ムーミン作者を描いた『TOVE』。同性の恋人、父との確執etc.を監督が語る

 “ムーミン”の原作者トーベ・ヤンソンの半生を描いた映画『TOVE/トーベ』が公開中です。本作で描かれるのは、ムーミンを生んだレジェンドではなく、アーティストとして、人間として自分を確立する以前のトーベの姿。舞台監督をしていた女性ヴィヴィカとの激しい恋も描かれます。

 ザイダ・バリルート監督へのオンラインインタビューで、トーベが周囲から受けた影響について聞きました。

◆今はレジェンドのトーベも、若い頃はもがいていた

――“ムーミン”は日本でも大変人気がありますが、トーベの姿を写真で見たことはあっても、実像はあまり知られていません。フィンランドではどうだったのでしょうか。

ザイダ・バリルート監督(以下、監督)「トーベは、フィンランドでもっとも愛されているアーティストと言っていい存在ですので、作品のことはもちろん、彼女のことも知られています。しかし、そのイメージは晩年のものがほとんどです。なので、フィンランドでもあまり知られていない彼女の若い頃に目を向けようと思いました。いわゆるレジェンドというところは少し横に置いて、アーティストとして、人間としてアイデンティティとまだ格闘しているトーベです」

――トーベがアーティストとしてあれほどもがいていたのは意外でしたが、何か嬉しかったです。

監督「敬愛しているからこそ、彼女をよりヒューマンに描きたいと思いました。台座にいるようなトーベではなく、ちょっと降りてきてもらって、観る人に身近に感じて欲しいと。彼女だって若い頃はこんなにもがいていたのです」

◆トーベは母親の人生を受け入れるのが難しかった

――父親との確執や、ムーミンママのモデルと言われる母親の存在も印象に残りました。

監督「両親の影響はすごく大きいものだったと思います。ご家族自体はとても仲が良く、特に母親とは生涯非常に仲が良かった。その関係だけで1本の映画ができるんじゃないかと思うくらい。この映画では違う部分をフォーカスしたので、そこは深く描けませんでしたが、どうしても登場させたいと思いました。

いわゆる絵画や彫刻などを作って認められるアーティストになってほしかった父親との間にあった、ある種の緊張感もそうですが、トーベにとって、受け入れるのが難しかったことのひとつが、母親の人生だったのだと思います」

――というと?

監督「母親も素晴らしいアーティストだったんです。それが家庭を支えるために、本来のアーティストの活動ができなくなった。偉大なるアーティストの場が父親だけに用意されていたことが、なかなか受け入れ難かったのだと思います。トーベが家庭を望まず、アーティストとしての自分に全てを捧げていくのだと決めたのは、おそらく母親の姿を見ていたからじゃないかと思います」

◆トーベからのメッセージを受け取ってほしい

――スナフキンのモデルと言われる、生涯友人関係が続いたというアトスや、トフスランとビフスランのモデルとなった、トーベと激しい恋に落ちたヴィヴィカとの関係が、トーベに与えた影響も大きいですね。おしゃまさんのモデル、トゥーリッキはそっくりでした。

監督「ムーミンのキャラクターたちが、実際の彼女の人生にいた人々から来ているのだと知ったとき、なんて特別なことなんだろうと思いました。そしてムーミンの物語が、なぜあそこまで素晴らしいのかというミステリーが解けたような気がしました。

 トーベは自分にとってすごく意味のある物語や実生活で出会った人々を、自分のアートのなかで使っていきたいと考えた。内なるイマジネーションと、自分の心に近い人々とのコンビネーションが形になったのだと思います。クリエイションというのは、ハートから来るべき。だからこそ人に響くのだと思うし、そうでなければ作品を見る者との対話も始まりません」

◆女性同士の恋愛も描いた、愛を祝福する作品

――同性のヴィヴィカに対する激しい思いも、本作で初めて知りました。

監督「同じジェンダーである女性と女性の恋愛関係を描くことができたのは、私にとって非常に重要なことでした。映画のなかで、ジェンダーがふたりの恋愛において、何か問題を起こしているところは一切ありません。二人の恋愛観が違うから起きている問題であって、ジェンダーが問題だったわけではない。そうしたラブストーリーを描くことができたのは本当に最高でした。日本の方にも愛を祝福する作品として観てもらえたらと思います」

◆ザイダ・バリルート監督から読者へのメッセージ

――最後に、本作のトーベと同年代である読者にメッセージをお願いします。

監督「私は44歳ですが、今回のスタッフは、ほとんどが同じくらいの年齢の女性でした。本作は、私たちにとっても、それぞれにとてもパーソナルなストーリーになった瞬間がありました。トーベのもっとも美しいところは、ありのままの自分に忠実に生きることを、インスパイアして私たちを励ましてくれるところじゃないかと思います。愛することや、自分自身に誠実に生きること、人生を祝福しながら生きること、そういったことをトーベから受け取ってほしいです」

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<文/望月ふみ>

【望月ふみ】

70年代生まれのライター。ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画系を軸にエンタメネタを執筆。現在はインタビューを中心に活動中。@mochi_fumi

2021/10/13 8:45

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