妻が出張中、女と密会していた男。帰宅後、問いただされた夫は…

「妻が輝いていることが、僕の喜びです」

令和の東京。妻に理解のある夫が増えている。

この物語の主人公・圭太もそのうちの1人。

・・・が、それは果たして、男の本心なのだろうか?

元来男は、マンスプレイニングをしがちな生き物だ。

高年収の妻を支える夫・圭太を通じて、東京に生きる『価値観アップデート男』の正体を暴いていく。

(マンスプ=マンスプレイニングとは、man+explainで上から目線で女性に説明するの意味)

▶前回:「1年以上もご無沙汰だったのに…」ある夜、夫が豹変した驚きの理由

妻が出張中に夫は・・・


言葉は悪いが、未久は「量産型」というやつだろう。

彼女のような髪型と髪色で、慣れないリクルートスーツを着て、僕のもとにOB訪問へ来た女子大生はこの10年で何人もいた。

そして誰もが似たような質問をする。会社の雰囲気、実際の仕事内容、給料、さらにはセクハラ・パワハラ・男女差別は存在しているのか…。

「正直、あるよ。セクハラもパワハラもある。男女差別もひどいもんだ」

六本木けやき坂にあるカフェで、ダブルのエスプレッソを飲みながら僕が答えると、未久はあからさまに落ち込んだ表情をする。

「やっぱり、そうですよね…」

彼女が他の量産型女子就活生と違うのは、僕が言ったことを丁寧にメモしないところかもしれない。

OB訪問の際、なんでもかんでもメモを取ろうとする量産型たちに常々ウンザリしていたので、少しだけ好感を持つ。

「商社は体育会系だからね。男が作った男のための職場。だから辞めたんだよ」

「それ、真野さんにも言われました」

「真野さん?」

「藤堂さんの前にOB訪問した男性です」

未久はあっけらかんと言う。

― なんだよ。すでに他の男にOB訪問していたのか。

反射的に苛立つが、すぐに「落ち着け、落ち着け」と自分に言い聞かせる。他の男と競うようなことは、もうやめたのだ。

それよりも、彼女が発した「真野」という名前に引っ掛かる。

「真野って…」

「最近たまにメディアに出ている真野さんです。藤堂さん、ご存知ですか?」

もちろん知っている。知っているも何も、あの男は…。

そいつは、圭太にとって因縁の男…?

僕が勤めていた商社の3期先輩に真野聡介という男がいた。

社内で将来を期待される有望株だったが、突如として5年ほど前に独立。ファッション業界に進出し、瞬時に事業を軌道に乗せた。

SNSでは“熱い言葉”を発信し続け、ミレニアル世代から圧倒的な支持を得ている。

著作も出版され、テレビやネット番組のコメンテーターとしても活躍している。

― でも、あの男は…。

グッと感情を押し殺し、僕は平静を装って答えた。

「もちろん知っているよ。真野さんと連絡を取ったなんて、すごいね」

「はい。TwitterにDMを送ったら、すぐに私をフォローしてくれて会うことになりました。でも…」

僕は、嫌な予感がした。

「就活のアドバイスをしてくれるって話だったんですけど…」

未久は目を伏せたまま顔を上げようともしない。

「…私の質問も聞こうとしないで、3時間ぐらい、ずっと真野さんひとりで話をしていました。なんか演説というか…説教されたみたいな気がして」

― なんだ…話していただけか。

僕は拍子抜けすると同時に安堵する。嫌な予感は外れた。

「上から目線で説教されたって感じ?」

僕が尋ねると「そうなんです!」と未久はやっと顔をあげる。

「真野さんが、あまりに偉そうだから、私、ガッカリしちゃって…」

「それはマンスプだな~」

「マンスプ?」

「男って、女に上から目線で説明したがる生き物なんだよ。そういう行為をマンスプって言うんだ」

「へえ~」

未久は感嘆の声を上げる。嘘のない声色だ。

「すごいですね!藤堂さんって何でも知ってるんですね!」

そう言いながら、未久が嬉しそうにこちらを見つめてくる。穢れのない彼女の目に思わず吸い込まれそうになり、そんな自分にハッとする。

― この娘、ヤバい。

未久は他人を、特に男性をしゃべらせ、いい気分にさせる才能があるのかもしれない。

「まあ、こうやってマンスプのことを説明している俺もマンスプではあるんだけどね」

得意げに語ってしまった自分に慌てて釘を刺す。


未久を警戒する僕を尻目に、彼女は目の前にそびえ立つグランドハイアットを指差しながら話を続ける。

「実は真野さんとは、そこのホテルのロビーで会ったんですよ」

「ああ、そうだったんだ」

「そしたら真野さんは『俺たちパパ活してるように見えるかな~』って笑うんです。だから気持ち悪くて。ただのOB訪問なのに」

「ははは。僕らだってパパ活に見えるかもよ?」

「藤堂さんは別です!お若いし、かっこいいし!」

お世辞だとわかっているが、本当にそう思っているかのように未久が言うので、気分よくなってしまう。

やはり、この娘は危険な匂いがする。

未久の質問に、なるべく感情を捨てて丁寧かつ淡々と答えたあと、僕はそそくさと逃げるように帰宅した。



翌日、神戸出張から香織が帰ってきた。

「私がいない間、何していたの?」

部屋着にしているヨガウェアに着替えてから、僕のいるキッチンにやってきた香織が、開口一番そう言うので、僕はドキリとして思わずタマネギを刻む手が止まった。

― もしかして、未久と会っていたことがバレている?

