あの世から生還した園子温監督の復帰第1作! 映画『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』

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 この映画は、もう少しで三途の川を渡るところだった男が撮った作品である。2019年2月、園子温監督は心筋梗塞を発症し、緊急入院した。救急車で運ばれた際、心肺機能が一時停止した状態だったそうだ。「死が近づいた瞬間は気持ちよかった。意識が宇宙まで飛んで、天の川が見えた」と、2019年10月に配信スタートしたNetflix映画『愛なき森で叫べ』でインタビューした際に、園監督は語った。リアルに生死の境界線をさまよった園監督が、復帰第1作として完成させたのが『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』。ニコラス・ケイジが主演した、園監督待望のハリウッドデビュー作となっている。

 新興宗教による洗脳の恐ろしさをモチーフにした『愛のむきだし』(09)、愛犬家連続殺人事件を題材にした『冷たい熱帯魚』(11)のような実話ベースのギラギラした作品を期待すると、裏切られることになるかもしれない。園監督のフィルモグラフィー上で言えば、ディストピア化した近未来の街での抗争劇『TOKYO TRIBE』(14)を思わせる無国籍なアクションエンターテイメント作品だ。

 日本のポップカルチャーが大好きで、今回の撮影がきっかけで日本人女性と結婚したニコラス・ケイジが主人公。ヒロインは『キングスマン』(14)の義足の殺し屋役で強烈なインパクトを放ったソフィア・ブテラ、「サムライタウン」を支配する悪徳保安官に『悪魔のいけにえ2』(86)で知られる個性派ビル・モーズリーが配役されている。ハリウッドデビュー作としては、悪くないキャスティングだ。撮影はすべて日本で行なわれ、『地獄でなぜ悪い』(13)のTAK∴(坂口拓)、『TOKYO TRIBE』のYOUNG DAIS、『みんな!エスパーだよ!』(テレビ東京系)の栗原類らも出演している。

 ハリウッド側が用意した脚本は、極めてシンプル。数々の犯罪を重ねてきたヒーロー(ニコラス・ケイジ)は、相棒のサイコ(ニック・カサベテス)と銀行を襲撃する。だが、襲撃中に仲間割れし、あえなく御用に。フンドシ一丁姿で拘束されたヒーローは、「サムライタウン」を牛耳るガバナー(ビル・モズリー)から取り引きを持ち掛けられる。

 それは、お気に入りの女・バーニス(ソフィア・ブテラ)が街から逃げ出したため、5日間以内に連れ戻せというものだった。ヒーローは拘束を解かれた代わりに、特殊スーツを着せられる。そのスーツには小型爆弾がいくつも仕掛けられ、ヒーローが女性に暴力を振るうと爆発するようになっていた。ヒーローがバーニスに手を出さないようにするためだ。

 案の定、ヒーローの股間部分に仕込まれていた爆弾が作動し、ヒーローはキンタマの片方を失うはめになる。ヒーローが“去勢”された形で、物語は進んでいく。

 脚本は園監督のオリジナルではなく、またハリウッド作品ゆえに編集にもタッチしていない。そのため園子温ワールド大噴火とは言い難い。しかし、『紀子の食卓』(06)や『愛のむきだし』などの一連の園監督の代表作を手掛けてきたカメラマン・谷川創平による撮影は美しく、銀行襲撃シーンでカラフルなガムボールマシーンが崩壊する瞬間は目に焼き付く。また、ヒーローが迷い込む「ゴーストランド」は、寺山修司が主宰した「天井桟敷」の野外劇を思わせる。針の動きを止められた時計塔のセットは、とてもゴージャスだ(美術:磯見俊裕)。編集のテンポがよくないことさえ脳内補正すれば、園監督流西部劇として楽しめる。

