ひろゆきが「徒競走で順位をつけない教育」はバカすぎると考えるワケ

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―[ひろゆき連載コラム「僕が親ならこうするね」]―

 運動会シーズン真っ只中だが、この時期話題に上るのが「順位をつけない学校方針」だ。初の子育て&教育論をまとめた『僕が親ならこう育てるね』の著者・ひろゆき氏は競争を子どもの頃から教えるの大切を説く。その真意とは?

◆徒競走で順位をつけない“比べない教育”は微妙

「他人と比べるのはよくない」

 そんな考えから徒競走で順位をつけないナゾ教育を方針とする学校があるようで、それに賛同する声も、最近チラホラと耳にします。

 僕は、個人的にはこの“比べない教育”は微妙だと思っています。大人になって社会に出ると他人と比べられるのが当たり前。競争がない世界で生きていくことは、石油王の子どもでもない限り不可能です。

◆学校で競争があることを教えておく必要がある

 学校は社会で生きていくための準備をするところですから、学校で競争があることを教えておくのは必要なことです。

「世の中が平和でありますように」と唱えても平和にならないように、「争いがない社会がいいよね」と唱えても争いはなくなりません。

 企業が生き残るのは、他社よりも優れた製品を安価に提供するからで、その競争があるからこそ、より便利で良いモノが出て、市民が幸せになるという側面もあると思うのです。

◆比べることが問題なのではなく、評価の仕方が問題

 このように世界中どこに行っても争いや順位がつくのは当たり前の社会なのに、もし本気で「比べない教育がいい」と言っている人がいたら、それは子どもを純粋培養するのがいいと信じ、子どもが社会に出てからのことをまったく考えていない、バカなのだと思います。

 もちろん、比べられることで劣等感を抱き、やる気を失ってしまう子どももいるでしょう。しかし、逆に比べられることで客観的な成果を把握し、うまくやっている人の真似をしようとする、競争力を身につけるきっかけにもなり得るのです。

 つまり、教育において比べることが問題なのではなく、評価の仕方が問題だと思うのです。

◆競争は自分の得意を見つける手段

 ここで重要になってくるのが、比べられても“できない子”という劣等感を抱かせないようにして、次に頑張るように仕向けられるかどうかです。

 比べられて“できない”とわかったら、違うことを見つけるチャンスでもあります。ガチで向いていない不得意なことをやり続けるくらいなら、得意なものを探して上手になっていくことを教えたほうが健全ですし、子どものためにもなると思うのです。

 以前も書いたと思いますが、日本の大学は5教科で満遍なく点数を取れる人が良い大学に入れる仕組みになっています。

◆競争やテストを受け入れ、得意な能力を伸ばす

 しかし、社会に出ると満遍なく能力がある人よりも一つでも秀でた能力があったほうが評価されることがあります。数字に強い人が経営企画室や経理でバリバリ優秀に仕事をこなしているとして、その人が国語の成績が低いとか、足が遅いとか、どうでもいいですからね。

 人間、得手不得手というのは誰にでもあるものです。それを子どもが知り、努力したことが身になっているかを確認するために、競争やテストが存在しているわけです。だから、子どものマイナスにならなければ、比べることはいくらでもやればいい。

 子どものためを思うなら競争を避けるのではなく、競争やテストを受け入れ、得意な能力を伸ばしていくことを考えるのがいいと思うのです。

―[ひろゆき連載コラム「僕が親ならこうするね」]―

【ひろゆき】
西村博之(にしむらひろゆき)1976年、神奈川県生まれ。東京都・赤羽に移り住み、中央大学に進学後、在学中に米国・アーカンソー州に留学。1999年に開設した「2ちゃんねる」、2005年に就任した「ニコニコ動画」の元管理人。現在は英語圏最大の掲示板サイト「4chan」の管理人を務め、フランスに在住。たまに日本にいる。週刊SPA!で10年以上連載を担当。『僕が親ならこう育てるね』という初の子育て論本が発売。著者印税は児童養護施設へのパソコン寄贈に充てられる

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  • 10/20 11:55
  • 日刊SPA!

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