妻はすべて気づいてる…?

だが、すぐに脳内でその可能性を打ち消す。

出張から帰ってきた香織はいつも口癖のように「何していたの?」と聞いてくるからだ。

平静を装い、僕はふたたびタマネギを刻み始める。

「急なOB訪問を頼まれてね。世間知らずの女子大生と会ってたんだ」

ただのOB訪問だ。もちろん不倫ではない。後ろめたさなんてない。だから未久と何を話したのか、すべて正直に告げる。

香織はやはり「真野」という名前に引っ掛かった。

「ウソでしょ。真野聡介?」

香織は強烈に顔をしかめる。以前、僕が風邪をひいて寝込んだとき、僕の代わりにトイレ掃除をしたときと同じ表情だ。



香織と真野には因縁がある。

ファッション業界で経営者として活躍する二人は、半年ほど前、ある海外ブランドのレセプションパーティーで知り合った。

香織は「同業者」として名刺交換したが、真野にとって香織は「女」だった。

酔っ払った真野は、しつこく香織を口説いた。

翌日も、翌々日も、真野は夜になると香織に連絡を入れて「今から会おう」と言ってきた。

香織は仕方なしに既婚者だと伝えた。本来なら告げる必要もないことだが。

それで引き下がると思ったが、真野の反応は真逆だった。

「息抜きに俺と遊んだほうが、きっと高め合えるぜ」

既婚者のほうが気軽に遊べると真野は考えたのだろう。

香織は彼の発想に反吐が出そうだった。実際、本当に吐き気がしてトイレに駆け込むほどだった。

直後、真野の連絡先をすべてブロックする。当然だ。

しかし真野の愚劣な行為はそこで終わりではなかった。

香織は「女を武器にして仕事をしている」と業界内で言いふらしたのだ。

僕は男だから本能的にわかる。

男は、自分を受け入れなかった女に憎悪を抱く、そういう生き物だ。

「ストーカー事件の大半は、男が一方的に女を愛し、拒絶され、愛が憎しみに変化し、発生するもの」と、以前、専門書で読んだ。

まさに、そうなのだ。

だから美人は損をする。それが僕の持論だ。

美人は、男から一方的に愛されることが多い。かといって、すべての男の愛に応じるわけにはいかない。結果、憎悪の対象となることが多い。

本当にいたたまれない。

この世が男社会であることの弊害だ。

―― 愛を拒絶されたら、相手を憎んでも良い。

愚劣な男のルールが、社会の温床にあるのだ。僕はそれが許せない。愛する妻がその被害者なら、なおさらだ。

ひいき目に見ても、香織は目鼻立ちがくっきりとした美人である。162cmと決して高身長ではないが、頭が小さく手足が長いおかげで、実際の数字よりも高く見えて、華がある。

香織は、これまで多くの男に愛されたと同時に、多くの男から憎まれてきたのだろう。

真野は、そんな男たちのひとり。

他の男たちと同様に、香織の脳内からも――僕の脳内からも――抹消したかったのだが、ヤツは偉そうにメディアに出てきやがるので、どうしても目に入る。

まるでコバエだ。

そして今回、未久の話にまで登場した…。


「でも、その女子大生のこと、圭太くんは『世間知らず』って表現したけど、なかなか見る目あるんじゃない?」

「どうして?」

「だって真野と会って、本質を見抜いたんでしょ?」

「ああ。たしかにそうかもしれないね」

完成したハンバーグをダイニングテーブルに並べ、僕ら夫婦は夕食を始める。

香織はハンバーグが好物だ。そんなところが、まるで少年のようで可愛いと思う。

僕は香織に喜んで欲しい一心で、結婚後、ハンバーグ研究に勤しんだ。彼女が仕事で家にいない間、何度も試作して最高のレシピに辿り着いた。

「今日も美味しい。圭太くんありがとう!」

平穏な夫婦生活を、ふたたび邪魔しやがった真野に苛立った。

ただ同時に、時代の寵児としてメディアやSNSでもてはやされるが、実生活では、女性に疎まれている真野に「勝った」という気分も味わっていた。

男と競い合うことは、もうやめたのに…。

香織と結婚して以来、自分の中に封印していた「男」が目覚めつつあるのかもしれない。

その夜、就寝前のことだった。

未久からLINEが入った。

『昨日はありがとうございました。お礼が遅くなってスミマセン』

最初の1通は何てことはない内容だった。しかし続けざまに届いた3通のメッセージは、僕の心をざわつかせた。

『真野さんから「明日会えないか?」って連絡が来て、今度はフォーシーズンズホテルを待ち合わせ場所に指定されたんです』

『私、どうしたらいいでしょうか?』

『藤堂さん、助けてください』


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未久のSOSに対し、圭太は何をする…?

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