不気味すぎる実写映画『ほんとうのピノッキオ』 大人たちに搾取される社会的弱者を描いた寓話

 嘘をつくと鼻がぐんぐん伸びる木彫り人形を主人公にした児童文学『ピノッキオの冒険』は、誰もが子どもの頃に絵本やアニメーションなどで親しんだ作品だろう。とりわけディズニーアニメ『ピノキオ』(40)は有名だが、ストーリーもキャラクターもディズニー作品らしくソフィスティケイトされたものとなっていた。19世紀のイタリアで書かれた原作のピノッキオはもっと欲望の赴くままに動く悪童であり、残酷描写も少なくない。そんなピノッキオの物語を、原作に忠実な形で実写映画化したのが『ほんとうのピノッキオ』(原題『Pinocchio』)だ。イタリア本国では2019年に公開され、大ヒットを記録している。

 主人公であるピノッキオの造形がまず不気味だ。木目の肌をしたピノッキオは、目だけはつぶらな少年の瞳となっており、まるで大映の特撮時代劇『大魔神』(66)のよう。ジェペットじいさんが作ったあやつり人形のはずのピノッキオが突然しゃべり、動き出し、「不気味の谷」を渡ってこちらへと近づいてくる。ホラー映画の始まりを思わせる。

 本作を撮ったのは、イタリア映画界の鬼才マッテオ・ガローネ監督。ナポリを拠点にする犯罪組織の内情を生々しく描いた『ゴモラ』(08)、イタリアに伝わる不条理系お伽話を映像化した『五日物語 3つの王国と3人の女』(15)などで知られる監督は、主題歌「星に願いを」が印象的だったディズニーアニメ『ピノキオ』のイメージを完全に払拭させる、ダークファンタジー映画に仕立ててみせた。

 ピノッキオを溺愛するジェペットじいさんに、アカデミー賞外国語映画賞&主演男優賞などを受賞した『ライフ・イズ・ビューティフル』(98)のロベルト・ベニーニ。ピノッキオの窮地を救うターコイズブルーの髪をした美しい妖精に、フランソワ・オゾン監督の『17歳』(13)や『2重螺旋の恋人』(17)に主演したフランスの人気女優マリーヌ・ヴァクト。ピノッキオが紛れ込む人形劇団やサーカス一座には個性的な俳優たちが配役されており、ビジュアルを追っているだけでも飽きない124分間となっている。

 リアリズムを重視するマッテオ・ガローネ監督らしく、19世紀のイタリア庶民の生活がリアリティーたっぷりに再現されている。ジェペットじいさん(ロベルト・ベニーニ)は木工職人だが、その暮らしはビンボーそのもの。あまりに貧しすぎ、ずっと独身のまま。ひとり暮らしが寂しいジェペットじいさんは、不思議な木材を刻んで精巧なあやつり人形を作るが、完成した人形のピノッキオ(フェデリコ・エラピ)は家を飛び出してやりたい放題で、ジェペットじいさんは精神的にも経済的にもボロボロになる。

 ジェペットじいさんは食事を我慢し、一着しかないコートと上着を売って、ピノッキオが学校に通うための教科書を購入する。だが、誘惑に弱いピノッキオは、即座に教科書を売り、楽しそうな人形劇団を観に行く。さらには詐欺コンビである足の悪いキツネと目の不自由なネコに騙され、金貨を巻き上げられてしまう。

 死にそうな目に遭ったピノッキオは自分のあさはかさを反省し、一度は学校に通うようになるものの、学校の教師は容赦なく子どもたちに体罰を加える。やがてピノッキオは、学校を休んで泥棒稼業に精を出す少年と仲良くなり、一緒に「おもちゃの国」へと向かうことに。この「おもちゃの国」は実は人身売買グループが用意した巧妙な罠で、ピノッキオは哀れなロバに変えられてしまう。生まれてまだ間もないピノッキオの目には、貧困、暴力、犯罪が世界中に溢れているように映る。ピノッキオを飲み込む大ザメは、高利貸しのメタファーでもある。美しい妖精(マリーヌ・ヴァクト)と過ごす時間だけが、ピノッキオの喜びだった。

