容姿端麗で、何ひとつ不自由ないように見える男。だが、心の奥に“ある闇”を抱えていたせいで…
“男女平等”が叫ばれている、昨今。
しかし「6歳未満の子を持つ夫婦の、1日あたりの家事・育児関連時間」は妻が平均7時間34分。
それに対し、夫は1時間23分(総務省「社会生活基本調査」)ほどだという。
日本における夫の家事参加率は、先進国の中でも最下位なのだ。
家事・育児に非協力的な夫。それに対し不満を抱き、愛想を尽かす妻たち。
これは、そんな「夫力(オットリョク)」皆無の男が、離婚を免れるために日々成長していく物語である…。
◆これまでのあらすじ
妻の柚葉とイケメンYouTuber・流星の密会を知ってしまった、夫の俊平。だがその背後には、流星の“ある思惑”があったようで…?
▶前回:年下のイケメンに誘惑された妻。火遊びのつもりが、相手の男にはまさかの思惑があって…
「じゃあ流星とは、本当に何もないんだね?」
「うん、何もない」
先日の話し合いの場でのこと。彼との関係を問いただしてみたが、柚葉の様子を見て、嘘をついているわけではないことはわかった。
だがやはり不可解なのは、流星の目的だ。
柚葉が「離婚したい」と言い出したタイミングで彼と出会ったのは、ただの偶然なのだろうか。
妻との間でトラブルになった内容が、毎回タイムリーに動画として投稿されていたのも気になる。
― 流星は、なんで柚葉に近づいたんだ?
人の妻を誘惑して、楽しいのだろうか。しかも相手は、無双状態のイケメンである。
この日の話し合いは一旦終了となったが、やはり「なぜ僕たち夫婦がターゲットになったのか」が気になって仕方ない。
― 柚葉に内緒でコッソリ本人に会って、問いただしてみるしかないな。
話し合いから1週間後。僕はYouTubeのコメント欄を介して、流星に連絡を取ろうと決めた。…だがそこで、あることに気づいてしまったのだ。
いつの間にか、彼の動画チャンネルが消えていたのである。
消えた動画と、消えた男。果たして妻との本当の関係性は!?
消えたイケメンYouTuberの謎
「あれっ、動画チャンネルが消えてる…?」
たしかに昨日までは見れていたはずの動画が、ない。検索しても出てこない。
「どういうことだ?」
まるで狐につままれたような気持ちだった。
僕に柚葉との関係がバレた途端に、消えた動画。何がなんでもタイミングが良すぎる。まるでどこかで、僕ら夫婦の会話を盗み聞きでもしているかのようだ。
「ねえ柚葉…。流星のチャンネルが消えているんだけど、何か知らない?」
帰宅した妻にも尋ねてみる。もしかしたら柚葉が、流星に何か伝えたのかもしれないと思ったからだ。
だが目の前の彼女は、鳩が豆鉄砲でも食ったような顔をしている。
「え…?嘘でしょ、どういうこと!?」
「だから、流星の動画チャンネルが消えてるんだよ。ゴッソリと」
「なんで?」
その理由がわかるなら苦労はしない。気持ち悪い動画の消え方に、胸がムカムカとしてきた。
「柚葉、本人に連絡してみたら?」
「わかった、ちょっと待ってね。…って、あれ?LINEも消えてる」
結局この日を境に、流星が表に出てくることは一度もなかった。
そして僕たち夫婦の前からも、忽然と姿を消したのだ。
◆
あれから半年。
「柚葉、今夜の帰りは何時くらいになりそう?」
「今夜は20時前には帰ってこれると思う」
「わかった!じゃあご飯作って、待ってるね」
僕たちは話し合いを重ね、もう一度夫婦としてやり直すことを決めた。そしてそのときに、夫婦間でのルールも作ったのだ。
まず、家事は分担制にすること。柚葉が遅くなりがちな火曜と木曜の夜ご飯は、僕が作る(時間的に厳しければ、外食でもOK)。
大まかな掃除と洗濯は、柚葉担当。ゴミ出しと洗い物、そして風呂掃除は僕担当。
忙しいときは、家事代行をお願いする。
「二人とも働いているんだし、無理のない範囲で外部にも頼ろう」
「そうだね」
流星との出来事はもう過去のことだから、なるべく思い出さないようにしている。だけど今でもたまに、モヤモヤしてしまうことがあるのだ。
果たして彼は、何が目的だったのか、と。
赤の他人が“家族”というフレームに落とし込まれ、夫婦になる以上、一緒に乗り越えて向き合っていかなければならないことがたくさんある。
だが結婚してしまったからには、簡単には別れられない。
