。

中島 そこが長期政権の恐ろしいところで、安倍政権時代、政界や官界、財界で出世してきたのは、安倍氏に取り入った人たちでした。彼らは現在もそれぞれの業界で重要なポストを占めており、安倍氏が今後も力を持ち続けることを望んでいます。安倍支配が崩壊すれば、彼らの立場も危うくなるからです。それが安倍氏の力の源泉になっているのです。

―― とすれば、安倍体制から脱却するためには政権交代しかありません。

中島 それには野党第一党である立憲民主党が二大政党制という幻想を捨てることが不可欠です。民主党出身者の中には2009年のような政権交代を目指している人もいますが、当時は麻生内閣の不支持率が支持率を大幅に上回っており、政党支持率も民主党が自民党を大きく上回っていました。現在の立憲民主党にはこうした勢いはありません。立民が単独で過半数をとることは不可能です。

 そもそも現行の小選挙区比例代表並立制では、比例代表の定数が176もあり、比例から多数の当選者を出している公明党と共産党の力を無視できない仕組みになっています。そのため、立憲が政権を奪取するには、共産党と協力するしかないのです。

 また、今後の情勢次第では、新党が出現する可能性もあります。そのきっかけになりうるのは、来年の参議院選挙です。1993年に細川護熙内閣が誕生したときも、前年の参院選で細川氏率いる日本新党が議席を獲得し、新党ブームが起こりました。次の参院選でも新党が結成され、新たなムーブメントが巻き起こるかもしれません。その場合は、立民は彼らとの協力も視野に入れるべきです。

 さらに言えば、自民党から離党者が出ることも考えられます。安倍氏と距離のある石破茂氏や野田聖子氏などが離党しないとは言い切れません。そうなれば、彼らとの連携も重要になります。

 細川内閣が誕生したのは、竹下や金丸の傀儡だった海部内閣成立からわずか4年後のことでした。野党側が来年の参院選で自民党を追い込めれば、その次の衆院選で政権を奪取できる可能性はぐっと高まります。野党はそこまで見据えた体制を作るべきです。

(10月5日 聞き手・構成 中村友哉)
<初出:月刊日本11月号>

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【月刊日本】
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  • 日刊SPA!

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この記事のみんなのコメント

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  • 相変わらす長い記事だなあ。政権交代したいならば、地震や噴火対策を万全にするべきだろう。

  • 今回も記事が長い。いつまでも安部がって言っている限り、政権なんて取れない。

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