 本作でジェペットじいさんを演じたロベルト・ベニーニは、主演&監督作『ライフ・イズ・ビューティフル』が絶賛されたが、続く『ピノッキオ』(02)は海外では大コケしたうえにゴールデンラジー賞を受賞している。当時すでに50歳のおっさんだったベニーニが、大人になれないピノッキオを演じた痛々しい作品だった。ピノッキオに振り回されるジェペットじいさん役に回って、今回は大正解。本作を観てしまうと、ベニーニ版のおっさんピノッキオがいつまでも童心を忘れずにいるという解釈は甘すぎたと感じずにはいられない。

 ガローネ監督が描くピノッキオは、無知ゆえに次々と不幸な事件に巻き込まれていく。所持金を騙し取られた上に、被害者でありながら裁判所では有罪判決を下されてしまう。大人たちに迫害され、搾取される社会的弱者としてのピノッキオがいる。寄生できる親がいる家庭に生まれた子どもなら、ずっと子どものままでいたいと思うかもしれないが、ピノッキオのように迫害され、犯罪者やサーカス団から搾取され続ける立場でいたいと考える人は今の格差社会にはいないだろう。いつまでも子どもままでいられたら幸せ……。そんな底の浅い幻想を『ほんとうのピノッキオ』は粉々に打ち砕いてみせる。

 原作となる『ピノッキオの冒険』を19世紀に執筆したカルロ・コッローディは、貧しい家庭に生まれ、神学校を中退し、第一次イタリア独立戦争に従軍した経歴の持ち主だ。理想の国家が誕生することを夢想したコッローディだが、統一国家となったイタリアの現実に失望し、社会風刺を込めて「子ども新聞」に連載したのが『ピノッキオの冒険』だった。ギャンブルにハマり、酒好きで、借金を重ねたコッローディの分身として、ピノッキオは誕生した。当初はピノッキオが首吊りにされて物語は終わるはずだったが、読者から抗議が殺到し、連載が再開されたという逸話が残されている。

 各国で翻訳されたピノッキオの物語は、多くの末裔を生み出してきた。手塚治虫の人気漫画『鉄腕アトム』のアトムも、その一人だ。天馬博士は交通事故で亡くなった息子の代用品として高性能ロボットのアトムを開発するが、アトムが成長しないことに怒り、サーカスに売ってしまう。スタンリー・キューブリック監督の遺稿をスティーブン・スピルバーグ監督が映画化したSF大作『A.I.』(01)や、是枝裕和監督がぺ・ドゥナ主演で撮ったセクシャルなファンタジー映画『空気人形』(09)も、ピノッキオの遺伝子を受け継いでいると言えるだろう。

 ピノッキオはいたずら好きで、学校には行きたがらないが、その分とても自分の欲望に正直な存在である。つまらない嘘もつくが、嘘をつくと鼻が伸びるので、妖精にはすぐにバレてしまう。そんな人間くさいピノッキオが物語の最後に人間の子どもになるのは「いい子」にしていたからではない。大人たちに搾取され続け、社会の理不尽さを経験してきたピノッキオが、自分で主体的に考えて行動し、自分よりも弱い立場の他者をいたわることができるようになったからだ。もはやピノッキオは不気味な人形ではなく、人間以上に人間らしい。

 さんざん酷い目に遭いながらも、ピノッキオは真っ当な生身の人間へと成長を遂げる。誰しも真っ当な人間になりたいと願うが、社会に抑圧されているうちに次第に歪んだ心を持つようになってしまう。ピノッキオのように、純真なまま大人にはなれない。とても身近な存在だが、永遠に同化することもできない存在。それがほんとうのピノッキオではないだろうか。

 

『ほんとうのピノッキオ』

監督・共同脚本/マッテオ・ガローネ

出演/ロベルト・ベニーニ、マリーヌ・ヴァクト、フェデリコ・エラピ

配給/ハピネットファントム・スタジオ 11月5日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開

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https://happinet-phantom.com/pinocchio

2021/10/29 11:00

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