「私は本命?それとも遊び?」焦る女が一番言ってはいけない禁断の一言とは
人はパートナーに、同じレベルの人間を選ぶという。
つまり手の届かないような理想の男と付き合いたいのなら、自分を徹底的に磨くしかない。
そう考え、ひたむきに努力を重ねる女がいた。
広告代理店に勤務する杏奈(25)。
彼女は信じている。
決して休まず、毎日「あるルール」を守れば、いつかきっと最高の男に愛される、と。
◆これまでのあらすじ
「この人と付き合って自分の価値を証明したい」と感じる男に出会い、自分磨きに拍車がかかる杏奈。
2ヶ月間、体の関係を持ち続け、自分は本命だと確信した杏奈は、意を決して尋ねる。「私と、付き合う?」
▶︎前回:恋愛依存気味の25歳女が、自分磨きのために週7で行う“ルーチン”とは
「…杏奈」
光輝の表情で、続く言葉が想像できた。今この瞬間でも「なんてね」と言おうか迷う。
けれど、私の決断は光輝が口を開くのに間に合わなかったようだ。
「杏奈のことはすごく大事なんだけど、今は彼女とかいらないかなと思ってる。ほら、仕事が忙しい時期だからさ」
最後の一言はきっと気まずくならないように、取ってつけた言い訳なのだろう。
最後のおどけた様子に胸が痛くなる。これまで信じてきた光輝の誠実さが嘘だったことが証明されたようで、鋭く私の心をえぐった。
「ごめんごめん、ちょっと言ってみただけ。やっぱこのくらいの距離感が一番ちょうどいいよね」
負けじと、私も笑顔を作ってみせた。
「じゃあ、先シャワー浴びるね」
光輝が妙に明るい声でバスルームに向かう。一緒に入ろうと言っていたのに、一人で行くんだ…。
「うん!私はYouTubeの続き見よっと」
お風呂場のドアが閉まる音で、張り詰めた糸が切れたようだった。
光輝が戻ってくるから抑えなきゃ、と思っていたのに涙が溢れて止まらない。
だって、私の価値がまだ低いってことだから。
あのレベルに届いてないと実感させられたんだもん。
気づいたら、ベッドにあったカーディガンを羽織って外に出ていた。エレベーターを待ちながら光輝にLINEを送る。
『杏奈:友達に呼ばれたから20分くらい外に出るね。くつろいでて』
「今、彼女はいらない」と言った男の本心とは?
◆
昨夜は結局、30分くらい泣きながら徘徊したあと、腫れた目がバレないように、光輝の家に戻るなりお風呂場に直行した。
光輝も気まずかったのか、その日は他愛もない話を少しだけして、何もせず眠った。
私も寝息を立てるフリをしたが、本当に眠りに落ちたのは朝の5時。
土曜だけど突然仕事が入ったとメモを残し、早朝に光輝は家を出て行ったから、朝は言葉を交わすことはなかった。
こうして今日の私の予定は何もなくなった。
必死に出した“本気じゃない感”は、フェイクだとバレているだろう。さらに自尊心が傷ついた私は、高校時代からの親友である真央の声を聞きたくなって電話をすることにした。
「もしもし、真央?」
「杏奈久しぶり!元気?」
真央と仕事や共通の友人の話題で一通り盛り上がったところで、私は本題に入った。
「あのね、今、体の関係がある素敵な相手がいるんだ。で、昨日軽く告白したら『今は彼女いらない』って言われて。理由は仕事が忙しくてって感じだったんだけど、これって本当だと思う?」
「私には杏奈に期待を持たせたまま、この都合の良い関係を続けるためとしか思えないかな」
きっと100人に聞いたら99人がこう答えるだろう。わかってはいたものの、期待したいという気持ちが強くなって夢を見ていたのかもしれない。
「それに」と真央が続けた。
「どれだけ仕事が忙しくても、本気で落としたい相手がいたら今すぐにでも自分のものにしようと動くはずじゃない?」
ごもっともだ。けれど― 。
「体の関係を持たない日もあって、街で手を繋いで日中デートもする。私が他の男と会ってないかとかは気にしてきたりして。これでもやっぱり都合の良い関係かな…」
粘る私も私だと思う。真央に「光輝は本気だ」と言ってもらえたところで光輝が今彼女を作らないことは変わらないのに。
「うーん。わかんないけど、その人の行動ひとつひとつに大きな意味はないんだと思うよ。ただ、あくまで今の状況に対して私がどう思うかであって、それでも杏奈がその人の本命になりたいっていうなら私は応援するよ」
「真央、ありがとう。ちょっと考えてみるね」
真央との電話を切って、私は黙々とジムにいく準備をした。
「今日は3レッスン受けよう」
こういう時はジムで汗をかくに限る。
◆
「はあ」
いつもの3倍の筋トレでプルプルになった身体を感じて、削られた自尊心が徐々に戻っているのを感じる。
筋トレ中は、なんとか光輝とのことを振り払って集中することができた。
鳴ってもいないiPhoneの画面をタップする。あれから光輝から連絡はなかった。
― まさか、これで終わるなんてことないよね。
将来的に絶対彼女になれないのであれば、ここでしがみつくべきではないのかもしれない。私にだってプライドがあるから。
― けれど、もし今の私のレベルが足りていないだけだったら?
