25周年のPUFFYが「解散危機」を乗り越えた理由 ふたりの間にある3つのルール

 10月3日放送の『ボクらの時代』(フジテレビ系)に出演したのは、PUFFYの大貫亜美・吉村由美と、藤井隆。かつてテレビ朝日系列で放送されたPUFFYの冠番組『パパパパパフィー』で初めて会って以来、仲の良い3人だ。

 PUFFYは今年5月、あの鮮烈なデビュー曲「アジアの純真」でのデビューから25周年を迎えた。休日もプライベートで会うなど変わらず仲良しのふたりだが、ユニットを組むきっかけについて「亜美ちゃんからのラブコールがあったってのもね、スタートがね」と藤井が言及したのを皮切りに、PUFFY結成までのストーリーが語られることに。

 PUFFYのふたりは、ソニーミュージックが1993年に行った別々のオーディション出身だ。亜美が参加したのは“王道”の『SME AUDITION』で、この年は平井堅も発掘された。一方、由美は「お金目当て」で『ちょっとそこまでオーディション』に挑戦。「パターゴルフやったりテニスやって、プールも入った」というこの不思議なオーディションで由美は準グランプリに輝き、賞金10万円を手にした。ちなみにこの『ちょっそこ』は、タレント発掘を目的としていたそうで、グランプリに選ばれたのは女優に転身した松尾れい子。予選落ちした中には、95年にひと足早くデビューすることになる篠原ともえもいた。

 亜美に半年ほど遅れて事務所入りした由美は、上京してお金がなかったため、いつも夕方頃に事務所に行っては食事に誘ってもらえるのを待ってたという。そこで「暇で悪いから」と電話番をしていたのを亜美は「かわいいな」と思っていたそうで、勉強のために先輩のライブを一緒に見に行く際に勇気を振り絞って話しかけ、意気投合。週5で遊ぶ仲になった。しかし「あと2日一緒にいたい」と思っていた亜美は、デュオになれば週7で一緒にいられると考え、マネジャーに提案。由美がこれを快諾し、PUFFYが結成された。

 PUFFY結成のきっかけは亜美だが、藤井はその亜美こそがPUFFYの「ホントのプロデューサーというか、鬼」と指摘する。これに同意する由美によれば、亜美はPUFFYの関係性をよくTVゲームのコントローラーにたとえるそうで、「(亜美が)十字ボタンで、私がABボタンなの。全部操作されてんの」と、亜美がユニットの方向性を決める側なのだとか。そんな亜美が解散を考えたことが一度あったという。

 それは亜美が長女を出産した2003年頃のこと。前年に本格的な全米進出を成功させ、翌年にはカートゥーン・ネットワークで彼女たちをモデルにしたアニメ『ハイ!ハイ!パフィー・アミユミ』が始まるというタイミングだ。アニメではオープニングとエンディングで本人たちも実写で登場するという演出が用意されることが決まっていたが、初めての出産・育児で、復帰できるかも確信が持てなかったため「これちょっと無理」「やめるなら今かな」と亜美は思ったという。しかし相談した由美に「逆の立場だったらどうする?」と問われ、「やめなくていいんじゃないかなぁ」という答えが浮かんだのだとか。

 由美はこの時どちらでもいいと考えていたそうだが、相手の意思を尊重しているからこそ、長続きしているのだろう。PUFFYには「なんとなくのルール」が3つあるという。ひとつは、「ポップなアイコンでいたいから」ネガティブなことや悲しませるような話を発信しない。もうひとつは、「どっちかが楽しめなくなったり、もうやめたいなって思ったら、相手は無条件でYESしか言わない」。そして最後は、「いずれどっちかが死んだりしたら、今まで黙ってたこととか持ってる写真とか、過去のことを全部お金に換えていい」という暗黙の了解があるとして、藤井を笑わせていた。暴露本や自伝的映画をそれぞれ妄想しているようで、由美は映画が作られるならば「(自分の役は)橋本環奈ちゃんにしてね、若い時は」と亜美にオーダーしていた。

 この関係性に、視聴者からは「どちらかが死んだら相手の過去全部さらけ出してお金にかえていいって約束最高すぎる」「朝から気持ちがほっこりした。いい関係」「2人いてこそのPUFFYってのが改めて分かったし、めっちゃいい関係性」といった声が。

 ふたりは「今はLiSAちゃんにおんぶにだっこ」と、事務所の後輩・LiSAの大ブレイクに言及してスタジオを笑わせながら、「なるべく肩身が狭くならないように地道にがんばろうと思う」と話していたが、PUFFYはこれからも唯一無二のゆるい存在感を放っていくことだろう。

  • 10/6 8:00
  • サイゾー

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