港区ブランド産院の「プレママ友沼」。産まれる前から生じている、驚愕の教育格差とは

秋五夜「婚活勝利宣言」

アマン東京の「アマン・スパ」は、昼下がりを過ごすのに最高の場所。

柔らかく陽光が降り注ぐプールサイドのデイベッドで本を読み、キレイ色のドリンクをオーダーする。

昼間のプールには、ほとんど人がいない。私と同じ「こちら側」の女が、美しい水着姿で同じようにのんびりと本を読んでいる姿をたまにみかけるくらいだ。

東京の婚活戦線の絶対的勝者。この贅沢な空間で、日がな1日好きに過ごすことを許された女だ。

私たちは、時折視線を合わせる。

そして軽くほほ笑み、お互いの勝利を祝福する。

婚活をしていた頃、富裕層の妻になることのみに目的に絞ったので、夫に抱いているのは恋愛感情とは違う。したがって、夫のちょっとした女遊びに右往左往することもない。

最高に裕福な夫を持ちながら、嫉妬心で醜態をさらす理由がない若妻こそ最強だ。怖いものなんて何もないのだから。

女同士のマウント合戦も、恋愛中のはかりごとも、もう私を煩わせることはない。

この穏やかなホテルスパのように、私の人生はゴージャスで、整えられている。

私は満足感が爪の先まで這い上がってくるのを感じながら、Instagramのストーリーズにこの余韻をアップする。

婚活に勝利した港区妻。さて、束の間の平穏のあとに現れるのは…?

プレママ友

「このあたりだと産院は山王か愛育か?彩美の好きなところを選ぶといいよ。もちろん個室にしよう、オプションはなんだってつけるといい」

子どもができたとわかると、夫の譲治さんは、以前にも増して鷹揚になった。

彼は、15歳年上でシェアオフィス事業で成功した経営者。27歳の私がすることは何でも笑って許してくれるけれど、赤ちゃんのこととなるとなおさらだった。

「わあ、嬉しい。歩いて行けるし、愛育にしようかな」

私は広尾のナショナル麻布に買い物に行くときに目にする、上品な愛育クリニックの佇まいを思い出す。分娩は新しくできた芝浦の愛育病院になるらしいが、それもタクシーで行けば10分ほど。

ブランド産院御三家と言えば山王・愛育・聖路加。子どもができたら、このどれかで産むと前から決めていた。

芸能人御用達でもある山王病院は捨てがたかったが、自宅から近いことで愛育に軍配があがった。

簡易妊娠判定キットで陽性が出てからすぐに予約を入れて、愛育を訪れたのは妊娠7週目。

こんなに早く来るなんてと驚かれるかと思ったが「分娩予約、もう少しでいっぱいでしたよ。ラッキーでしたね」とスタッフに言われて、目を丸くした。さすが都内の人気産院だ。

港区というのは、暮らしているといつだってちょっとした驚きがある。

そのうちの一つが、この私に穏やかな関係の女友だちができたということ。

結婚前は、女は皆ライバルだと思って生きてきたが、結婚してしまうと男で争う必要がなくなるので、友だちになることができる。

暇つぶしに通い始めた愛育のマタニティヨガクラスで「プレママ友」が2人できた。

彼女たちはびっくりするほど親切で、毎日楽しいことだけして生きている。おまけに洗練されていて、もちろん美しい。

そしていままで行動を共にしていた港区女子との決定的な違いは、おおらかなことだった。婚活中の知り合いは皆、表面上笑っていても、どこかお互いの抜け駆けを牽制しているようなところがある。

しかし、結婚という絶対的な基盤を手に入れた女というのは驚くほど優しく、楽しいことは何でもシェアしてくれるのだと、私は痛感した。

「彩美ちゃーん、おはよ。今日ね、ベビーカーやお洋服の展示会に呼ばれてて、もしよかったらこのあと3人でいかない?」

「え!ベビーカーどれにしたらいいか全然わからなくて困ってたの。レイラちゃん、ありがとう」

スイス人と日本人のミックスのレイラは、10代の頃はアイドルをしていたそうだ。今でも、華やかな雰囲気が漂っていて、かなり目立つ。

見た目が派手なので、最初は警戒していたが、話してみると気さくであっという間に仲良くなった。彼女は、こういう楽しいイベントによく誘ってくれる。

レイラ自身は、松濤育ちのお嬢様らしいが、いつもフェラーリでレイラを送ってくるご主人は、何をしているのか聞いていない。

「彩美ちゃん、レイラちゃん、おはようございます。いいお天気でよかったね」

もうひとりの仲良し、琴葉がヨガウエアに身を包み、部屋に入ってくる。このスレンダーな体のどこに赤ちゃんが、と思うほどのスタイル抜群だ。

年齢は23歳と妊婦にしては若く、27歳の私から見ても若さがまぶしいほどだった。

琴葉は、初等科から聖心の生粋のお嬢様。大学卒業と同時に、有名な政治家の御曹司とお見合いで結婚し、ママになった。

「わーい、3人で表参道にベビーグッズ見に行けるなんて楽しみ。車で来たから一緒に行こ。ランチはどこでする?」

琴葉は、いつも運転手付きの車で移動している。そんな女がいるのが、この港区マタニティヨガクラスなのだ。

私もその一員となり、幸福を分かち合って生きている。

私は、栃木出身で、東京の女子大を卒業したあと、派遣で受付をしながら必死で見た目を磨いてきた。華やかな友達を作って、東京の上澄みにいる人たちの仲間に入ろうとしたが、東京出身のお嬢様たちには相手にされなかった、20代前半。