 ヒーローがバーニスを探すために訪れる「ゴーストランド」は、行き場を失った者たちがたむろする、掃き溜めのような場所だ。ガバナーの支配を嫌って逃げ出したものの、そこは天国でもなければ地獄でもない。煉獄のような不毛の土地である。片方のキンタマを失ったヒーローは、この地でこれまでの自分が犯した暴走行為を反省し、改心することになる。ヒーローが懺悔する相手は、かつての相棒であるサイコ。サイコを演じてるニック・カサヴェテスの父親は、説明するまでもなく「NYインディーズ映画の帝王」と崇められたジョン・カサヴェテス監督であり、園監督が寺山修司と共に最もリスペクトしている人物に他ならない。

 園子温作品といえば、『紀子の食卓』の吉高由里子、『愛のむきだし』の満島ひかり、『ヒミズ』(12)の二階堂ふみ……、と若手女優たちが次々とブレイクしたことで知られている。『冷たい熱帯魚』でメインキャストに抜擢された神楽坂恵は、撮影中ずっと園監督から罵倒され続け、精神的に追い詰められた状況だったと語っている。園監督の厳しい演出によって、神楽坂はグラビアアイドルのイメージから大きく脱皮してみせた。続く『恋の罪』(11)の撮影後、神楽坂は園監督と結婚しているが、今ならパワハラと訴えられかねない現場だった。

 それまで傍若無人だったヒーローが「ゴーストランド」に迷い込み、懺悔する姿は、園監督本人と重なる部分を感じさせる。園監督の演出や制作スタイルについていけずに、現場を去ることになった俳優やスタッフは少なからずいることだろう。だが、園監督に限らず、自分の表現を突き詰めて形にしようと全力で走ってきた人間は、誰かを傷つけてしまった過去を持っているのではないだろうか。

 ニコラス・ケイジ演じるヒーローは、ボロボロになりながらも自分の過去を認め、自分に課せられた使命、すなわち自由を抑圧する存在と戦うことを決意する。臨死体験を味わった園監督も、ニコラス・ケイジならぬ「天の啓示」を受けてこの世に戻ったのかもしれない。

 映画のクライマックス、「サムライタウン」へと帰還したヒーローには、悪徳保安官ガバナーとの決着が待っていた。悪を倒すのは正義ではない。悪を倒すことができるのは、悪よりも強い悪だけである。『どろろ』の百鬼丸さながらに、片腕に日本刀を装着したヒーローは、坂口拓演じるガバナーの用心棒・ヤスジロウたちを相手に血しぶき祭りを開催する。

 園監督は同時期に数十億円の予算を投じた中国の大作映画のオファーも受けていたそうだが、ハリウッドのB級映画を復帰第1作に選んだことになる。園監督は30代の終わりに米国をホームレス同然で放浪していた頃、チアガールがヴァンパイアと戦う超Z級アクション映画をたまたま観て、感激したそうだ。映画づくりが嫌になっていた園監督は、他人から評価される映画ではなく、自分の欲望に忠実な映画を撮るべきだと確信するに至っている。

 その直後に日本に帰国し、『自殺サークル』(02)から始まる園子温伝説を生み出すことになった。人生のどん底時代に勇気づけられた超Z級映画みたいな作品を、ハリウッドデビューを果たした園監督も撮りたかったのではないだろうか。

 これまでの罪を懺悔したヒーローと同じく、あの世からの生還を果たした園監督がMe Too運動や働き方改革で変わりつつあるこれからの映画界でどんな爪痕を残すのか、とても気になる。

 

『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』
監督/園子温 脚本/アロン・ヘンドリー、レサ・シクソ・サファイ
出演/ニコラス・ケイジ、ソフィア・ブテラ、ビル・モーズリー、ニック・カサヴェテス、TAKU∴、中屋柚香、YOUNG DAIS、古藤ロレナ、縄田カノン、栗原類、渡辺哲、潤浩
配給/ビターズ・エンド 10月8日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
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  • 10/8 11:00
  • サイゾー

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