最終レッスンに間に合えば:恋愛依存気味の25歳女が、自分磨きのために週7で行う“ルーチン”とは

人はパートナーに、同じレベルの人間を選ぶという。

つまり手の届かないような理想の男と付き合いたいのなら、自分を徹底的に磨くしかない。

そう考え、ひたむきに努力を重ねる女がいた。

広告代理店に勤務する杏奈(25)。

彼女は信じている。

決して休まず、毎日「あるルール」を守れば、いつかきっと最高の男に愛される、と。


「ん〜」

金曜日の夜。仕事がひと段落し、オフィスでぐっと伸びをする。

珍しくリモートではなく出社日だった今日、まだ20時を回ったばかりなのにオフィスにはほとんど人がいない。

新卒で大手広告代理店に入社して3年目。最近、大きなプロジェクトのリーダーを任命され、息をつく間もなく忙しい日々を過ごしている。

帰り支度を始めていると、デスクのスマホスタンドに置いてあるiPhoneに、通知が届いた。

『光輝:今日会える?』

そのLINEに、一気に胸が高鳴る。

『杏奈:うん。じゃあいつもの時間で』

急いで返信をして、足早にジムへ向かった。

いつもの時間、とはジムのレッスンが終わり、私が最高に"仕上がる"時間のこと。自分に満足できる、つかの間のひとときだ。

光輝とは出会って2ヶ月も経つのに、未だ正式な”彼氏彼女”の関係ではなかった。

自分で立ち上げたスキンケアブランドの会社を経営している光輝はまさに、私にとって理想の男性。私だけじゃなく、きっと、世の中のほとんどの女性にとっても。

だからこそ、常に最高の自分でいなくては、と思う。



「せっかくシャワー浴びたのに、またしっかりメイクするの?」

きっかり1時間のトレーニングを終え、手際よく髪を乾かしメイクする私に、呆れた様子で絵梨花が尋ねた。

ジムには同僚の絵梨花と通っている。同志がいるだけで、モチベーションはかなり維持されるのだ。

「ジムに行ってた、なんて彼に言えないから、あくまで仕事してた感を装いたいの。それに、完璧な自分になるためのこの時間が好きだから」

必死に努力してるなんて思われたくない。ナチュラルボーンなスタイルの良さだと思わせることで、遺伝子レベルで魅力を感じて欲しいのだ。

「私は、すっぴんでサッサと帰って寝まーす」

「はいはい、明日も同じ時間にね」

どれだけ仕事で疲れて早く帰って寝たい日も、週7でジムに行く。これはマイルールだ。

理想の相手を手に入れるまでは絶対に守る、と決めている。

杏奈は光輝にとって本命候補?



「大丈夫?寒くない?」

今日はドライブをしたい、という光輝の提案で、芝公園に来ていた。24時を過ぎていたので、いつもならオレンジ色に輝く東京タワーの灯りが消えている。

「ちょっと寒い」

ジムで温まった体が、夜風にさらされ一気に冷えていく。

「俺のジャケット着なよ」

期待通りの返事だ。自分を犠牲にして私を大事にしてくれると気分が良くなる。

彼のジャケットからふわっと香る、控えめな香水。彼の匂いに包まれて幸せな気分に浸っていると、前から向かってくる男性が話しかけてきた。

「…光輝?」

私はつなでいた手を、とっさに離そうとした。光輝の公式な彼女ではないから、彼に離される前に自分から離したかったのだ。

でもその瞬間、光輝がグッと私の手を握った。

「おお、正人?こんなところで偶然すぎるな」

正人、という男も、小柄で綺麗な女性と手をつないでいた。女性は「こんばんは」と小さくお辞儀をする。その振る舞い方は、どう見ても彼女だ。

正人さんは、私との関係に触れることなく、「また、落ち着いたら飲みにでも」と言って彼女と消えていった。

― 知り合いの前で堂々と手をつなげるってことは、彼女だと思われてもいいってことだよね…?

