【連載対談】【対談連載】ノバレーゼ 代表取締役社長 荻野洋基

【東京・銀座発】この千人回峰の対談では、IT業界に籍を置かれる方はもちろん、さまざまな業種・業態で活躍しておられる方々にお会いしてきた。今回、お話を聞いた荻野さん率いるノバレーゼはブライダル企業。銀座の本社には、華やかなウェディングドレスが数多く並ぶドレスショップもある。頭ではわかってはいるものの、何か場違いな場所に迷い込んだ感覚になる。でも荻野さんによると、ご自身を含めスタッフの多くは「体育会系」とのこと。上質なサービスを提供するためには、おそらく体力も根性も必要なのだろう。

(本紙主幹・奥田喜久男)

●カリスマ経営から 組織経営への転換を図る

 社長に就任されたいきさつについてお聞きしたいのですが、まず創業者から指名されたときはどう感じられましたか。

 やはり驚きましたね。でも、自分が経営者だったらどうするかということについては、いつも考えていました。

 ということは、内心は、自分が次期社長に指名されて当然だと……。

 それはまったくありません。指名されたときはゼネラルマネージャー(GM)で、役員ですらありませんでしたし、優秀な人材はほかにもいましたから。

 ということは、当時の役員を飛び越えていきなり社長になったわけですね。

 そういう形にはなりますね。リクルート出身の当社創業者、浅田剛治氏はもともと45歳で引退すると公言していて、全株式をファンドに売却した後、新たな事業に取り組んでいます。そちらについていった役員もいるので、結果的にボードメンバーはだいぶ入れ替わりました。

 荻野さんは、なぜ浅田さんから指名されたのだと思いますか。

 一緒に食事をした際などに、いつも仕事や経営についての質問をしたり、自分なりの仕事観やマネジメント論を語っていたので、そういう部分を見てくれていたのかもしれませんね。

 私にとって幸いだったのは、当時700人ほどいた社員の顔と名前がほとんど一致していたことです。縦のラインだけでなく、すばらしい仲間との横のつながりがあり、優秀な人材がそろっていることを知っていたので、私でも社長としてやっていけるだろうと思いました。

 経営についての考えがまとまったのは、いつ頃ですか。

 社長に任命されたときには、もう固まっていましたね。

 それはすごい。

 創業社長はカリスマ的な存在であり、物事はすべてトップダウンで決まっていました。これまでのような急成長を遂げるためには、それが当然だったといえます。でも、カリスマではない私は、それを組織経営に転換する必要があると考えました。

 具体的には?

 社員の長所や個性を集約し、それを大きなパワーに変えるということですね。そこで、社長―営業本部長―GMというラインから、社長―営業本部長―エリア長―GMというラインに変更しました。つまり、営業本部長(取締役)とGMの間に地方を統括するエリア長を設けて、中央集権的な組織から地方分権的な組織に変えたのです。

 その意図はどこにあるのですか。

 そのエリアで決められることは、エリアに任せるということです。これにより、マネジメント層の主体性を高めようと考えました。また、たとえば同じ結婚式でも地域によって慣習が異なったりするので、そうしたことに柔軟に対応できるようにするという狙いもありました。

 すべて統一したルールによってマネジメントするのではなく、「余白」の部分を残すことによって現場のマネージャーやスタッフの成長を促すこともまた大事だと思いますね。

 ある意味、それは会社の成熟につながることですね。そうした経営者としての学びは、どのようなところに求めたのですか。

 稲盛和夫さんや松下幸之助さんの本からはとても影響を受けました。また、最近はYouTubeなどからもさまざまな経営者の情報を得ることができるので、そこから「いいとこどり」をするようにしています。

●「正解」を求めるより「誠実」に対処することを選択する

 荻野さんはこれまで5年間、経営者として会社を牽引してこられたわけですが、このコロナ禍でどんな変化がありましたか。

 まず、資金繰りについて苦慮したことですね。もちろん経営者にとって資金繰りは重要な仕事の一つですが、コロナ前は安定的に利益が出ていたこともあって、それほど悩むことはありませんでした。ところが、一時は結婚式そのものができなくなり、金融機関や株主とのミーティングも増え、これまで経験したことのない、心身ともに大きな苦労をしましたが、よい勉強をさせてもらったと思っています。

 もう一つ、コロナ禍での変化は、改めて自分たちの目的や存在意義を明確に確認することができたことです。私たちは「お客様の笑顔のために」という思いで働いてきましたが、結婚式が少しずつできるようになった頃、現場でその様子を拝見していると、以前に比べお客様の表情が明らかに変わったことに気づきました。

 どのように変わったのですか。

 初めは「こんな状況で結婚式に参列していいのか」と心配して来られるわけですが、帰りには「いい結婚式だった」と涙を流して喜んでくださる方が何人もいらっしゃるのです。このような感動的なシーンは、これまであまり目にしたことがありませんでした。何か後ろめたい感情で式場に参列しながらも、新郎新婦の晴れやかな姿を目の当たりにして、感極まった方が多かったのでしょうね。もちろん、きちんと感染対策をとるなどの私どもスタッフの対応も来場された方々に安心感を与えたと思います。