努力して光輝のレベルに到達して、彼女になれるのであれば、今すぐに関係を終わらせるべきではない。
私は、さっきから「ぐう~」と鳴っているお腹にプロテインをグッと流し込んだ。
『美咲~!明日、ランチ空いてない?』
予定がないと余計なことを考えてしまいそうだった私は、美咲にLINEを送った。ありがたいことにすぐに返信がある。
『ランチは予定があって、13時前までだったら大丈夫だよ!場所は表参道付近だと助かる』
午前中にクライアントとオンライン会議があった私は、それを考慮して12時から1時間だけ会うことにした。
この間近況を話したばっかりだったから1時間でも話し切れるだろう。
『ありがとう!そしたら、12時に表参道で会おう』
杏奈がハイスペ男性を狙う、本当の目的とは
◆
「あれ、美咲ももう来てたの?」
私と美咲が席について10分も経たずに、見たことのある男性が話しかけてきた。
「進!どうしたの?こんなに早く」
美咲は少し焦っているようだった。
「暇だったから先に来て読書でもしてようかと思ったんだよ。…あれ?もしかして杏奈ちゃん?」
「え、あ、もしかしてあの進くん?」
私たちは、大学時代同じゼミに所属していた。加入者が多く、彼とチームを組んだことはなかったが、ゼミ以外の時間もよく美咲と一緒にいることは知っていた。
「そうです!杏奈ちゃん、久しぶりだね。というかほとんど初めましてだよね。今日これから美咲とランチなんだけど、よかったら一緒にどうかな?」
「ぜひ」と言おうとすると、美咲が口を開いた。
「杏奈忙しいし、この後予定あるんじゃない?無理しなくて大丈夫だからね」
「この後特に予定入れてなかったから、大丈夫だよ。お邪魔でなければご一緒させてください」
誰かと一緒にいたい気分だったし、新鮮な空気に触れるためにも正解な気がした。
進くんは「やった」と嬉しそうに笑っている。
席について注文を終えると、無意識に私は進くんをまじまじと見ていた。
進くんは、モンクレのトップスに濃いめの色のスキニーデニム、茶色のローファーを合わせていた。鍛えられて引き締まった身体に全てがピッタリハマっている。
「俺、実は大学時代、美咲に杏奈ちゃんを紹介して欲しいって言ったことがあって。恥ずかしいけど結構気になってたんだよね」
進くんのストレートな言葉にドキッとする。
「え、そうなの?全く知らなかった。美咲も紹介してよね」
私も冗談まじりで美咲の顔をみた。
若干気まずそうな顔をしたような気がしたが、「その時、杏奈大好きな彼氏がいたからやめたの」と美咲も笑った。
「杏奈、そういえばこの間話してたいい感じの人とどうなった?」
今、進くんの前でその話をしたくなかったなと思いながらも、私の焦りは美咲には伝わっていなようだった。
「ちょっと色々あってお休み中って感じかな」
「何があったの?気になる!あ、一応進に説明しておくと、杏奈は最近ハイスペ男性といい感じで、もうすぐ付き合いそうって感じなのよ」
「なるほど。まあ、一旦お休み中ということで今日は楽しもう」
進くんは私が話したくないのに気づいたのか、これ以上深掘ろうとしてこなかった。そのちょっとした気遣いにかなり助けられた。
「え〜、今一番楽しい時なんだから休んでる場合じゃないよ」
美咲は天然なところがある。憎めない性格ではあるが、今回は「いい加減空気を読んで」と思ってしまう。
「ほら、ガールズトークはガールズだけの時にしよ。進くんは休日どんなことをしてるんですか?」
「俺は、筋トレするかYouTube見るか友達と会ってるか、かな」
「え、それ私が休日何するか聞かれた時に答える3つなんだけど」
どうやら進くんとは趣味が合うらしい。
「あと、進は料理も好きだよね。この間教えてくれたレシピ、作ってみたけど本当に美味しかった」
美咲が、進くんが料理好きなことを補足した。
「へえ、料理もするなんて多趣味だなあ」
私が感心すると、美咲は「杏奈は料理はそんなにしないよね」と続けた。
ちょっと嫌な感じだ。けど、事実だったから、私も「そうだね」と笑った。
進くんは「まあ大したことないよ」と言い、それ以上料理についての会話は広がらなかった。
「そろそろお店出ようか」
お会計を済ませ、駅に向かって歩きながら、自然に自宅の話になる。偶然にも、私たちは同じ路線で、二駅先に進くんが住んでいるらしい。
「じゃあ、私たちはこっちかな。美咲、今日は本当にありがとう。また連絡するね」
「二人同じ方面なんてずるい〜。また会おうね」
美咲と別れ、進くんと二人で電車に乗った。
「この後、杏奈ちゃんともう少しいたいって言おうとしたけど、ジムに行くよね?」
進くんの意外な言葉にドキッっとする。
「21時までにいければいいから、大丈夫だよ。私もちょっと色々あって一人になりたくないかも」
「まじ?やった」
嬉しそうにする進くんを見て、思わず頬が緩んだ。
ブブーッと携帯のバイブが鳴る。
『美咲:無事お家に着いた?』
今まで遊んだ後に、美咲からこんな連絡がくることはなかった。なんとなく胸がざわついた。
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