カルロス・ゴーンの逃亡シーンが映画よりもスリリング! 『カルロス・ゴーン 最後のフライト』がU-NEXTで配信

“やっちゃえNISSAN”

 それは2015年から日産のCMに起用された矢沢永吉が、最後の締めくくりにキメるメッセージだ。日産の幹部たちが「救世主」とまで持て囃したCEOを追い出そうと決断したときもこう思ったのかもしれない。やっちゃえ、と。 

 U-NEXTで配信中のドキュメント『カルロス・ゴーン 最後のフライト』を観た。フランスのルノー、日本の日産と2つの国の大手自動車メーカーのCEOとして君臨したカルロス・ゴーンは、18年に金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)容疑で東京地検特捜部によって逮捕される。業績悪化していた2社を救い「救世主」「カリスマ経営者」と謳われたゴーンは一転、犯罪者として告発されることになった。希代のカリスマ経営者はなぜ堕ちた英雄になってしまったのか。

 ブラジル生まれのゴーンは幼少時に祖父の母国、レバノンに移住。ポルトガル語を母国語として育ったゴーンはアラビア語とフランス語の国で暮らすことに。

「私は幼いころから自分が、周囲と異なる環境で生きてきた。よそ者になることには慣れている」

 イエズス会系の学校で成績1位となったゴーンは、パリのエリート養成校をやはり優秀な成績で卒業しミシュランに入社。31歳の頃、南米事業部門の最高執行責任者(COO)に任命される。後のカリスマ経営者としてキャリアの第一歩を踏み出したゴーンは、南米事業を黒字に転換。96年にルノーのヘッドハンティングを受け、渡仏。赤字に喘ぐルノーを救う「200億フラン削減計画」をぶち上げる。

 それは従業員3000人の勤める工場を閉鎖するというやり方で、大ナタを振るったゴーンは、解雇された従業員やメディアから「コストキラー」なるあだ名をつけられ批判を浴びるが、大胆なコストカットは大成功を収めルノーの業績はV字回復を果たす。そして同じく業績悪化に苦しむ日産との資本提携を持ち掛けた。

 日産は80年代に放漫経営による内紛騒動が90年代まで尾を引き、労働組合のトップが経営に加入するという異常な状態で、当時の組合トップ・塩路一郎は「ドン」「天皇」と呼ばれた。どの銀行も融資したくないというどん底に落ちた日産の負債は、200億ドルに達した。日産に乗り込んだゴーンは高らかに宣言する。

「1年で経営を黒字化する。3年で200億ドルの負債を半分にできなければ、私は辞める!」

 どうやって黒字化するのか? もちろん、コストカットだ!

 従業員の14%にあたる2万1千人をリストラすると発表、当然のごとく労組からのすさまじい反発と首を斬られる労働者からの怒号を浴びることになるが、同じやり方でルノーを再生させたゴーンが揺らぐはずもない。

 そしてこのリストラ、コストカットは成功し、予告通り1年で日産の業績は黒字化した。当初は「帳簿をごまかしたのだろう」などと言われていたゴーンだが、3年続けて結果を出し続けた彼を日本のマスメディアはあらんばかりの言葉で褒めちぎり、テレビバラエティに出演し、マンガにもなる。01年にはベストファーザー賞にまで選ばれた。が、奥さんとは疎遠になり離婚に至った人に、この賞はどうかな(ちなみに同年には学術部門で竹中平蔵も選ばれてるので、どういう基準で選んでるんだ、これは)。

 離婚に至った理由だが、彼はとにかく忙しいってことだ。フランスで月の1/3、日本で1/3、残りの1/3を外国で過ごす。仕事のためだ。あらゆる国のあらゆる場所で政治家や実業家と会い仕事の話を進める。フランスでは上流階級の人間と会い人脈をつくらなければならないと言われても、そんな時間はないと飛行機に乗ってしまう。

 馬車馬のように働き会社の経営を黒字にしてもゴーンはいつまでもよそ者扱いされ、「横柄」「傲慢」と陰口を叩かれる。そんなことは一切気にせず仕事に邁進するゴーン。それが自分の足元を掬うことになるとは知らず……。

 18年、ゴーンはいつものように海外の仕事から帰ってきたところを羽田空港で逮捕される。容疑は金融商品取引法違反。ゴーンは10年から14年まで5年間に受け取る報酬が実際は計約100億円だったのに、有価証券報告書には計約50億円と過少記載していた。実際の年間報酬は約20億円だったが、報告書には約10億円と記載するにとどめ、差額の約10億円は退任後に受領するということになっていた。