ドキドキしていることを光輝に悟られないようにしながら、彼の横顔をそっと見つめた。


「美咲、こっちこっち!」

今日は大学時代に同じゼミだった美咲とランチ。営業で国内を飛び回る美咲とはなかなか予定が合わず、半年ぶりにやっと会えた。

「で?杏奈の最近の恋愛はどう?いい人いた?」

美咲は、恋愛以外の話を手短に済ませ、やっと本題に入りましたと言わんばかりの顔でこちらを見ている。

「うーん、いるっちゃいるよ。結構デートしてるけど、まだ付き合ってはない」

私はクールを装って、アイスティーを静かに飲む。

「何それ!付き合う直前って、一番楽しい時!どんな人なの?」

「自分の会社をやってて、顔は私のどタイプの一重でほりが深い感じ。身体は鍛えられてて身長も190近く」

改めて、光輝の高スペックさを実感し、頬が緩む。

「しっかりハイスペ男子じゃん!そんな人といい感じなの?気になる!」

美咲のテンションは収まるどころかさらに高くなっている。

「どうだろう。正直、光輝が私のことをどう思ってるか、いまひとつわかんないんだよね」

「どういうこと?何回もデートしてるなら、本気以外にないでしょ。他に女の影があるとか?」

「どこが引っかかるのか自分でもわかんなくて。社長だからもちろん定時とかなくて基本忙しいけど、それでも週3は私の時間にしてくれてるから他の子とは会えないと思うんだよね」

「うん、社長じゃなくても週3も彼氏彼女の時間作る人ってそんないないよ。杏奈は好きなの?」

「好きだと思う。こういう男性の彼女になれたら幸せだろうなって考えるだけでワクワクするもん。けど、2ヶ月もデートを繰り返して告白されないってなんでだと思う?」

「聞いてる感じ、奥手なんじゃない?杏奈しかいなそうだし、誠実なだけじゃないかな」

美咲の「誠実」という言葉に、少しビクッとしてしまう。きっと、私が引っかかっているのはここなんだと思う。じつは光輝とはすでに体の関係を持ってしまったのだ。

「奥手、か」

美咲にはそのことを言えなかった。体の関係から始まっても、本命になることはあると信じたい…。

「好きなら自分から動いちゃえば?誰かに取られちゃう前に」

確かに光輝がのんびりした性格なら、私から何か行動を起こすのを待っているのかもしれない。それは考えたことがなかったけれど、可能性はある。

体の関係だけのどうでもいい相手だったら、優しい気遣いも、わざわざ時間を作ったりもしないだろう。

「そうなのかな?うん、ちょっと検討してみる」

杏奈がハイスペ男子を狙う、本当の目的とは?


「杏奈。飲み物ビールでいい?」

光輝と会うのは、1週間ぶり。今日は彼の家でお家デートだった。週7ジムのルールが守れるように調整していたら間隔があいてしまい、それもあってことさらドキドキする。

「杏奈、こっちおいでよ」

甘い声に吸い寄せられ、ソファでくつろぐ彼にもたれかかる。

「今週の土曜日、何したい?」

光輝は大抵、私の予定が空いている前提で物事を進めてくる。だからいつ誘われてもいいように、光輝が誘ってきそうな日は大抵空けていた。

でも私が光輝を追っていると思われるのは嫌なので、あくまで「誘われたから会う」というスタンスは貫いていた。

「映画観たいかも。あ、でもその日夜予定があって、21時頃まででも大丈夫?」

「いいけど、他の男に会うの?デート、その時間までっていうの多いよね」

「え?」

突然の質問に、思わず変な声が出てしまう。

「他の男?」

焦る気持ちがバレないように、彼の言葉をただ繰り返した。

「その時間から入る予定って、男と会うんじゃないの?」

― 私の気持ちを確かめるための質問?私が本命だから?でも正式に告白される前に、自分だけの女だと思われれば、その程度だって思われるかもしれない。

「まあ、ちょっとね」

今はレベルの高い女だと思わせることが大事だと判断した私は、余裕のある表情を作って見せた。

「そっか」

嫉妬なのか悲しいのか無関心なのか、光輝の感情が全く読めなかった。

― けど、無関心だったらこんな質問しないよね?

期待に気持ちが傾く。

私がこんな駆け引きをするようになったのは、大学時代に経験した辛い恋がキッカケだ。

『付き合う人は自分の鏡』

自分を全く大切にしてくれない男と付き合って、ボロボロになった私に、目を覚ませと親友がかけてくれた言葉。

それ以降、アルバイト代はジムや美容につぎこんだ。理想の男性を手に入れるために。

週7のボディメイクレッスンで自分という素材を磨きあげれば、きっとそれに見合う男性の目に留まるはず。

光輝みたいな人と付き合えたら、こんな男性に見合う女だと私の価値も証明される。

― 私の価値は、光輝と付き合えるかで決まる。

「杏奈、聞いてる?」

光輝に呼ばれて、ハッと我に返る。

「ごめん、聞いてるよ。どうしたの?」

「そろそろお風呂に行こうって。今日も一緒に入ろうよ」

光輝の指が、ジムの甲斐あってほっそりとくびれたウエストに触れる。

「…ねえ、私と付き合う?」

口が勝手に動いていた。

言い終えた後で、自分の心臓があり得ないくらい速く動いていることに気づく。観ていたYoutubeの自動再生もタイミング悪く切れ、沈黙で包まれる。

「…杏奈」


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