ひろゆきが考える「絶対にやってはいけない子どもの叱り方」ワースト1

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―[ひろゆき連載コラム「僕が親ならこうするね」]―

 子育てにおけるさまざまな問題や悩みをまとめた著書『僕が親ならこう育てるね』が話題のひろゆき氏。日本屈指のインフルエンサーが今回、考えたのは「子どもの叱り方」。しかも、他人の子どもを叱るとき、どう叱っていいのか悩むものだ。その方法について聞いてみた。

◆他人の子どもを叱るにも気を使う時代の叱り方

 昭和の頃、「地域で子どもを育てる」のが当たり前という時代がありました。大人たちも自分の子どものように他人の子どもを叱ることも普通にあったのですが、令和になると「他人の子どもを叱っていいのか?」という議論が出ています。

 ネット上でも「子どもがふざけて友達を泣かせてしまい、その友達の父親にゲンコツされたので謝ってほしい」的な投稿が話題になりました。

「他人の子どもを叱っても良いかどうか?」「叱るとしたらどう叱るべきなのか?」などの問題は賛否両論あります。

◆「叱る」は自分の感情を相手にぶつけることではない

 でも、それは叱られる子どもの親が決めることではないかと思うのですね。

 子どもに対して、大きな声で怒鳴ることが児童虐待にあたると考える国もあります。大人は叱っているつもりでも、叱られた子どもとその親が「アカの他人に児童虐待された」と思い、もし通報でもされたら、やたらと面倒です。

 叱る行為というのは、自分の感情を相手にぶつけてすっきりするためのものではなく、「その子どもにとって良いこと」を周りも認めているときに初めて成立します。

◆叱り方を間違えると、子どもは理解できない

 僕は小学生の頃、近所のおばちゃんに叱られたことがありました。なぜ叱られたのかは覚えていないですが、頭を殴られたのは覚えていて、そのことをいまだに根に持っています。

 たぶん、そのおばちゃんは子どもの躾になるから良かれと思ってやったのだと思いますが、子どもながらに「口頭で説明すれば理解できることに暴力を使って、正義面をしている面倒な人だ」という認識でいた記憶があります。

 そもそも、なぜ怒られたのかすら覚えていないので、おばちゃんが叱った意味もないですよね。頭を殴るとか手を出すとか、問題がややこしくなるだけで良い結果を生むことは少ないと思います。

◆アカの他人の未成年に関わらないほうが安全

 周りが見て正しいと思える叱り方、例えば大きな声を出さずに悪かった行為を説明して、二度とやってはいけないと理解させられるのであれば、他人の子どもを叱るのもアリだと思います。とはいえ、それはなかなか難しい叱り方で現実的ではないと思うのですね。

 もし自分の子どもをいじめている子どもがいたらどうか。叱ることがいじめをした子どものためになるのであればいいのですが、得てして自分の子どもがやられたからやり返す意味で叱る人が多い気がするので、あまり良くない結果になることが多い気がします。

 こういう不安がある場合には、アカの他人の未成年に関わらないほうが安全というのが、昨今の世の中なのだと思います。

◆子どもを直接叱るのではなく、第三者の証人を確保

 それでは「他人の子どもがいたずらをし続けていて、周りが正しいと思う叱り方で止めない場合は諦めるしかないのか?」という場合はどうか。これは子どもを直接叱るのではなく、第三者の証人がいるようなカタチにするのがいいのではないかと。

 そうやって、いたずらをする子どもの親に問題意識をもってもらい、叱るなり再発防止策を練ってもらうなりするのがいいと思うのです。

 相手の親と一対一で話をしても「やった」「やっていない」の水掛け論になって結局面倒なパターンに陥ることも多いですしね。

―[ひろゆき連載コラム「僕が親ならこうするね」]―

【ひろゆき】
西村博之(にしむらひろゆき)1976年、神奈川県生まれ。東京都・赤羽に移り住み、中央大学に進学後、在学中に米国・アーカンソー州に留学。1999年に開設した「2ちゃんねる」、2005年に就任した「ニコニコ動画」の元管理人。現在は英語圏最大の掲示板サイト「4chan」の管理人を務め、フランスに在住。たまに日本にいる。週刊SPA!で10年以上連載を担当。『僕が親ならこう育てるね』という初の子育て論本が発売。著者印税は児童養護施設へのパソコン寄贈に充てられる

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  • 日刊SPA!

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