僕たち夫婦に訪れた転機。
それは皮肉なことにも、僕の“夫力”の無さが引き金になり、そして流星という男の登場によって改めて考えさせられることとなった。
「柚葉。僕、ちゃんと良き夫になれたかな?」
出かける間際、ゴミ袋を持ちながら柚葉に尋ねると、フッと笑われてしまった。
「うん。夫力、向上したと思う」
この先、色々なことがあるだろう。喧嘩する日もあるし、嫌いになるときもあるかもしれない。
だが僕たちは夫婦である。
夫婦である以上、何度も歩み寄って、話し合って解決して、また一緒に歩き出せばいい。
家の目の前にある坂を登りながら、僕たちは快晴の空の下、二人で駅に向かって大きく歩き始めた。
人妻に近づく流星が、抱え込んでいた闇とは
柚葉の考察
流星と連絡が取れなくなって、約半年。今でもふと、彼は一体なんだったのだろうかと思い出すことがある。
結果として、夫の俊平は変わった。
離婚したくなるほど家事もできないし、ゴロゴロしているだけの俊平だったが…。流星との一件があって以来、自分から動くようになった。
夫婦仲も回復し、私たちはもう一度やり直してみようと決めたのだ。
「皮肉だけれど…。流星のおかげなんだよなぁ」
あれは、半年前のこと。流星と出会い何度かお茶をしているうちに、彼の想いを聞いたことがあった。
「流星くん、どうして私なんかとお茶するの?一応、人妻だし年上だし…」
あのとき、私は自暴自棄になっていたのかもしれない。全く家事力が上がらない夫にいら立ち、目の前にいる年下イケメンに心が揺れ動きそうになっていた。
だが彼の一言で、現実に引き戻されたのだ。
「だから、いいんですよ」
そう。流星はダメな夫と結婚した女性が好きな、人妻マニアでもあったのだ。
最初は、彼の言葉の意味がわからなかった。
だが流星と話しているうちに、想像以上に深い心の闇を見た気がしたのだ。
「僕の家、両親が離婚しているんですけど。父親が本当に何もしない人で。母親だけが苦労している姿をずっと見てきたんです」
流星が、ぽつりぽつりと話し始める。
「日本人の男性って、夫という立場にあぐらをかいていませんか?家事は女がするモノだって思って。そういう幸せそうな、アホみたいな夫が許せないんです」
どう相槌を打っていいのかわからず、私はこのとき、黙り込んでしまった気がする。
「大人になってからも、一人で苦しんでいる女性の姿を見ると放っておけないんです。僕の父親のような、くだらない夫と結婚した女性を、救いたくて」
― くだらない、かぁ。
流星の言葉を聞いて、彼がこうなってしまった理由がわかった気がする。でも、俊平はそこまで“くだらない”男なのだろうか。
「しかも大概、そういうダメな夫に限って、素晴らしい女性と結婚していたりするでしょ?それが許せないんですよね」
たしかに、そういうカップルや夫婦はたまにいる。
「そっか…。まぁ人は簡単には変われないからね」
ただ、そう言うのが精一杯だった。そして、その言葉を聞いた流星の顔は、なぜかとても切なそうだったのだ。
それから1週間後。彼の動画チャンネルが、削除されたのである。
彼と出会ったスーパー近くの道を歩きながら、そんなことを思い出していると、視線の先に見覚えのあるシルエットがあった。
「あれっ、流星くん…?」
だが、その隣には以前の私と同じような女性がいたのだ。
「ナルホド、そういうことね。…別のターゲットを見つけたんだ」
また流星は、どこかの可哀想な人妻をターゲットにし、優しく近づいているのだろう。
一人で納得しながら、私は家路を急いだ。
◆
女子力やメス力などという言葉はあるが、夫力という言葉はなかなか聞かない。
だが共働きが増え、女性も働く今こそ、もっと夫婦の家事や育児の分担を考えるべきだと思う。
家事や育児は、男性が“手伝う”ものではない。家族となった以上、一緒にすべきことなのだ。
コロナ禍で家にいる時間が増えたのに、妻ばかりが家事をする家庭はかなり多い。
ほんの少しでもいいから、お互いに優しさと思いやりを持って、助け合えばいい。妻にも、手抜きと息抜きが必要なのだ。
流星は、そんな不平等な分担に、SNSを通じて疑問を投げかけていたのかもしれない…。
Fin.
▶前回:年下のイケメンに誘惑された妻。火遊びのつもりが、相手の男にはまさかの思惑があって…