元乃木坂46深川麻衣がグループに残した初のセンター曲「ハルジオンが咲く頃」は永遠に語り継がれる楽曲

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なぜ彼女たちは「センター」に立ったのか⁉
アイドルセンター論
乃木坂46深川麻衣 後編

 乃木坂46時代には女優業への憧れを口にし、いち早くキャリアを切り開いていった深川であるが、グループ在籍時には一度だけ表題曲のセンターに立ったことがあった。

 その楽曲は深川卒業後の現在に至るまで、大切な楽曲として歌い継がれている。センターとしてはほんのわずかの期間ではあったが、特にグループの最初期において非常に重要なメンバーだった。それを象徴しているのが卒業シングルにおけるセンター抜擢だろう。

 他のアイドルグループには卒業メンバーがラストシングルでセンターを飾るという事例はよく見られており形式としては一般的ではあるが、乃木坂46では卒業シングルという形で表題曲センターに抜擢されるというのは深川が初めてだった。

 深川は2016年に卒業を発表し、14thシングル『ハルジオンが咲く頃』で初のセンターに抜擢された。

 深川は自身がセンターに立つことに対して「『私はそこじゃない』というか、ポジティブに『センターに立っちゃいけない人間』だと思ってます。身長のバランスもあっていままでの選抜では端にいることが多かったから、自分にとっては隅っこが落ち着くんです」(参考:『EX大衆 2016年3月号』)と謙虚に語っていたが、これも自分のことよりもグループのことを第一に思ってのこと。

 本来であればセンターはアイドルである以上一度は立ちたい場所のはずだ。だが深川ははっきりと自分はセンターに立つべきではないと言い放つ。こうした発言からも深川の人間性の一端が垣間見える。

 過去にも市來玲奈や永島聖羅といった人気メンバーの卒業の際には大々的にフォーカスするということがなかったことや、深川の卒業以降も橋本奈々未や西野七瀬など選抜それもフロント常連メンバーのみが卒業シングルの体裁を取っていることからも、深川がいかに特例だったのかがわかるだろう。卒業シングルという明確な形で深川を送りだせたのは、彼女が積み上げてきたキャリアがあって実現したものであるのは間違いないが、グループとして成熟してきたタイミングというのも大きかった。

 2015年は乃木坂46が初めて『NHK紅白歌合戦』に出場するなど、国民的アイドルグループとして歩み始めた時期。ひとつの目標を叶えグループとしても地盤を固めつつあり、将来的な試みとして主要メンバーの卒業シングルをリリースするという決断も容易にできたのだろう。卒業シングルにおけるセンターという意味において深川はこれまで本連載で登場してきたセンターとはまた違う様相を呈している。

 卒業シングルは一般的に卒業メンバーのパーソナリティが歌詞やサウンド面に反映されることが多い。深川がセンターを務めた『ハルジオンが咲く頃』も深川をなぞらえたような歌詞や別れを思わせるワードが並んでいる。まさに深川のために作られた楽曲といったところだ。

 『乃木坂46 真夏の全国ツアー2016 ~深川麻衣卒業コンサート~』で披露された際には、明るく送り出すメンバーとそれに笑顔で応える深川の姿、そしてファンの声援とこれまでのライブでは名状しがたい一体感が会場を包んでいた。

 あの空気感は何事にも真摯に向き合ってきた深川とメンバーそしてファンとの関係性があったからこそ生まれたものだった。

 深川の卒業後も同曲はライブやコンサートでも披露されており、単なる卒業シングルを超えて乃木坂46を象徴する楽曲となっている。それは深川がいかに愛されていたのかを実感させるものであり、この先も長きに渡り歌い継がれていくはずだ。

 乃木坂46の成熟とともにグループを去っていった深川。現在の乃木坂46の隆盛があるのも、みんなのお姉さんとしてグループを支えてきたからに他ならない。乃木坂46がこの先どれだけ歴史を刻んでいこうとも、深川がグループに残した“やさしさ”は多くの人の心に刻まれていくことだろう。

(文=川崎龍也)

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  • 10/22 17:00
  • 日刊大衆

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