巨人を応援する阪神ファンの姿を見て思う「野党共闘」の難しさ/相澤冬樹

 コロナの緊急事態宣言が明け、ちょっぴり賑わいが戻ってきた大阪の酒場。その一軒で僕はなじみのマスターや常連たちとアホ話を楽しんでいた。店のテレビにはプロ野球中継。いつもの光景だが、巨人が点を取った瞬間、虎キチのマスターが「よしっ」と声を上げたのは、いつもと違う。

「ちょっと、巨人を応援してんの?」

「きょうだけはな。相手はヤクルトやで」

 この日は10月15日。阪神はセ・リーグ2位で首位ヤクルトを追っているが、ヤクルトにはすでにマジック6が点灯している。つまり阪神に自力優勝の目はなく、ヤクルトが負けてくれなければ優勝できない。

「きょうは阪神戦がないやろ。だからヤクルトを負かすように巨人を応援するしかないんや。『敵の敵は味方』と言うやんか」

 なるほど、理屈はそうだ。でも僕はどうにも乗り切れない。大阪の阪神ファンは阪神を応援するだけじゃない。巨人が嫌いなのだ。プロ野球界に君臨するかのような巨人が。これは理屈じゃない、肌感覚だから、いくら「ヤクルトが負けた方がいい」とわかっていても、巨人相手だとついヤクルトが点を取った時に「よしっ」と言ってしまう。

「あかんあかん、ヤクルトが勝ったらあかんのや」

 マスターは言うが、「敵の敵は味方」というのを理屈じゃなく感情で理解するのはなかなか難しい。……その時、ふと思った。これって選挙と似てるんじゃないか?

◆東京8区騒動に見る「敵の敵も敵」

 東京8区の立候補者をめぐる騒動が一躍注目を浴びた。れいわ新選組の山本太郎代表が野党統一候補として名乗りを上げた。すると「そんなの聞いてない」と、地元で地道な活動を続けてきた立憲民主党の吉田晴美(はるみ)さんを支持している人たちから大ブーイング。枝野代表は「困惑している」。太郎さんは「事前に話し合っていた」という。どっちが正しいの? 「枝野が悪い」「太郎が悪い」の非難合戦になってしまった。

 こうなったら是非もない。太郎さんはここでの出馬を取りやめた。その後、共産党も候補を取り下げ、野党の候補は立憲民主党の吉田さんに一本化された。これを結果オーライととらえることもできる。騒動のおかげで吉田さんの名前が知られるようになり、自民党はむしろ太郎さんが出てくれた方がよかったという声もある。

 ただしこれは東京8区に限った話だ。全体を見回せば、この騒動が野党共闘に残した傷跡は深いだろう。

「共闘なんてやってられないよ。応援なんかするもんか」

 野党支持者の間にそんな白けた気持ちが広がっているのではないかと感じる。野党支持者にとって本当の敵は自民・公明。野党はお互い「自公と闘う」という意味で「敵の敵は味方」ということになる。だから野党共闘が成立するという理屈だ。

 でも普段、野党各党は「与党批判層」という同じパイでしのぎを削る構図にある。与党と野党の真ん中にいる“中間層”を取り込めばパイは増えるが、そう簡単にはいかない。だから与党と争うより野党同士の方が激しく争っていたりする。限りあるパイを奪い合ってきたライバル同士が、選挙を前にいきなり「共闘」と言っても、野党をそれぞれ支えてきた人々の気持ちはついていけないだろう。

 支援者たちのそんな当たり前の“感覚”を、野党の指導者たちは真剣に考えず、「敵の敵は味方」という“理屈”だけで押し切ろうとしたんじゃないか? 説明よりまず話し合いだろう。現場で汗をかいている人たちの思いを指導者たちはわかっていないし、わかろうともしていない。そんな苦い思いを噛みしめた野党支持者が大勢いるはずだ。選挙で「敵の敵は味方」にならない。「敵の敵も敵」だと実感する。

◆選挙では、1+1は2にならない

 野党共闘の効用としてよく指摘されるのが、小選挙区で各党の得票数を足し上げると、自民の得票を上回るという話。共闘すれば自民に勝てる根拠としてよく示される。計算上は確かにそうだ。

