柳家小三治さん死去 81歳、心不全 「まくらの小三治」落語界孤高の名人

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 落語家で人間国宝の柳家小三治(本名・郡山剛藏=こおりやま・たけぞう)さんが7日午後8時、心不全のため死去していたことが10日、分かった。81歳。東京都新宿区出身。落語協会が公式サイトなどで発表した。故人の遺志により、葬儀は密葬の形で、近親者のみで執り行われた。通夜、葬儀・告別式、お別れの会などは予定していない。今月2日、東京・府中の森芸術劇場での「猫の皿」が最後の高座となった。

 落語界の孤高の名人が、静かに逝った。7月のイベントで「このところ『もしかしたら今日の高座でおしまいかな』というのは、いつも思っています」と打ち明けつつ。「よし、やってやる』という気になるものが出てきた」と衰えぬ意欲を口にしていたが、わずか2カ月半後に突然の訃報が届いた。

 長年リウマチを患っており、2017年8月には頸椎(けいつい)の手術を受けた。今年3月には腎機能の治療などで入院したが、5月の復帰後は精力的に高座に上がり、来月15日にも「柳家小三治一門会」を予定。元気な姿を見せていただけに、担当マネジャーはデイリースポーツの取材に「3月の入院とはまったく関係なく、本当に急なことでした」と説明。亡くなる当日も歯医者に行くなど普段と変わらぬ様子で、家族が部屋をのぞくと倒れていたという。

 02年に死去した師匠の五代目柳家小さんさんも、亡くなる前日までちらしずしを1人前たいらげるなど元気だった。師匠をなぞったような最期だった。

 1939年12月17日生まれ。高校時代からラジオの「しろうと寄席」で活躍し、59年に小さんさんに入門した。前座名は「小たけ」。63年4月に二ツ目に昇進し「さん治」と改名。69年9月に真打に昇進し、十代目「柳家小三治」を襲名した。

 古典落語の第一人者で、十八番の「粗忽長屋」、「厩火事」などで聴く者を魅了。滑稽話を得意とし、歯切れの良さと気品を併せ持つ芸風で知られた。14年には小さんさん、故桂米朝さんに続き、落語家としては史上3人目の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。

 磨き上げられた話芸と共に、まくら(噺の導入部分)が面白いことでも定評があり、50分に及ぶこともあった。まくらだけを集めたCDも発売されたほどで「まくらの小三治」との異名を取った。

 79年に落語協会理事、10年に同協会会長に就任した。12年には春風亭一之輔の21人抜きでの真打ち抜てきが話題を呼んだ。14年に会長職を退き、同協会顧問を務めていた。

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  • 10/11 5:59
  • デイリースポーツ

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