それでも努力して結婚相手を探し、憧れていた世界にたどり着くことができた。

― このときまでは、私は確かに勝利に酔っていたのだ。

仲良くなったプレママ友の一言が、平穏な毎日を打ち砕く。

スイッチ

「彩美ちゃんの赤ちゃんは男の子だよね?幼稚園てもう決めた?」

「え、幼稚園!?う、ううん全然…。インターとか、英語のナーサリーとか、いいかなって思うけど…」

妊娠5ヶ月。東京アメリカンクラブで3人でのんびりとお茶をしていると、レイラがやけに気が早い話をふってきた。

「そっかあ。うちは女の子だし、主人が小学校から聖心に入れるって言ってて。伊皿子の枝光会が近いけど、あそこは車でドロップオフできないから、駒場の枝光会のほうがいいかなあって。琴葉ちゃんは?」

「うちは私も主人も若葉会だから、息子もそうするかな。お義母さんの手前もあるしね」

私は平静を装いながらも、内心驚愕していた。まるでどこのベビーカーがいい、というような調子で、まだ産まれてもいない赤ちゃんのスクールを選んでいる。

― 枝光会とか若葉会って、紺装束のお母さんたちがいる、アレでしょ…?政治家一家の琴葉ちゃんはともかく、派手好きのレイラがあんな世界に入るなんて想像がつかないんだけど…。

沈黙する私をよそに、2人は幼児教室やお受験の話など、私にはチンプンカンプンな話を熱心に続けていた。

どうやら2人は、もうそこら辺の知識があるらしい。その事実は、育ってきた環境の違いを思い知るのに十分だった。

この感じ、なんだか覚えがある。

譲治さんと結婚する前。まだ私が「誰かに選ばれた女」ではなく、ただの「港区のキレイで若い女」だった頃。

私はよく、冴えない女を前にこんな風に振舞っていた。「私とあなたは人種が違うのよ」と。侮蔑を隠して、無邪気を装って。

果たしてレイラと琴葉はどうだろうか。彼女たちはそんな風にはとても見えない。

― だけど、私が話に入れないのわかってて、いつまでもそんな話、続けなくてもいいのに。

この怒りが理不尽なのか、それとも正当なものなのか、判断がつかないまま、私は、曖昧な笑顔を浮かべながら、相槌をうっていた。

「ねえ譲治さん、この子の幼稚園とかって考えたことある…?」

その夜、照明を落としてソファで映画を見ている夫に、私は尋ねてみた。

そもそも、いつだって生活の面倒なことは譲治さんに任せている。経営者らしく決断力がある彼が、世間でうまくやっていくための最適解を出してくれるはずだ。

15歳も年上の男性と結婚したのは、こういうときに頼れるからというのもあった。

「幼稚園か。ははっ、そんなのどこでも一緒だろ」

「…そうだよね、まあ、たかが幼稚園だもんね。なんかね、愛育で友達になった子たち、もうお受験とかって目の色変えてて、驚いちゃった」

譲治さんの鷹揚な様子にほっとして、レイラたちをちょっとからかうような口ぶりになる私に、彼はこともなげに言い放った。

「どこの幼稚園だろうが小学校に行こうが、どうだっていい。問題は、最終学歴だよ」

「え?」

そのシビアな響きに、私の笑顔が凍り付く。

「港区の高等遊民連中なんてどうでもいいんだ。途中経過なんてなんだっていいから、子どもが何人になろうとも全員東大に入れろ。

彩美の若さと体力を見込んで結婚したんだ。男はあと2人、女も1人くらいは産んでくれよ。俺の子なら文武両道が当たり前。そこらの体操ごっこ教室じゃなくてチーム競技と武道が学べるちゃんとしたとこに通わせろよ。

結局、子どものできは、母親にかかってるんだよ。金はいくらでも出すから」

私は絶句して、映画から目を離さない譲治さんの横顔を見た。

私がするどんなことも笑って許してくれた。こんなに妻に甘くて、経営者として大丈夫なの、と軽口をたたいたこともある。

それは、彼にとって私はただの愛玩用だったから。

しかし自分の分身である子どもができた今、私は愛玩ポジションを早くも追われ、今求められているのは「子育てする人」としての役割なのだ。

そして司令塔である彼は、そのミッションを前にすると、この上なく厳しい。

男性としての魅力を感じない夫にちやほやされなくなったばかりか、この扱いでは、まるでパワハラ上司と一緒に住んでいるようなものだ。

ホームシアターのプロジェクターにはこわく的な装いで、夜の街を歩く若い女が映し出されている。かつて私が生息していた世界。ようやく卒業できたと思った場所。

でも、彼女たちは、危うく、脆く、そしてこのうえなく自由で幸福なのだと、私は悲しくなるくらいはっきりと悟った。

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2021/10/18 5:02

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