 でも選挙は算数と違う。算数では1+1=2だが、選挙では1+1が2にならない。逆に減ることもある。そんな実例が2年前にある。

 2019年4月、大阪12区で衆議院の補欠選挙があった。共産党の衆議院議員だった宮本岳志(たけし)さんは、現職を退いて立候補した。当時、野党各党は森友事件の追及で一致していたため、共闘の機運が生まれていた。森友追及の急先鋒だった宮本さんは、野党共闘の新たな境地を開こうと、共産党公認ではなくあえて無所属で選挙に挑んだ。

 一部野党の推薦を受けたほか、立憲民主党の枝野幸男代表も必勝を祈る“ため書き”を持って激励に訪れた。同じく森友事件を追及していた立憲民主党の川内博史議員をはじめ、応援に駆けつけた野党議員も相次いだ。それで結果はどうなったか?

 立候補者4人中、最下位の1万4027票。共闘効果どころか、共産党の基礎票の77%しか取れずに敗れた。「1+1=2」ではなく「1+1=0.7」に減ってしまったのである。

 これも「敵の敵は味方」にならないという好例だ。いくら野党共闘候補だ、無所属だと言っても、立憲民主党の支持者から見れば「宮本さんは共産党の人でしょ」となる。自民や維新の候補を負かすためとはいえ、「共産党系の候補に投票に行こう」という積極的な気持ちにはなかなかなれない。

 では共産党の支持者はどうだったのか? 選挙後に宮本さんに聞いたところ、共産党公認ではなく無所属で立候補したことを「党への裏切り行為」と受け止めて投票しなかった人がかなりいたという。組織の固い共産党ですら、内部で意思が徹底できなかったことを物語る。

◆“反対”ではなく“希望”のための共闘

 野党共闘はなぜ敗れたか? 僕は補選後、宮本さんを取材してたずねた。

「野党は安倍政権批判、大阪では維新批判を繰り返してきましたけど、安倍政権は長く続いていますし(当時)、補選では維新の候補が勝ちました。安倍政権が国民の多数に、維新が大阪府民の多数に、支持されていることを認めるところから始まるのではないですか? 安倍さんや維新より“いい夢”を有権者に見せることができていないんです」

 すると宮本さんはじっと考えて答えた。

「もっと“いい夢”を見せる……その通りだね。反対だけでなく、安倍さんではない新しい選択肢を示さなくちゃね。『こっちの方がもっといいよ』の戦略だね。反対のための共闘ではなく、希望のための共闘。そのために野党がわだかまりを捨てて一つになれるかどうかだね」

 最後に、選挙戦で一番うれしかったことをたずねたところ、宮本さんは「これまで私とは反対の立場に立ち、私が批判してきた方から『支持する』という声を寄せて頂いたことです」と答えた。その代表が、元文部科学事務次官の前川喜平さんだ。

 前川さんは「面従腹背」と言うだけあって、現職の事務次官時代は下村文部科学大臣(当時)の下で政権側にいたから、国会で宮本さんと散々やり合った。それなのにこの時の選挙では「信頼し、尊敬する政治家です」というメッセージを送ってくれた。

「対峙してきた方々から応援していただける。政治家冥利に尽きます」

 この言葉に野党共闘のヒントがあるように感じる。宮本たけしさんは今回、大阪5区から共産党公認で立候補。公明党の前職、国重徹さんに挑む。立憲民主党は候補を取り下げたが、れいわ新選組は大石晃子さんを独自候補に立てた。やはり共闘は難しい。ちなみにこの選挙区は、森友学園の元理事長の妻、籠池諄子さんも立候補して話題になっている。

◆「衆院選で最も重視するテーマ」トップは森友再調査

 今回の総選挙で何を訴えると一番効果的だろうか? ヤフーニュースの「みんなの意見」というコーナーで「衆院選、あなたが最も重視するテーマは?」というアンケート調査が行われている。19の選択肢から1つのテーマを選ぶ方式で、10月21日朝の時点で37万人を超える人たちが投票。衆院選公示を前に急増しているから関心の高さを物語る。結果を見ると……。

1位 「森友問題の再調査」 11万人余 30.7%

2位 「外交・安全保障」 6万8000人余 18.4%

3位 「経済・成長戦略」 4万8000人余 12.9%

4位 「コロナ経済・補償対策」 3万人余 8.2%

5位 「憲法改正」 2万3000人余 6.3%

 森友再調査がダントツのトップ。安全保障や成長戦略、コロナなど、選挙の最重要テーマになりそうな項目をはるかに上回って、全体の3割を占める。しかも森友再調査は、数多い選択肢の一番下の方にあるから、選ばれにくいはずなのに1位に躍り出た。アンケートは世論調査ほどの厳密さはないが、共同通信の世論調査でも「再調査すべき」という回答が6割以上を占めた。

◆よみがえった“亡霊”は選挙を左右するか?

