見栄を張ることに疲れた30歳OL。周囲にひた隠しにしていた“至福のご褒美”とは?

恋に仕事に、友人との付き合い。

キラキラした生活を追い求めて東京で奮闘する女は、ときに疲れ切ってしまうこともある。

すべてから離れてリセットしたいとき。そんな1人の空白時間を、あなたはどう過ごす?

vol.1 甘い栗スイーツと、辛口のシャンパン


Asami:そっか、朋美と行きたかったけど…。用事があるなら仕方ない!また何かあったら誘うね~。

友人・亜沙美からのLINEが届いた、日曜18時。キッチンの窓から見える外は薄暗く、明日からまた1週間が始まる切なさが漂っている。

私は、地元勝沼のピオーネで作られた甘めのロゼワインを飲みながら、小さくため息をついた。

朋美:ごめんね!楽しんできて♡

角が立たぬようハートを付けて返信すると、スマホをシンクの横へと置いた。

フリーランスのモデルとして活動する彼女から誘われたのは、渋谷のレストラン&バー『SOAK』。ここには『OYU(おゆ)』というルーフトップテラスがある。

その名の通り、お湯に浸かりながらお酒を楽しめるという、いかにもインスタ映えしそうなスポットだ。

もちろん全く興味がないわけではないし、行けばそれなりに楽しめるだろう。でも、私は用事があると嘘をついて断ってしまった。

最近、亜沙美のInstagramには“美容外科医でインフルエンサーのKOJI”という男性が、頻繁に登場する。

今回もきっと、その人経由での誘いなんだろう。しかしKOJIは、亜沙美の彼氏でもなんでもない。

彼の投稿やストーリーに登場しタグ付けされることで、16万人のKOJIのフォロワーの目に留まる。それが亜沙美の目的なのだ。

私だって、フォロワーを増やしたい気持ちはある。でも彼女の誘いに乗って、それほど親しくない人と遊びに行く生活に疲れてしまった。

…これが、今の私の本音なのである。

婚活から目を背けていた朋美は、ある人物と再会してしまって…?

亜沙美からの「了解!」のスタンプに既読をつけた瞬間、あるアプリのポップアップ通知が目に飛び込んできた。

『メッセージが届いています』

それは2年前に彼氏と別れたタイミングで始めてみたものの、いまだ良い人には出会えていないマッチングアプリからだった。

使い始めは1日に何度もログインしていたのに、今では“いいね”されてもメッセージをもらっても、ドキドキ感は皆無だ。

― 最後にアプリを開いたのって、いつだっけ?

慣れてしまったのか、それともこれが俗に言う“婚活疲れ”なのだろうか。

私はメッセージを見ることもなく、ぬるくなったワインに氷を入れると、夕食作りに取り掛かった。



「お先に失礼します〜!」

週に一度の出勤日だった、ある平日の夕方。私は定時で退社し、駅を目指す。

上京して12年。長いこと住んでいた高田馬場から心機一転、東麻布へ引っ越したのは去年の春のことだ。

赤羽橋駅で電車から降りると、シャンパンを調達するために、家とは逆方向のデリカテッセンへ向かう。

「泡もいいですけど、このニュージーランドのピノも美味しいですよ」

お酒を選んでいると、後ろから男性の声がする。

「そうなんですね」

店員さんが話しかけてくるなんて珍しい、と思い顔を上げると、そこには見覚えのある顔があった。

「あっ、えっと…」

間違いない。彼は夏にマッチングアプリで出会った年下の男性だ。

1回目は六本木でお茶をして、2回目は西麻布で焼肉を食べたことはちゃんと覚えている。


楽しくなかったわけではないが、次の約束をすることもなく…。恋仲には発展しなかった。そんな彼の名前だけが、ちっとも思い出せない。

「渡辺です。渡辺雄志」

「ごめんなさい!名前ど忘れしちゃってた」

私は慌てて謝り、彼をまじまじと見つめた。2ヶ月前に会ったときは、普段着に前髪もおろしていたから、スーツ姿で前髪を上げているとずいぶん印象が違う。

「全然!まあ、2回しか会ってないですもんね。僕は朋美さんのこと、ちゃんと覚えてましたけど」

雄志は笑いながら、パッケージの可愛いクラフトビールを手に取った。

カゴの中には、すでにお菓子やおつまみが入れられていたが、量からして1人分のようだ。…まだ彼女ができていないということなのだろうか。

― って…。あれ?

