「さっさと始末しろ!」5年で会社を急成長させた若手社長の、妻に対するあまりに横暴な要求
夫は、こんな人だった―?
周りに相談しても、誰も信じてくれない。子どもと一緒に夫の機嫌を伺う日々…。
最近、こんなモラハラ夫に悩む妻が増えている。
有能で高収入な男性ほど、他人を支配しようとする傾向が強い。
優衣(32)も、経営者の夫が突然マンションを買った日から、徐々に自由を失っていく。
広告代理店ウーマンから、高級マンションという“籠”で飼い殺される専業主婦へ。
彼女が夫から逃げ出せる日はくるのだろうか―?
◆これまでのあらすじ
夫が原宿にマンションを買ったことにより、仕事を辞めて引っ越しを余儀なくされた優衣。収入がなくなり夫に生活費をお願いすると、提示された金額はたった10万。始まったばかりの専業主婦生活に不安を感じる優衣だったが…。
▶前回:「これで足りる?」夫の提示した生活費に、妻は絶句。年収3000万の男が手渡した金額は…
「ただいまー」
玄関から夫、雄二の声がすると、優衣はコンロの上のル・クルーゼに火を入れた。
今日のランチは赤ワインをたっぷり使って煮込んだボロネーゼとサラダ、ガーリックトースト。
「お!美味そうじゃん。やっぱり家が近いって最高だな、こうやって帰ってくれば昼飯代も浮くし」
雄二は息子と共に、ダイニングテーブルについた。
夫は会社の近くに自宅を構えて以降、昼食は必ず家に帰ってきて食べるようになった。スケジュールが詰まっていない時は、14時、15時までゆっくりとくつろいでから会社に戻っていく時もある。
「うまい!優衣、仕事辞めてから確実に料理の腕が上がったよな」
ディ・チェコのパスタを時間を測って完璧に茹で上げ、ロイヤルコペンハーゲンの皿に美しく盛られたボロネーゼ。少なくともこの界隈のカフェで出されるものより、本格的なものだ。
「え、ほんと?ありがとう」
優衣は嬉しそうに雄二を見た。
「毎日、家で飯食うのが楽しみだよ。でも、今日は夕飯いらないよ。会食があるから」
会食、という二文字に優衣の心は踊る。
― やった!雄斗と二人なら夜は適当でいいわね。
朝、昼、晩と毎日、わがままな夫を満足させるメニューを考えるのは一苦労なのだ。それに夫から与えられているわずかな生活費では、工夫をしないとあっという間になくなってしまう。
優衣は食事をできる限り手作りするようにした。その結果、夫はそれをとても喜んでいる。
家族だんらんの時間も増え、優衣は専業主婦になったメリットは大きかったと思うようになっていた。
今だって夫は膝に雄斗を座らせ、TVで動画を見ながら二人で楽しそうにしている。
「今日は仕事も落ち着いてるし、夕方まで家にいるわ」
片付けをしている優衣に、雄二がそう声をかけた。
今は13時。夕方まで数時間ある。優衣はふと思いついた。
「じゃあ、私ちょっとお買い物に行ってきてもいい?夕方までには戻るから。その間、雄斗をお願いしてもいい?」
そう言った直後、優衣はこの日最大級の後悔をすることになる。
息子の面倒を見て欲しいと言った妻に、夫が放った衝撃の一言
「出かけるのは構わないけど、雄斗は連れて行ってよ」
それまで機嫌の良かった雄二は、雄斗を膝に乗せたまま、無表情で答えた。
「え?だって家にいるんでしょ?1時間で帰ってくるから」
「たった1時間なら連れていけばいいじゃん。雄斗だって外に出たいよな?」
夫は息子にそう言うと、優衣の方を呆れた顔で見て冷たく言い放った。
「あのさー。俺、昼休みで帰ってきてるの。昼休みも仕事のうち。わかる?俺、疲れてるんだよ」
さっきまでの家族だんらんの空気は消え去り、優衣は何も言葉が出てこない。
― 休むのも仕事って…。
「優衣は1日中家にいられるわけだし、俺みたいに疲れてないでしょ?それに、息子が母親と出かけてくれるのなんて小さいうちだけだし、限りあるその時間をもっと大切にしたら?」
当然のことを言ったまで、といった態度で、雄二はまたTVの方に向き直る。
― 面倒見てなんて言わなければよかった。
夫の言葉と態度を目の当たりにし、言い返す気力もない。
この家への引っ越し前後から度々見られた夫の横暴さに、優衣は一抹の不安を覚えていた。
夫は決して子煩悩ではなかったが、小一時間子どもの面倒を見るくらい、以前ならしてくれたのだ。
少しも自由になる時間がない生活に、イライラは募る。息子のためにも、ほんの少しでいいから1人の時間が欲しいと思う。
