桂小文枝 師匠の奥さんへ「親孝行」で襲名 「きん枝」はネットで売ろうかな?!

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 桂きん枝改め四代桂小文枝(70)が誕生して2年半が過ぎた。2019年に襲名し、新型コロナウイルスの影響を受けて襲名披露興行は2度の延期。今年、ようやく千秋楽を迎えた。「小文枝」は上方落語四天王と呼ばれた五代文枝が文枝を襲名するまで名乗った名跡。けれども目の前で話していると、どうしても昭和の人気番組「プロポーズ大作戦」で愛のキューピッドを務めた「きん枝」が浮かぶ。旧名への愛着は?「ネットで売ろかな。なんぼになるやろ」と本気交じりの答えが返ってきた。

 -19年3月に四代桂小文枝を襲名し約2年半が過ぎました。襲名披露興行は新型コロナウイルスの影響で千秋楽公演が2度の延期となり、今年3月に終えました。「小文枝」と呼ばれることには慣れましたか。

 いやー、まだまだです。コロナ禍でなければ出る舞台が多くあって、そこで「小文枝です」ってしゃべるじゃないですか。地方公演も3つ4つなくなりましたし、舞台の数が少ないですからね。自分自身が「小文枝になった」という自覚が少ないのに加えて舞台も少ないですから、余計に慣れないです。

 -襲名にあたっては故・五代文枝師匠の奥様の意向が強かったとか。

 師匠の奥さんがこの3年くらいの間、正月にごあいさつにうかがったときに弟子みんなの前で「三枝が文枝を継いでくれたし、あと残ってんのは小文枝だけや。わての目の黒い間に小文枝を見たいねん」と、おっしゃるんです。「文枝より小文枝のほうが好きやねん。おとうちゃんもそやった」「小文枝という名前をもう1回舞台で見たいねん」と、なんっ回も言われたんです。1年1年、年をとっていかはりますし、もう90歳くらいかな。親孝行かなとも思いましてね。弟子時代、僕のようなごんたくれを3年間も面倒見てくれはったんやから多少の恩返しもできるかなと思って「分かりました」と申しました。それで、「一つ条件おまっせ」と。「小文枝にならせてもらいますけども、どうなっても知りまへんで」。奥さんは「それは分かってる」と言ってくださって、お互いにあうんの呼吸でした(笑)。

 -高校卒業後に弟子入りし、奥様との付き合いも長い。

 兄弟子(三枝改め六代文枝)が文枝にならはった後、奥さんにずっと同じこと言われてきましたからね。僕は「堪忍しておくんなはれ、このまますっと死なせておくんなはれ」ってお断りしてたんです。弟子が20人もいるんですから何年か先には「小文枝になりたい」っていう者や、「こいつなら小文枝にふさわしい」という者が出てくるはずですからとも申しました。それでも奥さんは「それやったら、わたいの目がもう黒くなってない。白になったときやんか」って。

 -「親孝行のために」というのが決断のしどころ。

 ですね。足が痛いとか、歩けんようになってきたとか聞くとね…。僕は師匠のお孫さんを預かってるんです。小きんくん。5年か10年して「小きんに小文枝を」という話になればだれも文句はない、師匠も若くして小文枝を継いでますからと奥さんにも言うたんです。「それが一番よろしいでっせ」と。ほんなら「それまであんたが預かっとき」と言われまして(笑)。そうくるかと。ありがたいことです。

 -襲名会見で「今度の小文枝も良かったなと思われるように頑張りたい」と抱負をおっしゃってました。

 言うてました?

 -はい。

 人前やから言うたんちゃうかな。師匠の小文枝は抜かれへん。やっぱり上方落語四天王やしね。あの小文枝を目指そうと思ったら20代で襲名してへんと無理やわ。せめて30代。東京では今、大きな名前は孫弟子に襲名させる傾向があります。ほんなら生きてる時間が長いから、長く名乗っていられますからね。それも30代、40代で大きな名前を継いではる。大阪みたいに70歳で名前を継ぐというのはまず無いと思いますよ。

 -かつては桂文吾を襲名したい時期があった。

 そうですねや!

 -今年2月に神戸・喜楽館で「五代目桂文吾追善落語会」をしようと。コロナで中止となりましたが。どうして文吾を。

 噺家にしてはものすごく近代的なお名前やなと思ったんです。文に、われ(吾)という字。ちょうど杉良太郎さんが「文五捕物絵図」(NHK)というドラマをやってはったこともありました。ごろもいいし、字面もいい。鳥取に六代目小文吾師匠がいらっしゃるんで、お願いしたことがあるんです。「文吾という名前が好きなんです。文吾をいただけませんでしょうか」「きん枝さんやったらいいですよ。私は年齢的に継ぐつもりもない。継いでいただいたら名前も残りますし」て言うてもろたんです。それで師匠に「小文吾師匠からOKもらってますし、文吾を継がしておくんなはれ」とお願いしたんですけどダメでした。

 -きん枝という名前の由来は本名が「立入(たちいり)」だからというのは本当。

 ほんまです。「なんば花月」に安田さんという支配人がいて、師匠と仲良かったんです。師匠は僕の本名が立入やから「おい、立入」って呼びますやん。名前がまだ付いてへんときでほかに呼びようがないし。ほんなら安田さんが「君、変わった名前やな、本名か」と。うちの師匠が三代小文枝を名乗っていたころで、安田さんが師匠に「こぶんさん、立入やったら『きんし』でよろしいんちゃいますか。洒落てまんがな、おもろいでんがな」と言うてはりました。ほんで「きん枝」になったんです。字は師匠が考えはったんですけどね。

 -きん枝をだれかに継いで欲しいですか。

 欲しい人おったらあげよかなと思います。ネットで売ろかなと思てんねんけど、なんぼになるかな。錦枝とか、金枝は何代目かあるんですけど、ひらがなの「きん」に枝は僕が初代やから。大きな名前でもないし、だれでもええんですわ(笑)。(構成・林 大造)

 ◆桂小文枝(かつら・こぶんし) 1951年大阪市生まれ。本名・立入勉三。大阪府立成城工業高校卒。大手エレベーター会社に就職も3カ月で退職。69年に三代桂小文枝(のち五代文枝)に入門。きん枝を名乗る。昭和の人気番組MBS「ヤングおー!おー!」で四代目林家小染、月亭八方、桂文珍とのユニット「ザ・パンダ」で一躍人気者に。朝日放送「プロポーズ大作戦」で愛のキューピッド役を務めて人気を博した。2010年参院選に出馬し落選。19年、小文枝を襲名。阪神ファン。

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  • 10/13 13:00
  • デイリースポーツ

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