なぜか勝手に彼女がいないことにして、ホッとしている自分に気づく。

「先月末、十番に引っ越してきたんです。確かご近所でしたよね?またどこかで会えたら、よろしくお願いしますね」

雄志は笑顔でそう言うと、会計を済ませ、新一の橋交差点の方へと歩いて行った。

偶然の再会に、朋美は…?

― あぁ、行っちゃった…。

もう少し話したかったなという想いを胸に押し込み、気持ちを切り替えて家路を急いだ。

甘党の私が、辛口のシャンパンを購入したのにはワケがある。なぜなら今日は、自分のために “あること”を計画していたから。

それは大好きな栗スイーツを、お酒とともに思い切り堪能すること。

『ジャン=ポール・エヴァン』のマロンコンフィと『足立音衛門』の栗のテリーヌ「天」、それから『小布施堂』の栗アイスをネットで注文している。

さらに今日は『東京會舘』のプレミアムマロンシャンテリーを、昼休みのタイミングで買いに行った。それを会社の冷蔵庫に保管し、大事に持ち帰ってきたのだ。


お気に入りの器の上にスイーツを載せ、テーブルに並べていく。

「大好きな旬のスイーツを思う存分味わうって、なんて贅沢なんだろう…」

つい言葉にしてしまうくらい、私は静かに興奮していた。

冷えたシャンパンをグラスに注ぎ、まずはマロンシャンテリーをパクリ。美しい生クリームと茨城県産和栗が絶妙にマッチし、贅沢な味わいに思わず目を閉じる。

シャンパンのきりっとした味わいと華やかな香りは、どんなケーキとも相性がいいと思っているのだが、モンブランの濃厚な甘味や渋みともかなり合うことが判明した。

マロンコンフィは柔らかくなめらかな舌触りで、幸せな気持ちに包まれる。栗のテリーヌはしっとりとしたパウンドケーキに大粒の栗がたっぷりで、想像を超える美味しさだ。

― あぁ、幸せ…。

私はシャンパンをつぎ足しながら、自分なりの贅沢な時間を楽しんだ。

幸福すぎるテーブルの光景に、思わずスマホで撮影する。でもSNSにアップしたりはしない。ただ、自分のために記録しておきたいのだ。

「はぁ、美味しかった」

保存がきくアイスは明日食べることにし、私の“贅沢時間”は大満足のまま幕を閉じた。


そして私は、今日からしばらくSNSを見ないことにした。

東京には、亜沙美のようにキラキラした生活を追い求め、奮闘している女性がたくさんいる。

何事にも臆せずに行動すれば、欲しいものが手に入る確率は上がるだろうし、貪欲な人はさらに高みを目指すだろう。

そんな女性に憧れて、私も上り詰めようと頑張ってみたけれど。人の目を気にしすぎて疲れてしまった。…今はもう少し、自分を癒すことを優先したい。

東京では、私みたいな人は「かわいそうだ」と思われてしまうのだろうか。

「普通であることは価値がない」という無言の重圧に耐えきれず、涙することもある。でも、私は気づいた。

今日みたいに自分なりの方法で自らを幸せにすることができるのなら、私の人生は満たされる。

― これからは、私なりに普通に幸せに生きていこう。

自分の価値基準で生きていくことが、今まではどうしてこんなに難しかったのだろう。

「…あ、そうだ!」

私はふと思いつき、さっき会った雄志に栗だらけのテーブルの写真を送ってみた。普段ならこんなことはしないのだが、せっかくの再会を無駄にしたくないと思ったのだ。

すると彼からもすぐ返信があり、素直に嬉しくなった。

雄志:なんだ!1人だったんなら、誘えばよかったな。

たった一文だけだが、なぜか胸が熱くなる。なんて返そうか考えていると、さらにLINEが届いた。

雄志:朋美さん、栗好きなの?目の前で絞ってくれるモンブラン食べたことある?
朋美:まだないよ。でもずっと行ってみたいと思ってた!

私もすぐに、返信する。

雄志:実は、僕も大のモンブラン好き(笑) じゃあ、来週末あたり行っちゃう?

2ヶ月前はうまくいかなかった2人だが、今回はうまくいくかもしれない。

なんとなく、そんな気がする。

そうなることを祈り、私は雄志へのメッセージを打ち込み始めた。


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