「ストレス減少、仕事もバッチリ!」ただ、医学研究でわかった「完全リモート」がオススメできないワケ?

新型コロナウイルス感染症の拡大で、企業に広がっているリモートワーク。ストレスが減るばかりか、特に生産性も落ちることもなく、働く人にとっても企業にとっても、いいことづくめであることが東京医科大学の産業医グループの研究で明らかになった。

医学的な裏付けが得られたことは喜ばしいが、一つ意外な問題点が浮き彫りになった。なんと、週5日の完全リモートワークにすると、ガクンと生産性が落ちるというのだ。いったいなぜだろうか? 研究者に聞いた。

心身のストレスが1.2~1.6倍も軽くなる

研究論文をまとめたのは、東京医科大学精神医学分野の志村哲祥(あきよし)兼任講師(精神・睡眠・産業医学専攻)らの研究チームだ。米国の心理学誌「Frontiers in Psychology」(9月30日号)に発表した。

現在、新型コロナウイルスの感染拡大でリモートワークが推奨されている。しかし、リモートワークが働く人のストレスを、どの程度減らすのか、あるいは増やすのか。またリモートワークをすると、生産性は上がるのか、あるいは下がるのか。医学的にほとんど研究されていないのが現状だ。

そこで、研究チームはコロナ前(2019年)とコロナ後(2020年)で、同一の労働者たちの追跡調査を行い、リモートワークの実施状況が仕事のストレスや生産性に与える影響を調べた。

具体的には、ITや金融、放送、商社、アパレル、印刷、人材派遣、コンサルタント業など23社の従業員で、2019年時点では在宅勤務を行っていなかった3123人(男性1773人、女性1350人、平均年齢37歳)を対象に調査した。

2020年には、このうち1440人が「リモートワークなし」(46.1%)で、713人が「週1~2回のリモートワーク」(22.8%)、728人が「週3~4回のリモートワーク」(23.3%)、242人が「週5回のフルリモート」(7.8%)になっていた=左の円グラフ参照。

そして、この3123人に対して、2019年と1年後の2020年に、心身のストレス状態や睡眠状況、仕事のはかどり具合などを詳しく聞く同じテストを行い、比較した。

たとえば、ストレス状態ではこんな質問をして、もっともあてはまる回答を4段階で選ぶ。

「活気がわいてくる」

「内心腹立たしい」

「へとへとだ」

「何をするのも面倒だ」

睡眠状況では、こんな質問だ。

「過去1か月で、通常何時ごろ寝床についたか」

「過去1か月で、寝床についてから眠るまでどれくらいの時間がかかったか」

仕事のはかどり具合、やりがいではこんな質問だ。

「仕事の内容は自分に合っている」

「時間内に仕事を処理しきれない」

「自分のペースで仕事ができる」

「自分の技能や知識を仕事で使うことが少ない」

こうして、リモートワークをしたか、しなかったか、またリモートワークの頻度によって、どのようにストレスの度合いや睡眠状況、そして仕事のはかどり(生産性)の変化を比較したのだった。

その結果、ストレスの面では、リモートワークがない人に比べ、リモートワークをしている人は、およそ1.2~1.6倍の確率で、心身のストレス反応が軽減されることがわかった=グラフ1参照。

これをみると、フルリモートの人のストレスが一番低くなっているように見えるが、研究チームによると、統計上は有意ではない(特に意味のある差がない)。ただし、在宅ワークグループが全体的にストレス減少傾向にあるのは確かだという。

一方で、生産性の面では意外な結果が出た。リモートワークのない人に比べ、「週1~2回」も「週3~4回」もほとんど変わらなかった。リモートワークになったからといって生産性が落ちることはなかったのだ。ところが、「フルリモート」の人だけが突出して仕事のはかどりが悪くなった。1.4倍の確率で生産性の低下を招いてしまう可能性が示されたのだった=グラフ2参照。

具合が悪いのに出勤する人で数十兆円の経済損失

これはいったい、どういうわけだろうか――。J‐CASTニュース会社ウォッチ編集部は、今回の研究結果についてチームリーダーである東京医科大学の志村哲祥兼任講師(38歳)に話を聞いた。

――リモートワークにすると、ストレスが減る要因には、どういう理由が考えられるでしょうか。

志村哲祥さん「この研究の分析をさらに進めた結果では、未発表ですが、平日の睡眠時間を確保できること、通勤のストレスが緩和されること、職場での対人関係のストレスが減ること、プライベートの時間が取れるようになることなどが主な要因でストレスが軽減することが示唆されています」

――ストレスが減る理由はわかりましたが、それが生産性にまでかかわるのはなぜでしょうか?