 やはり、リアルな場で人と交流したりサービスを受けたりすることが激減した今、その大切さに改めて気づくということですね。

 そうですね。オンライン参列というものもあり、会場と遠隔地をつなげられるといったメリットもあるのですが、ハイブリッドで利用することはあっても、リモートが主流にはならないと思います。

 そのほかに、このコロナ禍で経営者として判断を下したことはありますか。

 規制のある地域においては、お酒を一切出さないと決めたことですね。要望があるからといって、お客様によってお酒を出したり出さなかったりすることは、経営方針がぶれることにつながります。もちろん、お酒を出したほうが売上的には助かりますし、お酒を提供することの是非という問題もありますが、ここは政府の方針に従うと決めました。葛藤はありましたが、正解を求めるより誠実に対処していこうと考えたのです。

 「正解を求めるより誠実に」ですか。いまのように正解がなかなか見えない時代にあっては、わかりやすい判断基準ですね。ところで、売上的にはどのくらいのダメージを受けたのですか。

 2020年度はコロナ前と比較して半分以下まで落ち込みました。ただ、下見のお客様が希望している参列人数はコロナ前の水準まで増えてきたため、来期は売上高もコロナ前を超えるだろうと見込んでいます。それから、結婚式を予定されていたお客様のほとんどがキャンセルではなく延期を選択してくださったので、そうした点からも業績回復への期待ができると捉えています。

 まだ厳しい状況は続いていますが、ますますのご健闘を期待しています。

●こぼれ話

 思わぬ新聞記事に、ハッとした。結婚式場の予約キャンセルでの解約金トラブルの記事だ。そういえば、新聞社である私たちもセミナーやBCN AWARDの事前予約で会場を押さえている。それがコロナ禍のせいでイベント会場の予約をキャンセルしなければならなくなった。それで違約金が発生し、先方の提示条件に従った。支払いつつも、コロナ禍を恨んだ。社会はあらゆる企業や個人が繋がりながら循環する生態系を形成している。企業や個人のそれぞれで、こうした事象が発生したことが予想できる。結婚式場を運営する荻野洋基さんの業種こそ、多くのトラブルに直面したことだろう。荻野さんへの取材では、この件でのストレートな質問はしていない。が、コロナ禍での経営難の事業環境にあって、荻野さんがこれまでに習得した生きる技術の真価を発揮した局面を窺い知ることができた。

 荻野さんへの質問――コロナ禍で経営環境はどんな変化を見せましたか。「まずは資金繰りのために銀行と折衝したことですね。初めての経験です」。私は、自身も経営者であることから、思わずため息を漏らした。荻野さんは創業者から、2016年に経営のバトンを受けた。事業は成長した。売上高を事業の目標に掲げるのではなく、顧客満足度の高さを追求した。結婚という人生の大イベントの演出を請け負うプロとして、「お客様から感謝され、喜ばれる式典にしたい」。荻野さんが語っている内容は、平凡といえば平凡である。私は荻野さんの言い分をじっと聞くこととした。顧客満足度に対する月並みな言葉が続く。結婚式の時代的な変化、地域特性での違い、結婚式そのものに対する家族と本人の関係性の変化、運営方式の変化。荻野さんの話は尽きない。話を聞くうちにあることに気づいた。新郎新婦と家族に対してノバレーゼは何を提供するのか。それは「感動なんです」。では感動を与えるためには何をするのか。お客様に幸せをもたらすためには「自分たちが幸せでなければならない」と言い切った。「すごいことを言い切りますね」。思わず唸った。

 本当なんだろうか。経営者のなかには時折、自分自身のゴールのために、そういったことを社員に語る人がいる。荻野さんはどうなんだろうか。結婚式という華麗な仕事をしながら、綺麗事を語って、収益を上げて自分自身のゴールに向けて邁進するというようなことはないのだろうか。

 荻野さんのポートレートを写すため、純白のウエディングドレスがずらりと並ぶ、衣装合わせのフロアに移動した時のことだ。6人ほどいた社員の皆さんが荻野さんを見て、崇めることなく、過剰に持ち上げることもなく、対等目線で“頷き”挨拶をして、各自の仕事をこなしている。彼女たちは今、試合中なのだ。荻野さんもその試合ぶりを見て、安堵の思いを社員に送っている。その時、電話が鳴った。荻野さんが出た。受話器の向こうの人にエールを送っている。こうした光景はどこかで見たような気がした。そうだ、プロ野球の試合だ。上からでもなく下からでもなく、チームのメンバーと語らいながら、必要事項を指示し、チームをまとめながら牽引する。きっとこのチームは勝ち戦をするだろうなと、思った。組織は一将の影という。ここまで綴って、ふと、意地悪く荻野さんの銀行との折衝現場を想像してみた。どんなだっただろうかな…。

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。

奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

2021/10/29 8:00

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