「命より収入を優先する患者たち」貧困にどう気づくか? 模索する医療現場の実態

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 年収と健康には因果関係がある――近年、さまざまな研究によってそんな事実から明らかにされてきた。格差が広がる日本でも問題視され始めた「健康格差」が今、新型コロナの影響で深刻化している。残酷なまでに広がりだした“命の格差”の実態に追る。今回はコロナ禍で変化する「生活困窮者」の医療現場の実態だ。

◆「命より収入を優先に」患者の貧困にどう気づくか?

 経済的理由で病院に行かず、その結果、死に至ってしまうほど日本の貧困は深刻だ。全日本民主医療機関連合会の久保田直生氏によれば、「収入が少なくても、生活保護を受けずになんとか耐えている人が最も危ない」という。

「生活保護を受ければ医療費は免除されます。しかし、実際には生活保護を受けられる水準の収入でも、世間体や差別を恐れて申請しない人がたくさんいます。持病があればその間にもどんどん病気は悪くなる。結果的に治療が遅れてしまい、病院に来たときには手遅れになっているケースが出てきてしまうのです」

 また、民医連は’05年から同様の調査を毎年行っているが、「例年、多いのは中高年男性」だという。

「全体の7~8割が男性で、住居では借家やアパートでの一人暮らしの割合が目立ちます。やはり男性のほうが周囲から孤立しやすいという問題があるのではないかと。地域で孤立して、誰とも繋がりがなくなり、具合が悪くなっても我慢して……という傾向が強いのではないかと思います」

 持病を抱えていても金銭的理由で通院をやめてしまい、周りには心配する人もいない……そんな姿が目に浮かぶ。そういった人に「毎週、きちんと病院に来て」と伝えても、難しいのは自明だろう。

◆生活の基盤にある問題

 そのため、昨今の医療現場では患者の病気を診察するだけでなく「生活の基盤にある問題も解決しないと根本的な治療に繋がらない」という意識が高まっている。医療従事者が集まる勉強会も各地で開かれ、そのなかでは患者が生活に苦しんでいるかどうかに気づくための“サイン”(記事末参照)なども話し合われているそうだ。

「患者さんから『経済的に苦しい』と言ってもらえればケースワーカーに繋げるなどできますが、問題はその前です。例えば小児科に来ても絶対に母子手帳を見せないお母さんがいて、聞いてみると小児ワクチンを受けるお金がなくて一度も子供がワクチンを打てていなかったりする。そういった患者さんに気づくために、スタッフを集めカンファレンスを行う病院も増えています。外来の医療事務や受付も参加して『今週、気になった患者さんは誰でしたか?』と話し合って、そういった意見交換から治療に繋がるケースもあります」

◆コロナ禍で増加する無料低額診療の患者

 また、生活が苦しい人に対しては「無料低額診療事業」という存在がある。収入が少ない人が受診した際の自己負担分の免除や減額をしてくれる制度だ。

 ただ、どの病院でも受けられるわけではない。取り入れている病院は、全国で703か所(’18年)、東京都内では55か所(’21年)で、利用するためには患者が病院に申請しなくてはいけない。東京都内で無料低額診療を行う中野共立病院の渋谷直道氏が話す。

「患者さんを事業対象にするかどうかの判断は各病院が行うのですが、当院の場合、直近3か月の平均収入によって全額免除か1割減額になります。現在は関連の診療所と合わせて月に40件ほどが無料低額診療の対象になっているのですが、毎日数件は相談の電話がきている状況です」

 新型コロナの流行以来、この無料低額診療を求める人が増えて「ネットで調べた遠方に住む人からも問い合わせがくる」という。

「持病を抱えているけれど、コロナで収入が減って医療費が払えないので何とかならないかといった声です。例えばタクシー運転手。当院の関連診療所ではタクシー運転手の健診を行っていますが、もともと時間が不規則で運動不足になりやすい仕事なので、糖尿病や高血圧、精神疾患の有病率が80%にも上るんです。さらにコロナで大打撃を受けたことで、タクシー運転手が困り果てて受診されるということがよくあります」

◆診療費は免除されても薬代の負担がのしかかる

 また、最近多いのは未婚の中年が年金暮らしの親と同居しているケースだという。

「息子さんはホテルの清掃員をしていたが、コロナで収入が3分の1になり、ある日、急性膵炎になったそうです。しかし、日雇いで収入が減るから休めないし、入院して医療費を払うと家賃と光熱費すらなくなると。そんな相談を受けて、事業対象になった人もいました」

 しかし、無料低額診療事業は打ち出の小槌のような存在ではない。大きな問題なのは、診療代は免除されても、院外の薬局で受け取る薬代はかかる点だ。

「無料低額診療を受ける患者さんはやはり慢性的な病気をお持ちの人が多く、診療後も長く薬が必要になります。糖尿病のインスリン製剤などは月に数万円かかりますし、抗がん剤治療が必要ならさらにかかる。なかには自分でインスリン注射の回数を減らす患者さんもいました。医師に内緒でそういったことをしてしまう患者さんに対して、1回の診療代を免除したところでほぼ意味がないわけです」

 中野共立病院ではこの問題に対処すべく、院外処方から院内処方に切り替えたという。これによって薬代も制度の対象になった。

「ただ、苦しい事情を話すと、無料低額診療事業で減免した費用は医療機関の持ち出しとなっています。この事業を実施している医療機関には、固定資産税・法人税が優遇される制度がありますが、当院のような社会福祉法人などはもともと非課税となっている法人なので、新たな優遇を受けることはありません。そのため、医療機関の経営を圧迫しかねないんです」

 負担が強まる生活困窮者の医療現場。ある意味、コロナ禍におけるもう一つの医療危機と言える。

◆医療従事者が感じた「患者の貧困」のサイン

■ 外来にて

①受診頻度
・不定期受診/予約日に受診しない
・受診の遅れ(症状が進んでから受診)

②検査に関連して
・検査を希望しない
・検査すると伝えたときに困惑した表情を見せる

③処方に関連して
・ジェネリック医薬品を希望し高額な治療薬を避ける
・治療に積極的ではない
・残業が非常に多い
・薬代を節約している様子がある

④予約日の設定に関連して
・再診日を先に設定して受診間隔を広げる

■ 訪問診療

・自宅にペットの毛がたくさん落ちている
・猫屋敷やゴミ屋敷になっている

◆■ 患者本人の特性

・服装や身なり(いつも同じ服装、汚れ、穴が開いている)
・未治療の歯が多い/歯がない/合わない入れ歯を使用している
・かなりわかりやすく説明しても理解に乏しい
・その場しのぎの発言・短絡的な反応/安易な対処
・精神的な疾患を抱えている(発達障害や認知症を含む)
・端息や糖尿病などの慢性疾患を有し、治療に積極的ではない
・十分な教育を受けられなかった
・住所(地域性:生活保護受給者の多い地区に居住など)
・補助の出る治験参加者、治験リピーター(治療の代替に利用)

引用元/実践誌『プライマリ・ケア』(Vol.3 No.2, 2018)より抜粋

【久保田直生氏】
全日本民主医療機関連合会常駐理事。毎年、「経済的事由による手遅れ死亡事例調査」を行う。’21年の調査結果報告会では、「無料低額医療事業」の周知を呼びかけた

<取材・文/週刊SPA!編集部>

―[年収×健康 残酷な格差]―


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