 これは果たして逮捕されるほどのことなのか? ゴーン自身も「退任後の報酬の支払いは確定していないのだから、記載義務はないはず」としており、逮捕は行き過ぎとも思える。だが東京地検特捜部はゴーンを逮捕し、勾留期限を超えても延長、さらに同じ容疑で再逮捕(10~17年度の連続した事件を、前半の5年と後半の3年に分けるという無理やりなこじつけで)。保釈まで3カ月かかるという異例も異例の事態。

 逮捕の背後には「ルノーと日産の間に不信感が生まれたことにある」と、ゴーン自らが分析する。

 15年、フランス政府はルノーの持ち株比率を上げる。大株主であるフランス政府はルノーを牛耳っており、しかもルノーは日産を統合という名目で子会社化しようとしていた。日産の幹部らがルノーに会社を乗っ取られてしまうのでは? と、疑惑にかられたのも無理はない。なにしろルノーと日産、両方のトップは同じ人間なのだから。

 だがこの統合に反対していたのは誰あろう、ゴーンだった。

「国や特定の文化への帰属意識が日本人は非常に強い」

 個々の会社が独立性を持つべきだと訴えていたゴーンを、日産の幹部たちは信じなかった。

 日産は会社を守るためだけならゴーンを解任すればいいだけだが、そうすればゴーンはルノーに帰ってしまい、ルノーの元には彼らが保有する日産株45%が残される。彼がルノーに帰れないようにするためには評判を貶め、戻れないようにするしかない。

「すべては私を貶めようとした陰謀なのだ。明日、記者会見を行い、すべてを明らかにする」

 保釈を勝ち取ったゴーンは反撃を宣言するが、声明発表後の翌日に再逮捕されてしまう! 2つの因果関係は明らかすぎるほど明らかだった。

 二度目の保釈を勝ち取るゴーンには厳しい制限が課せられる。ゴーンには再婚したキャロル夫人がいるのだが、夫人と会ってはいけない、電話もメールのやり取りもしてはならない、会ってよいのは弁護士だけ。パソコンもスマホも所有してはいけない。ガラケーひとつを渡され弁護士としか話せず、通話履歴はすべて検察に提出させられる。

 容疑を否認しているゴーンの裁判は長期にわたることが予想され、有罪となった場合は最大15年の懲役。逮捕と、その後何日も保釈が認められず、聴取に弁護士の同席も認められない。さらに起訴されたら99%有罪と言われる日本の司法の現実を目の当たりにしたゴーンが逃亡を決意するのも無理はない。

 逃亡シーンが最高のクライマックスになるのだが、それはぜひ本編を見て確認してほしい。下手な映画よりスリリングだから。特に空港の職員がしょうもないジョークを言うあたり傑作だし、ズバリ手荷物検査がいいかげんすぎる。

 無事逃亡を成功させたゴーンは自分のルーツでもあるレバノンで暮らしている。仕事に奔走し、フランスにも日本にも帰属する人脈をつくらなかったゴーンは双方の国から冷たい仕打ちを受けた。「フランス人ではないから」「日本人ではないから」という理由で。人種差別とナショナリズム、それがこの事件の「黒幕」ではないか。

 ゴーンは司法の追求を逃れ、自由を手に入れたがすべての窓に鉄格子が入れられ、監視カメラに囲まれた自宅で暮らしている。これじゃあ日本で入れられてた東京拘置所と同じだよ!外出時には必ず屈強なガードマンがついてるし。

 一生逃亡犯扱いになったゴーンだが、刑務所の独房では得られないものがひとつある。それは愛する妻との生活だ。それはゴーンが逃亡犯になってまでも得たかった、たったひとつのものなのだろう。

……で終わったら綺麗な話なんだけど、最後にはゴーンの「相棒」として罪に問われているグレッグ・ケリー元代表取締役の姿が映される。彼は共犯者として逃亡することもできず、裁判に臨んでいる。

「つまり――私は巻き添えを食った」

 9月29日の論告求刑で検察は懲役2年を求刑した。ちょっとゴーンさん、彼の逃亡も手伝ってあげたら?“やっちゃえNISSAN”のスピリットで

2021/10/6 19:00

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