― 雄二のこと、誰かに相談できれば少しは気が晴れるのに…。
そう思った優衣は、以前公園で仲良くなったママ友の恵に連絡をしてみることにした。
◆
2日後。
優衣が恵を誘い、子ども連れで『ロンハーマンカフェ』に集合することになった。
雄斗を連れて店に到着すると、すでに恵は奥のソファを陣取っていた。
優衣は恵に雄斗を託し、ドリンクを注文しに席を立つ。
そして、雄斗にバナナジュースを与え、自分もコーヒーを一口含み一息つくと、最近の夫の変わりようを恵に打ち明けた。
「うちの夫、どう思う?」
「うーん…そうねぇ。人のダンナだからなんとも言えないけど。まぁ、今の時代に合わない男尊女卑な考えは、やり手の経営者とかだとよく聞く話だよ」
そう話した恵の夫は、アパレル会社を経営しているそうだ。彼女よりも年齢が20歳近く上で、子どもを孫のように溺愛し、世話を焼いているという。
「ママ友に、広尾の素敵なデザイナーズの戸建てに住んでいる人がいるんだけど」
恵は、自分の友人である女性の話をし始めた。
「ダンナは不動産会社経営で、5歳の子どもをインターに通わせている、絵に描いたようなセレブなの。でも、現金あまり持たせてもらってないよ。ダンナからもらったブラックカードでなんでも払ってる」
― なんでも払えるカードがあればいいじゃない…。
優衣は、会ったこともないその人を羨ましく思った。
「毎週月曜日に、ダイニングテーブルに1万円が封筒に入って置いてあるんだって。現金はそれだけ。きっとカードで妻の行動を把握していたいのね、そのダンナは」
同じカードでも、優衣が渡されたのはスタバのカード。話を聞いているだけで話のレベルが違うことを痛感してしまう。
「そっかぁ。そういう人もいるんだね」
確かに、カード明細があれば買い物の履歴や、日々の行動は夫に筒抜けになるだろう。それでも、毎日生活費が尽きないかを心配するよりはマシだ。
「ダンナさん家事育児はやらなくても、お金はうるさいこと言わないんでしょ?」
恵の問いかけに、優衣は恥ずかしさを感じて思わず言葉が詰まってしまった。
「う、うん、まぁね…」
結局、相談らしい相談もできず、恵とは別れ、優衣は帰路につく。
雄斗と手をつなぎ、夕方の空を見ながらぶらぶらと散歩をし、自宅マンションに戻った。
すると、コンシェルジュに大きな宅配便が届いていることを知らされる。
「かなり大きいので、台車に乗せてお部屋までお持ちしますね」
だが、優衣は荷物に全く心当たりがなかった。
― 雄二が何か買ったのね。
数分後、部屋に届けられた荷物の箱に印字された文字を見て、優衣は思わず雄二に電話をかけた。
突然届いた大きな荷物の中身に、優衣は絶句した…
「ちょっと!今荷物届いたけど、あれ何!?」
優衣からの着信を待っていたかのように、ワンコールで雄二は電話に出た。
「あ、届いた!?すごいでしょ、あの水槽」
夫が勝手に購入したものとは、幅70センチはある本格的な水槽だ。
電話の向こうの声は心なしか弾んでいる。
「じゃあ、俺今から帰るからちょっと待ってて」
そう言って電話を切った5分後。雄二は大きな袋を抱え、帰宅した。
「一体何を飼うの?」
優衣の問いに、雄二は機嫌良さそうに答える。
「ディスカスだよ」
夫が会社から持ち帰ったビニール袋の中には、水と一緒に手のひらほどの平べったい魚がぎゅうぎゅう詰めに入っていた。
「ピラニアみたい…。私、魚とか虫、苦手なんだけど。死んじゃったらどうするの?」
不自然なほど色鮮やかな体と血で染まったような赤い目の熱帯魚。それが生き絶えた時の不気味さを思い、優衣は思わず身震いした。
「世話は俺がやるから大丈夫だよ。優衣は俺がいない時に餌やったりしてくれるだけでいいからさ」
「餌…」
鬱々とした表情の優衣を気にする様子もなく、雄二はビニールを開け、十数匹のディスカスをバケツに放った。
そして、鼻歌まじりに手際よく水槽やろ過器をセットしていくのだった。
「うちの会社でもゆくゆくは、パーマカルチャーのデザインに着手したいから、淡水の熱帯魚を飼いたいんだ」
バケツを見据え、黙っている優衣を見て、雄二が横柄に言う。
「あのさぁ…。親が怖がってると、子どもも怖がるようになるでしょ?今日から、ディスカスは家族になったんだから、頑張って可愛がろうよ!」
― 頑張って可愛がる??もう悪い予感しかしないんだけど!!