 森友事件とは何か? 4年前の2017年に発覚した森友学園への国有地の巨額値引き売却と、発覚後に隠ぺい策として行われた公文書改ざん。主役は森友学園ではなく財務省だ。近畿財務局の赤木俊夫さんは現場で改ざんに反対したが上司にやらされ、3年前の2018年3月7日に命を絶った。

 その後、忘れられかけていた事件が今、“亡霊”のようによみがえっている。犠牲者の妻、赤木雅子さんが10月6日に出した“総理への手紙”が大きなきっかけになった。

「人の話を聞くのが得意」という岸田総理大臣に直筆の手紙を送り、夫の死の真相解明のため、第三者の手で再調査をしてほしいと訴えた。この手紙を報道各社が大きく伝えた。立憲民主党の辻元清美副代表が国会の代表質問で読み上げ、NHKで全国に生中継された。またたく間に日本中で共感が広がっている。“奇跡”のようなできごとだ。

“亡霊”の復活を怖れているのは、事件を“なかったこと”にしたい人たち。その筆頭が安倍晋三元総理ではないだろうか? 妻の昭恵さんが森友学園の小学校の名誉校長を務めていた。そこを国会で野党に突かれて「(取引に)私や妻が関係していたら総理大臣も議員も辞める」と言い切った。その後に改ざんが始まり、取引に関する公文書から安倍昭恵さんの名前が消された。それをやらされたのが亡くなった赤木俊夫さんだ。

 安倍さん、菅さんに続いて政権を握った岸田総理も、森友再調査から逃げ腰の姿勢を示している。岸田総理は森友事件に関係していないのに、自民党総裁選に出ると表明した当初はやる気を見せていたのに、誰に忖度(そんたく)しているのだろう?

 10月14日に衆議院が解散した。日本は19日に総選挙に突入した。多くの人々が支持する「森友再調査」は、他の争点より与野党の違いが単純でわかりやすい。与党は「しない」、野党は「する」。この国のためにどちらがいいのか? 森友再調査が実際に衆院選の最重要テーマに浮上すれば、本当に“奇跡”が起きるかもしれない。

◆“より大きな敵”への闘争心

 最後にもう一度プロ野球の話を。パ・リーグではロッテに51年ぶりの優勝マジックが点灯し、ファンは盛り上がっている(10月19日現在)。パ・リーグのファンに言わせると、パ・リーグではよそのチームへの敵対心がセ・リーグほど激しくないという。どちらかというとセ・リーグへの対抗心の方が強いようだ。

 よく「人気のセ、実力のパ」と言う。セ・リーグは巨人のおかげでテレビ中継があるため知名度が上がった。パ・リーグは実力があるのに人気ではセ・リーグにかなわない。これは悔しいだろう。

“より大きな敵”が外にいると身内の争いが収まるというのは、国際政治でもよく言われることだ。野党共闘がうまくいかないというのは、“より大きな敵”への敵対心、「何が何でも政権を取って理想の政治をめざす」という闘争心が足りていないのかもしれない。

 自民党には「何が何でも選挙に勝って権力を維持する」という闘争心がある。野党も少しは見習うべきではないか?

文/相澤冬樹

―[取材は愛]―

【相澤冬樹】

無所属記者。1987年にNHKに入局、大阪放送局の記者として森友報道に関するスクープを連発。2018年にNHKを退職。著書に『真実をつかむ 調べて聞いて書く技術』(角川新書)、『メディアの闇 「安倍官邸 VS.NHK」森友取材全真相』(文春文庫)、共著書に『私は真実が知りたい 夫が遺書で告発「森友」改ざんはなぜ?』(文藝春秋)など

2021/10/21 8:51

この記事のみんなのコメント

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  • コロナウイルス対策議論より、追及を優先した野党。議論をさせないからなあ。

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