志村哲祥さん「産業医学の面で注目されている『プレゼンティーイズム』(presenteeism)という言葉があります。日本語では『疾病就業』と訳されます。頭痛や腰痛、生理痛、胃腸の痛み、軽度のうつ、花粉症といった、つらくても無理をすれば出社できる程度の心身の不調のせいで、本人の生産性が本来よりも低下してしまうことを意味する言葉です。

プレゼンティーイズムによる経済の損失額はかなり大きく、日本全体では少なくとも数十兆円に及ぶという試算もあります。そして精神面での不調が非常に大きく影響することが明らかとなっています。メンタルケアが結果的にプレゼンティーイズムを改善させうるのです」

フルリモートの人は体内時計のリズムが不調に

――心身の不調を隠し、無理して出勤すると生産性が下がり、企業の大きな損失になるというわけですね。ところが、週5日のフルリモートワークになると、逆に生産性が下がるという結果が出ました。リモートワークの利点を一番享受している働き方のはずなのに不思議です。どういう理由からでしょうか。

志村哲祥さん「まず一つには、リモートワークの頻度が多いほど睡眠リズムが乱れる傾向が見えています。特に若い人に弊害が出てくるのです。1週間に1度も会社に行かなくなると、夜型の生活になり、夜更かし朝寝坊になります。すると、夜寝付けない、夜中に目が覚める、朝や昼間に眠くなるといった睡眠障害の症状も出やすくなります。

ここからは個人的な仮説の段階ですが、なかなか外出をしなくなってしまう弊害が大きいと思います。人間は、毎日お日様を浴びていないと体内のリズムが狂いやすくなってしまうのです。強い光を浴びることで人間の体は『朝が来た』と認識し、体内時計も整いますが、会社に1回も行かなくなると、結果的に太陽を一度も見ることなく一日を終えてしまうようなことが続出してしまい、体内リズムの不調が生じてしまいます。このリズムの問題が生産性の低下につながっている可能性が現在のところ見出されています。

もう一つの理由は、体調が悪い時でも頑張って仕事をしてしまうことです。たとえば、熱が出て通勤電車に乗るのがつらい時、普通だったら会社を休みますよね。ところが在宅ワークでは、具合が悪くても家で仕事ができてしまう。無理が利くからです。そのことが結果的に、平均で見た場合には、労働時の生産性を下げてしまっている可能性がある。リモートワークで精神的には元気になる。しかし、元気でなくても働けてしまうので、平均を取ると打ち消しあってしまうわけです」

「週に1回くらいは出勤したほうがいい」

――なるほど。先ほどの『プレゼンティーイズム』の弊害が表れるというわけですか。しかし、それは多かれ少なかれ、リモートワークする人すべてに言える問題点ではないでしょうか。

志村哲祥さん「そのとおりです。週に3回、4回の人にも言えることですが、フルリモートの人には特に顕著に表れるということです。さらに深堀りすると、通常であれば休職になってしまうような人が、結構リモートワークで就労を継続しています。たとえば、うつやパニック障害になって通勤できなくなった人や、あるいは癌(がん)とか疼痛(とうつう)とか重篤な身体疾患にかかり、しんどくて会社には行けなくなるような人でも、フルリモートなら勤務を続けられます。

これに関してはフルリモートだから生産性が下がったというわけではなく、不調の強い、プレゼンティーイズムを生じてしまう人でも、フルリモートで勤務を継続してきた、という側面が反映されている可能性があります。ただし、本調査ではそこまで詳しいことは聞くことができていないので、そこは今後もっと検討する必要のある課題です。

――フルリモートになると、職場の人間関係が希薄になってしまいますよね。

志村哲祥さん「その点も生産性を下げる、三つ目の大きな理由と考えています。上司の目も同僚の目も届かないから、ストレスは軽いけど、プレッシャーも軽い(笑)。この研究を始めて、よく『結局、リモートワークはいいのか、悪いのか?』と聞かれますが、こう答えることにしています。『ないよりあったほうがいいけど、たまには、週に1回くらいは会社に行ったほうがよさそうです』」

(福田和郎)

2021/10/14 19:45

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