優衣のその悪い予感は、見事に的中するのだった。
雄二が朝から仕事に出かけていた日の、午後のことだ。
水槽を見ると、窓から差し込む日差しを受け、色とりどりのディスカスのうろこがピカピカと光り輝いている。
大きな目を見開き、悠々と泳ぎながら、水の流れに任せて浮かぶ餌の赤虫を赤い目で追うディスカスたち。
じっと見ていると一匹だけ、体を横たえ不穏な動きをしている。
― なんだろ?あの動き。
優衣が考えているうちに、一匹のディスカスは水面にぷかぷかと浮かび、今にも生き絶えそうだ。
どうしていいのかわからず、LINEで写真を送ってから、雄二に電話をかける。
「雄二!ディスカスが死にそう!帰ってきて」
「え、なんかしたの?」
雄二の言葉にムッとしつつも様子を説明した。だが、その間に魚はぴくりとも動かなくなった。
「動きが止まったんだけど…。病気だったのかなぁ。早く帰ってきてよ」
優衣はもはや半泣きだ。だが、そんなこともお構い無しに雄二は言い放った。
「網ですくって、冷蔵庫いれといて」
あまりにも信じがたい雄二の言葉に、優衣は耳を疑った。
「え?今なんて?」
「スーパーの魚は大丈夫なくせに、なんでディスカスがダメなんだよ。発砲スチロールのトレイにでも乗せて、ラップかけとけよ。なんの病気か確認しなきゃだろ」
― この人、私が魚を苦手なことを知ってて、そんなことさせようとしているの…?
夫のあまりの横暴さに、優衣の頰に涙が伝う。その様子を察したように、電話の向こうから雄二の罵声が飛んだ。
「さっさとやれ!!」
優衣は鼻をすすり顔を背けながら、言われたとおりに網で魚をすくった。トレイに乗せ、外から見えないように布巾をかけ、冷蔵庫にしまう。
そしてこの日の夜。
雄二は帰宅するや、キッチンに直行する。
「ちゃんとできたじゃん!頑張ったね!」
冷蔵庫を開け、中段にあるトレイの魚を確認すると、満足そうに優衣をねぎらった。
「うん。で、なんの病気かわかったの?」
「まあね。助かったよ、サンキュー」
雄二の曖昧な返事に、優衣はもう一度聞き返す。
「なんの病気なの?」
だが、雄二の口から飛び出したのは、優衣が納得する答えではなかった。
「あのさ、お前にそれ言ってわかるの?なんの病気か言えば、次は死なないように活かせるわけ?」
― 活かす、ですって?
優衣は思った。きっと死んだ魚を見たって病気なんてわかるはずがない。きっと雄二は、私を試したかっただけなのだ、と。
だが、さっきの「頑張ったね!」の一言に救われたような気もした。
― 彼の希望を聞き入れれば、家の中は平和…。
それが次の試練を生み出すと、この時優衣はまだ気づいていなかった。
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お金と時間が自由にならない生活に疲れた優衣は、あることを思いつき…